

ヴルタヴァ川のほとりにある古都プラハは、ボヘミア王国の王宮が置かれたことから繁栄し始めます。そして、14世紀にボヘミア王カレル1世が神聖ローマ皇帝カール4世となり、プラハ帝都と定めて都市づくりに励んだことから大きな発展を遂げ、「黄金のプラハ」と呼ばれる美しい都となりました。
「シリーズ世界遺産100」では、プラハ城を中心にチェコが歩んだ激動の歴史を紹介します。プラハ城の大聖堂は、10世紀に外国の侵略からボヘミア王国を守った国王バーツラフの墓があった場所に、14世紀カレル1世によって築かれました。バーツラフは王国が危機に陥った時に、白馬に乗って現れる守護聖人と信じられたのです。400年に及ぶ他国の支配を経て、第一次世界大戦後にチェコが独立した時、初代大統領マサリクは、プラハ城に「真実は勝つ」と記された旗を掲げました。1968年の「プラハの春」はソ連軍によって踏みにじられますが、1989年に再び民主化運動が起こった時、人々は「(指導者の)ハベルを城へ」を合言葉に民主化を実現、自分たちの大統領をプラハ城に送り込んだのです。

