世界遺産ライブラリー



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カバーニャス救貧院

  • 国 名 :メキシコ
  • 分 類 :文化遺産
  • 登録年 :1997年
  • 遺産名(英語):Hospicio Cabanas, Guadalajara

今ではメキシコ第二の都市に発展したグアダラハラ。18世紀の末、この街には生活困窮者があふれていました。グアダラハラの中心部に今も堂々とたたずむカバーニャス救貧院は、この街の貧しい人々を救う施設として1810年に完成しました。身寄りのない老人や孤児たちが収容され、寝る場所と食事を与えられただけでなく、病院や作業所も設けられていたのです。
「シリーズ世界遺産100」では、父を失い救貧院で育ったアメリア・ロペスさんに、建物の内部を案内してもらいながら、救貧院の歴史をたどります。19世紀初め、グアダラハラに一人のスペイン人司教がやって来ます。司教の名はカバーニャス。カバーニャスは、飢餓とペストに苦しむ人々の姿を目の当たりにし、救貧院の設立を決心しました。救貧院はアーチや丸柱で飾られた美しい建造物。司教は神の恵みを知らぬ人々を、天国のような空間に住まわせたかったといいます。救貧院の入口にあるかつての礼拝堂。丸天井にはこの街の出身で、メキシコが誇る画家、ホセ・クレメンテ・オロスコの「炎の人」が描かれています。燃えたぎる炎は苦しみや悲しみのようでもあり、虐げられた者の怒りのようでもあります。救貧院は老朽化で移転のため閉鎖された1980年までに、延べ6000人に救いの手を差し伸べました。6歳から13歳まで救貧院で育ったアメリアさんは現在56歳。アメリアさんにとって一番思い出深い場所は、敷地内にあった小学校です。街の子供たちの3割しか小学校に行けなかった時代、読み書きから日常の躾まで、生きていくために必要な術を学ぶことができました。現在では文化センターとして催しが開かれるなどその役割を変えましたが、救貧院は、この街の人々を救済した誇り高き建造物として、今も称えられています。