2018年06月11日 (月)「低い山」ほど 迷いやすい


※2018年6月1日にNHK News Up に掲載されました。

沢の斜面に、うつ伏せで重なり合うように倒れていた父と子。新潟県阿賀野市の五頭連峰に登山に出かけて3週間余り、遺体で見つかりました。2人が向かったと見られる山は、標高1000メートルにも満たない「低い山」でしたが「低い山こそ注意が必要」と指摘する声は多くあります。遭難経験者も語る「低い山に潜むリスク」についてです。

ネットワーク報道部記者 佐藤滋・玉木香代子

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<“道に迷い、下山する”>
新潟県で遭難した父子が向かったと見られるのは、標高954メートルの山でした。

今月5日の午後8時すぎ、「道に迷ったのでビバークする」と家族に連絡。

翌日の午前5時半ごろには「これから下山する」と再び携帯電話で連絡がありましたが、その後、行方がわからなくなりました。

hik180601.2.jpg3週間余りたってから見つかったのは、山頂から1.7キロほど離れた沢の斜面。

この間の詳しい足取りはわからず、わかっているのは「道に迷い、一夜明けて下山した」という情報だけです。


<ある遭難者の後悔>
2人と同じように「低い山」で遭難してしまい、救助を要請したことがある人に話を聞きました。
愛知県に住む会社員の上田洋平さんです。

hik180601.3.jpg13年前、富士山に登って以来、登山で得られる「達成感」が忘れられず、難しい山では南アメリカ大陸最高峰のアコンカグアやキリマンジャロなど、国内外の山に登り続けてきました。

ただ一度だけ遭難した山があるそうです。

それは標高1140メートル、三重県の山でした。
遭難したのは、おととし10月、友人と2人で下山中でした。

午後3時前後、道に迷ってしまいました。

hik180601.4.jpg道に迷った時の、原則は知っていました。

「下らずに、登山道に戻る」

それでも上田さんは山を下りました。

「時間も遅いし疲れていた。翌日に仕事もあったので、下ってしまった」(上田さん)

hik180601.5.jpg急ながけのある沢に迷い込んでしまい、下ろうにも滑落しそうで、逆に登ることもできず、携帯電話が通じたのでついに110番通報して救助要請をしました。

「翌朝に救助に向かう」と告げられた2人。

さらに足場を慎重に選びながら、下り続けていきました。

そしてこれ以上動くと危険だという場所に入り込み、行き場を失った2人は、ビバークを決断しました。

ここで幸いだったのが、防寒着や体を覆う緊急用のシート、非常食など、いざという時のための装備はあったことでした。

それでも、早朝、寒さで目が覚めたといいます。

hik180601.6.jpg警察や消防、地元の山岳会の人たちに救助された上田さん。

「低い山を油断していた。なめていた」

今も後悔しています。


<道に迷ったら、下ってはいけない>
低い山にあるリスクについて上田さんは。

「むしろ低いほうが危ないとわかった。標高が高く多くの人が登る有名な山であれば登山道が整備されているが、低い山では道しるべなどもしっかりしていないところがある」

こうしたみずからの体験を広く知ってもらおうと、上田さんはブログでの発信を続けてきました。

8歳と3歳の息子がいる上田さん、今回の新潟の遭難はひと事ではないと感じています。

「自分と子どもと年齢が近い2人の遭難は、すごく悲しいできごとだった。
二度と起こって欲しくないので、今回もブログに注意してほしいことを書いた」
「道に迷ったら、絶対に下ってはいけません!」


<低い山に潜むリスク>
「低い山こそ、道に迷うリスクが多いので、備えが必要です」

そう話すのは、登山ガイドの資格を持つ、山岳用品店の清水良文店長です。

hik180601.7.jpg低い山には登山道以外にも植林をするための作業道があり、緑が生い茂るシーズンは見通しがきかなかったり、逆に落ち葉のシーズンは、登山道がわかりにくかったりするそうです。このためどこを歩いていいか、道を迷うリスクが高まるといいます。


<道に迷った時にアプリで>
道に迷った場合に備えるためにはどうしたらいいのか。

今、利用者が増えているのが「登山アプリ」です。

hik180601.8.jpg携帯電話の電波が届かない「圏外」の場所でも、GPSの電波を受信して現在地を確認できるといいます。

バッテリーの減りが少ない「機内モード」での使用が可能です。

清水さんも、現在地や自分のたどってきたルート、標高が一目瞭然でわかるので、よく利用するといいます。いざという時に充電できるよう、少し荷物になりますが、バッテリーを常備していくことも大事だといいます。


<登山の“三種の神器”も一新>
低い山の登山に備えた対策としてほかに何があるのか。

清水さんは「僕らの間で使う、登山の“三種の神器”という言葉があるんですけど、むかしのそれはもっぱら靴とリュックサック、レインウエアでした。ところが近年はその三種の神器も一新されているんです」

最新の三種の神器とは何か?

1つ目は、実は登山届け。

今やスマホで作成できて、ネットを通じてどこからでも届け出ることができるそうです。下山報告もあらかじめ設定しておけば、スマホのボタンを押すだけで、通知ができます。

hik180601.9.jpgまた下山予定時刻を大幅に過ぎても下山できず、携帯電話で連絡も出来ない場合、自動的に緊急連絡先に通知が行くのです。

2つ目は山岳保険。

タイプによって、民間のヘリコプターを使った捜索費用やけがをした場合の治療費などに対応できるそうです。

3つ目は小型の発信器を使って、遭難した人の位置をヘリコプターで特定するサービス。

hik180601.10.jpgこれ以外にも、体に巻いて体温を逃がさないようにする軽いシートや低体温症になるのを防ぐため、はっ水効果の高い下着など、やはり低い山の登山でも念のための準備が必要だと言います。


<低い山でも万全な準備を>
低い山でも道に迷うリスクはつきもの。

「低い山だから簡単な備えで大丈夫」といった油断や「仕事に間に合わないから」という焦りが思わぬ遭難や事故にもつながりかねません。

最近は、身を守る選択肢も増えています。

低い山で遭難した上田さんも、これから夏山シーズンを迎える中、備えは万全に、絶対に無理はせず、登山を楽しんでほしいと話していました。

投稿者:佐藤滋 | 投稿時間:16時45分

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