2018年01月31日 (水)芥川賞・直木賞の舞台裏は...


※2018年1月16日にNHK News Up に掲載されました。

きょうは第158回芥川賞・直木賞の選考会ですが、この賞のことどれくらいご存じですか。作家人生が一変するとも言われ、今や抜群の知名度を誇るこの文学賞の舞台裏、のぞいてみました。

ネットワーク報道部記者 野町かずみ・高橋大地・野田綾

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<なぜこの時期に?>
芥川賞と直木賞は、昭和10年に創設された日本で最も長い歴史を持つ文学賞です。
新人作家の登竜門と言われ、主に無名や新進の作家が対象となるのが「芥川賞」。
一方、中堅作家にとって人気作家の肩書が揺るぎないものになるのが「直木賞」と言われています。

選考会は1月と7月の年2回開かれますが、出版界では昔から2月と8月を書籍が売れない時期として「ニッパチ」と呼んでいて、話題作りの意味もあって、この時期に選考会が行われるようになったと話す業界関係者もいます。


<当初は注目集まらず>
今でこそ誰もが知る有名な文学賞ですが、当初は新聞の扱いも小さく、実は注目を集める賞ではなかったのです。

風向きが変わったのが昭和31年の第34回芥川賞でした。当時、一橋大学の学生だった無名の石原慎太郎氏が書いた「太陽の季節」が受賞。弟、石原裕次郎さん主演で映画化され、「太陽族」ということばも生んで社会現象になりました。これ以降、芥川賞と直木賞は世間の注目を集めるようになったということです。

aku180116.2.jpg受賞当時の石原慎太郎さん
平成16年には綿矢りささん(「蹴りたい背中」)が、史上最年少の19歳で芥川賞を受賞。最近では、お笑い芸人、又吉直樹さんの「火花」の受賞も大きな話題を集めました。


<受賞作はどう決まる?>
作家人生を大きく変えると言われる芥川・直木賞が決まるまでの道のりは決して平たんではありません。

まず、賞を主催する「日本文学振興会」が、候補作を絞り込む作業を行います。芥川賞は同人誌も含めた幅広い雑誌に掲載された作品から、直木賞は刊行された単行本から、それぞれ80作品ほどが選ばれます。そして、それぞれの賞について、振興会から委託を受けた文藝春秋の編集者ら20人ほどが分担して作品を読み込み、何度も会議を開いて候補作を絞っていく「予備選考」を行います。

同時に外部の出版社の編集者や文化人など300人にアンケートを郵送して候補作を推薦してもらい、優れた作品を見逃していないかチェックをかけていきます。一連の作業に要する時間は実に半年。こうして最終的に選ばれた5作品ほどが選考会にかけられるんです。

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<最後の決戦 選考会>
その選考会ですが、委員には著名な作家が名を連ねています。
現在、芥川賞は宮本輝さんや山田詠美さんなど10人、直木賞は浅田次郎さんや林真理子さんなど9人で構成されています。

aku180116.4.jpg選考会場に入る委員たち
最終選考に残った候補作はあらかじめ選考委員のもとに届けられますが、このうち、すでに単行本になっている直木賞の候補作は、先入観を持たれないよう推薦文などが書かれた帯は外して送ることになっています。
芥川賞は雑誌に掲載された作品のため、対象のものだけを抜粋してコピーし、製本して届けることになっています。

そして、選考会当日。開催場所は昔から築地の老舗料亭「新喜楽」と決まっています。夕方から選考委員が集まり始め、懐石料理を食べながら2、3時間にわたって議論を闘わせるのです。
各委員はあらかじめ、受賞させたい作品には「○」、積極的に反対しない作品には「△」、ふさわしくない作品には「×」の評価をつけて会場に来ていて、この採点でも優劣が付かない場合は決選投票に持ち込まれます。

受賞作が決まると料亭の別室に紙で張り出されるため、賞を取材する記者も料亭に詰めて今か今かと発表を待ちます。


<「苦役列車」の西村賢太さんは>
では、受賞の前と後では実際にどのような変化があるのでしょうか。
中学校を卒業後、アルバイトをしながらみずからの生い立ちなどを題材に私小説を書き続け、7年前に「苦役列車」で芥川賞を受賞した西村賢太さんに話をうかがいました。

aku180116.5.jpg西村さんは「受賞直後は数千万円という単位の印税が入った。映画化による収入もあったが、すぐなくなってしまった」と、当時を振り返りました。その一方で、「確かに原稿がそれまでよりもスムーズに採用されるようになったが、いちばん変わったのは『気持ち』。芥川賞の候補作が発表される時期にうつうつとした日々を過ごさなくてよくなった。候補に選ばれなければめげるし、そうした気持ちから解放されたのが大きい」と語りました。

そのうえで「こうした賞は一般社会に対しての1つの目安にはなる。とらないと対外的には作家として認めてもらえない。ただ、賞に憧れとかはないし、実際はばかばかしく思っている。受賞直後の盛り上がりについても『こういうのは一時的なものだ』と自分に言い聞かせてきた。だから、本の著者の略歴に『芥川賞受賞』とある時は削るようにしている。終わったことなので書いた作品だけを純粋に評価してほしい」と話しました。

西村さんは最後に、みずからに言い聞かせるように次のように話してくれました。

「受賞後は『とにかく書いていこう』と心がけた。『受賞者だ』と構えたりレベルが高くなったつもりにならず、とにかく書く。現役で書き続けたいから、いつ死ぬにしても、その直前まで書き続けて作家として認知されている状態で終わりたい」

受賞者の中にはその後、思うように作品を書けなくなる人もいると言います。「印税も入って生活が一変」というのは幻想で、むしろ、受賞してからどのように執筆活動を続けていくかが、いちばん難しく、かつ大切だということを西村さんのことばから感じました。今回の受賞者はどうような道を歩むことになるのでしょうか。

投稿者:野町かずみ | 投稿時間:16時26分

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