

ヨルダンの中南部にあるペトラは、紀元前2世紀ごろに遊牧民ナバタイ人が築いた岩山都市です。アラビア、エジプト、シリア、フェニキアなどの交易の要衝として1世紀初頭に最盛期を迎えますが、106年にローマ帝国によって征服されました。建造物や彫刻群に古代東方文化とヘレニズム文化との融合が見られる、世界でも最も有名な考古学遺跡の一つです。
「シリーズ世界遺産100」では、「王の宝物殿」と呼ばれる建造物や、王の墳墓などを紹介します。ペトラの入口は、谷底を這うような狭い岩の回廊が1.5キロも続きます。それを抜けると突然、巨大な建造物が現れます。高さ30メートル、岩をくりぬいて築かれた「王の宝物殿」と呼ばれる建造物で、見事な円柱や細かな装飾も全て岩を彫ったものです。ここには、ギリシャ神話のアマゾネス、エジプトの女神イシスなどの彫刻があり、ペトラをさまざまな文明が行き交ったことを物語っています。ナバタイ人はもともと遊牧民でしたが、やがて隊商を組んで、アラビア半島やインドの香料を地中海やエジプトへ運ぶようになり、交易によって富を蓄えていきました。「王の宝物殿」をさらに奥に進むと、王家の墳墓が現れます。その数はおよそ500にも及びます。ペトラ最大の建造物は標高1000メートルの山頂にある神殿で、太陽神を祀っていたと考えられています。栄華を誇ったペトラも、106年にローマ帝国によって征服されたことによりその歴史を閉じます。都市は砂に埋もれ、長く人々の記憶から忘れられることになったのです。

