2019年11月14日 (木)

ベルリンの壁崩壊 30年たったけれど

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2019年11月10日の出演者のみなさんです。

左から、永井伸一キャスター、坂下千里子さん、Mr.シップ、ゲストの井頭愛海さん、国際部の長尾香里デスクです。

 

崩壊から30年を迎えたベルリンの壁。

ベルリンの壁の崩壊は、国際的にも大事件でした。

9日に行われた式典では、メルケル首相など多くの人たちが、ベルリンの壁を越えようとして犠牲になった人々を追悼しました。

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「自由を求めてこの壁で亡くなった人々を忘れない」。

夜には、記念のイベントも行われ、会場には数千人の人々が集まり壁の崩壊から30年を祝いました。

 

「30年前にベルリンで壁がなくなり、自由に行き来できるようになったんだ」。

「私たちがずっと夢見ていたことが現実となったの」。

 

壁がなくなった後、今のドイツがどうなっているのか、国際部の長尾香里デスクが解説しました。

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ベルリンの壁は1961年から1989年まで、あった壁です。

高さ3メートルを超え、距離は155キロありました。

ベルリンの西半分を、ぐるっと取り囲むように立っていました。

 

こちら、ベルリンの壁があった時代の地図です。

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ベルリンの壁は、「自由な経済」を目指すアメリカ中心の資本主義陣営と、貧富の差がない「平等な社会」を目指すソビエト中心の社会主義陣営との、戦いの象徴だったんです。

「自由な経済」を目指す資本主義の国は主に西側、

「平等な社会」を目指す社会主義の国は主に東側にあったので、

第2次世界大戦のあとの40年以上は、「東西冷戦」の時代と呼ばれ、世界は2つに分かれて、対立していたんです。

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ドイツも、「西ドイツ」と「東ドイツ」に分かれていました。

冷戦のころは、核戦争が起きるかもしれないと、おびえるような時代だったんです。

なぜ、ベルリンに壁が必要だったのでしょうか。

 

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[どうしてベルリンの壁が建てられたのか、オレが説明するヨーソロー] 

 

第2次世界大戦後、1949年に西ドイツと東ドイツに分けられたドイツ。

首都があったベルリンは、さらに西と東に分けられました。

西ドイツは、アメリカなどの支援もあってぐんぐん経済成長していきました。

 

一方で、東ドイツは物を手に入れるのもひと苦労で、秘密警察に監視されていて、人々は自由のない生活を強いられていました。

自由で良い暮らしを求めた東ドイツの人々の多くが西ドイツに逃げ、人口の15%が逃げたとも言われています。

そして1961年、突如として現れたのが、ベルリンの壁。

東ドイツは、ベルリンの西側をグルッと壁で囲って、西ドイツに逃げられないようにしてしまいました。

 

 

東ドイツは、平等を目指す社会主義だったため、物は安かったんですが、売られている量が少なくて並ばないと買えない状況でした。

また「秘密警察」と言われる人たちが市民の会話を盗聴するのも当たり前で、自由のない監視社会だったんです。

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ベルリンの壁の近くにあった監視塔では、人々が壁を越えないように監視をしていて、壁を超えようとした人たちのなかには、射殺された人もいました。

 

こうした状態が続いたため、人々の自由を求める気持ちが高まり…

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ベルリンの壁が崩壊したんです。

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壁が壊れたことで、西ドイツと東ドイツの人たちは、両方を行き来できるようになりました。

自由に行き来できるようになったということは、監視する必要がなくなり、物もいっぱい入ってくるようになったので、物が少なくて困るということもなくなりました。

 

こうして、東ドイツの人たちは喜んだわけです。

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そして、東ドイツがなくなって、1つの国になりました。

ドイツだけでなく、東側の他の国も次々と「自由な経済」を目指す国に変わっていきました。

そして、東西冷戦がついに終わったんです。

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壁崩壊から30年がたちましたが、ベルリン中心部のベルナウアー通りには、いまも壁の一部が残されています。

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大規模な開発が進んだポツダム広場は、近代的な建物が建ち並び、壁は記念碑に変わりました。

ほかの地区でも大部分の壁が壊されてしまいました。

 

そうしたなか、ベルリンの壁の姿を実感したいという声に応えて、新しい試みが始まっているんです。

スマホのカメラをかざすと、そこにあったかつての壁を立体的に再現してくれるアプリです。

実際の映像にすぐCGを合成する拡張現実の技術を使ったアプリで、多くの観光客が使っています。

 

 

ベルリンの壁が崩壊して、確かに旧東ドイツの経済は成長しました。

しかし、人々が期待したほど、豊かにはならなかったんです。

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旧東ドイツ市民に対する調査では「東西統一が成功したと感じている」と答えた人は、38%しかいないんです。

さらに、57%が自分のことを「2級市民」と思っています。

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2級市民とは、つまり「劣等感」。

旧東ドイツの人たちは、旧西ドイツにいた人たちに対して、いまだに劣等感を抱いているんです。

現在の給料の平均を比べてみると、東ドイツだった地域の人の給料は、西ドイツだった地域の人より15%安く、さらに企業の幹部も、西側の人たちが占めていることが多いんです。

明らかに差別されている訳ではないけれど、東側の人たちは出世しにくい実態があるそうです。

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どうして、こういう差が生まれたのかというと、東ドイツの人のなかには「競争に馴染めない人」も多くいました。

旧東ドイツの人たちにとっては、これまで生きてきた環境がガラッと変わってしまったというのが大きいです。

壁を崩壊前は、平等が大事な社会主義だったので、多くを望まなければ安定した暮らしを続けることができました。

ところが突然、自由な経済を求める西側の国の人たちと同じように競争しなければいけなくなって、ついていけなくなりました。

特に30代や40代以上など、年齢が上になるほど、そのような傾向があるようです。

 

東側のほかの国は、どうなっているのでしょうか。

ルーマニアを見てみましょう。

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ルーマニアは、東ヨーロッパの国です。

かつては、四半世紀にわたり、チャウシェスク元大統領による独裁体制が続く社会主義国でした。

しかし、ベルリンの壁の崩壊後、民衆が立ち上がり終止符が打たれます。

 

2007年にはEUにも加盟し、市民は自由や繁栄を期待していました。

しかし、今では「安定した未来が見えない」「革命前と比べて発達していない」「国を離れようと考えたことがある」など、失望や不満の声が相次いでいます。

 

その要因は、西側の国々との経済格差です。

ルーマニアの国民1人あたりのGDPはEU平均の3分の1ほどで、EUで最も貧しい国の1つとも言われています。

専門家は、経済格差を背景に、賃金が高く、社会制度が充実した西側の国に人々が流出する動きが強まっていると指摘します。

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「ルーマニアの人口減少は、シリアなど紛争国と同じペースになっています。さらに深刻なのが、労働力人口の3割が国外に出てしまっていることです」。

 

人口流出の影響は、医療の現場にも及んでいます。

首都ブカレストで最大級の病院では、この30年で優秀な若い医師の多くが、イギリスやドイツへ出て行ったと言います。

給与が高く、医療設備も充実していて、キャリアアップが望めるからです。

その結果、ルーマニアでは医師が不足し、患者に十分な医療を提供できない事態に陥っているのです。

 

地方の人口流出は、いっそう深刻です。

かつて炭鉱業などが盛んだったボティザ村は、炭鉱が12年前に閉鎖され、地元には仕事がありません。

働き盛りの若者たちは出稼ぎに出るしかなく、村には老人と子どもばかりです。

村の住民のマリア・ペトレウッシュさんは夫と娘がイギリスやドイツへ出稼ぎに出ていて、生活の多くをその仕送りに頼っています。

ペトレウッシュさんは、若者が次々と国を離れてしまうルーマニアの将来に希望を見いだせないと感じています。

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「もっと生活が良くなると思っていたけど、もう希望はありません。30年間、何も変わらなかったし、これからもっと悪くなるかもしれない。チャウシェスク元大統領も良くなかったけど、今よりはマシだわ」。

 

 

こうした状況になっているのは、ルーマニアだけではありません。

東側だった国の人たちは、豊かになれないと不満を募らせているんです。

この状況は、ベルリンの壁がなくなって東と西の分断が終わって以降、国外に出ていってしまった人の数を見てみるとわかります。

ルーマニアでは人口の10%以上、ブルガリアとエストニアでは15%以上、ラトビアでは25%以上というように、各国で、特に若者を中心に西側の国へ出る人が相次いでいます。  

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ベルリンの壁の崩壊は「みんなが豊かで自由になりたい」という人々の強い思いからでした。

でもいざ壁がなくなってみると、豊かな人はより豊かになったけど、変化について行けなかった人は、ドイツで見たように「出世できない」「給料が低い」というように、取り残されてしまう状況が、東ヨーロッパの国々で起こっているんです。

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「新しい壁」。

東西を隔てていたコンクリートの壁はなくなったけれど、埋まらない格差が、さらに高い新しい壁となっています。

ヨーロッパは、戦争や対立を繰り返さないために壁を取り払って、一生懸命、統合を進めてましたが、格差がそれを阻んでいます。

格差がまた新しい対立を生むようなことにはなってほしくないと思います。

 

 

 

【この日の時間割】

1. ベルリンの壁崩壊 30年たったけれど

2. イラクの避難民キャンプ なぜ?学校に行けない子

 

 

 

これでわかった!世界のいま

NHK総合 日曜午後6:05~ 生放送

出演:永井伸一 坂下千里子 Mr.シップ

2019年11月17日のゲストは、武井壮さんです。

投稿者:永井伸一 | 投稿時間:16:04


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