2019年10月28日 (月)着ぐるみ大国と猛暑


※2019年7月31日にNHK News Up に掲載されました。

遊園地が閉園した夜、アルバイト従業員は8月から始まるショーのため着ぐるみを着て踊りの練習をしました。
時間にしてわずか25分ーー。
しかし、まもなく意識を失い亡くなりました。
死因は熱中症と見られています。
企業も行政も、ゆるキャラを活用するなど着ぐるみ大国とも言える日本と最近の尋常じゃない暑さ。少し考えてみました。

ネットワーク報道部記者 目見田健・ 玉木香代子
首都圏放送センター記者 山下由起子 ・ディレクター 前田陽一

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着ぐるみ25分で異変が…

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事故が起きたのは、“ひらパー”の愛称で関西で親しまれている大阪・枚方市の遊園地、「ひらかたパーク」。

アルバイト従業員だった山口陽平さん(28)は、7月28日の正午に出勤しました。

遊園地によりますと、午後2時前に屋外の正面玄関付近でキャラクターの着ぐるみを着て、およそ25分間客の出迎えにあたったそうです。その後は、着ぐるみを脱いで休憩したり、ジャージ姿で冷房の効いた屋内のスタジオで踊りの練習をしたりしていました。

kigu.190731.3.jpgそして、閉園した夜の7時すぎに、8月から始まるショーに向けて踊りの練習を始めたのです。
この時、枚方市の気温はおよそ29度。
16キロもの重さがある着ぐるみをまとって25分間、踊りました。踊りは子ども向けのもので、音楽に合わせて仲間と一緒に踊ったり走ったり、時にはジャンプしたりという内容だったそうです。

しかし、練習を終えた直後、異変が起きます。

体調不良を訴えたあと、まもなく歩けなくなり、仲間にかかえられながら控え室に行きました。
服を脱がせた時にはすでに意識がない状況で、病院に救急搬送されたものの帰らぬ人となりました。
警察の調べで、死因は熱中症とみられています。

再発防止に取り組みたい
遊園地によりますと、ふだんから着ぐるみを着る時間は1回30分を超えないよう指導し、休息時間には必ず水分を補給するよう伝えていたといいます。
また、体調が悪い時には予備のメンバーを出すようにしていましたが、この日、本人から体調が悪いという申し出はなかったということです。

kigu.190731.4.jpg遊園地では、8月に予定していたキャラクターショーのイベントを休止するとともに、着ぐるみを着ての出迎えも当面は行わないことにしました。

kigu.190731.5.jpg遊園地を運営する京阪レジャーサービスの岡本敏治社長は「このような事態になったことは大変遺憾で、亡くなられた方、ご家族の方に心からおわび申し上げるとともにご冥福をお祈りします。再発防止に取り組むことを約束いたします」と話しています。

想像を絶する暑さ

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実際に着ぐるみの中はどんな状態になるのでしょうか?

ウサギのような着ぐるみでアルバイトを3日間経験したという神奈川県に住む30代の女性に聞いてみました。

特に暑かったのは頭の部分、発泡スチロールでできていて密閉状態だったそうです。屋内で30分間、子どもたちと触れ合う活動を30分の休憩をはさみながら午前10時から夕方まで続けたということですが、1回目で汗で化粧がすべてとれて、Tシャツとズボンはびしょぬれ。

女性は「屋内とはいえ、着ぐるみの中はサウナ状態。30分の活動時間が倍以上に感じました。自分の経験したことが一歩間違えば命に関わることだったということに驚いています」と話していました。

この道30年のプロはどう見た?

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今回の事故についてこの道30年の着ぐるみ役者、大平長子さんに伺いました。

大平さんは20代から10年間、NHK教育テレビの「にこにこ、ぷん」でネズミの「ぽろり」にふんしたキャリアの持ち主で、今は後進の指導にあたっています。

今回の事故の状況について話すと、大平さんはいくつかの問題点や改善点を挙げました。

1:25分でも長すぎる
「夏場に重たい着ぐるみを着て屋外で動くことを考えると、25分も長すぎると思う。長くても15分から20分ほどが限界」

2:大切なアテンド役
さらに指摘したのはアテンド役の重要性。
「着ぐるみをかぶる時間の管理から、体調を崩したときのジェスチャーによるサインまでを事前に打ち合わせ、声の出せない役者に代わって危機管理を担う担当者が欠かせない」

3:演出でも工夫を
「1人の役者が出ずっぱりにならないよう5分登場させたらはけさせ、別のキャラクターを登場させることなどで役者の負担を減らせる。その間、簡易テントでもいいので、役者が素早く出入りできて涼める場所を舞台近くに設けることも大切」
「ここ数年は企業や役所からの出演依頼も増えている。クライアントや運営者側にはキャラクターが最後まで元気でいられるための対策についてもしっかり理解してほしい」(大平長子さん)

メーカーも対策に
東京・品川区にある着ぐるみの製作・販売会社でも、客からの要望を受けて10年ほど前から暑さ対策に力を入れています。

kigu.190731.8.jpg通気性をよくするため、空間を広くとってできるだけ体に密着しない構造にしたうえでファンをつけて外気を取り込み、顔のメッシュの部分などから換気できるようにしました。

kigu.190731.9.jpg中に入る人には、ポケットに保冷剤を入れられるベストを着て、体温を下げることも勧めているということです。
最近ではユーチューバーなど個人からの注文が増えているということで、会社では、着用を15分以内にするなど注意の呼びかけにも力を入れているということです。

kigu.190731.10.jpg「事故が起きないよう注意喚起をより徹底したい。使う方もきちんと体調管理をして適切に安全に使ってほしい」(伊藤修子社長)

夏はお休みで安全確保
思い切ってキャラクターに夏休みをとってもらうことで、安全を確保する施設もあります。

kigu.190731.11.jpg東京・練馬区にある遊園地「としまえん」は、5、6年前公式キャラクターの馬の「エルちゃん」と豚の「カルちゃん」の2体の着ぐるみを相次いで導入し、ステージでショーをしたり広場で客とふれあったりしています。

しかし、スタッフからの「夏場は危険だ」といった声を受けて、7月から9月は活動をしていないのだそうです。

ゆるキャラ 着ぐるみ文化を絶やさないために
それにしても今の日本、企業はもちろん自治体や個人までがゆるキャラや着ぐるみを活用する時代になっています。

その一方でこのところの尋常じゃない猛暑。

kigu.190731.12.jpgちなみに熊本県の人気キャラクター「くまモン」は大丈夫なのか、県の担当者に聞いたところ「そもそもくまモンに『中の人』はいませんよ」と前置きをしたうえで「これまでも熱中症対策を行ってきましたが、今回の件で改めて体調管理の大切さを考えさせられました」と話していました。

前述の大平さんも同じ気持ちです。

大平さんは、ふだんなら“ハグ”することをためらう大人をも夢中にさせるのがその魅力だと言います。

kigu.190731.13.jpg近年はドイツやイタリア、香港などからの取材依頼も増え、日本の着ぐるみ文化が国内外で認知されつつあることを実感するという大平さん。最後にこう話してくれました。
「『キャラクターの中には人が入っていない』と子どもたちが信じるほど、役者たちはキャラクターに徹してきたんです。こうして定着してきた着ぐるみ文化を絶やさないようにするためにも、熱中症対策などをしっかり行いキャラクターが最後まで元気でいられるようにしてほしい」

投稿者:目見田健 | 投稿時間:15時41分

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