2020年04月14日 (火)痴漢に遭った私は自作のカードをつけた


※2019年12月26日にNHK News Up に掲載されました。

私が痴漢に遭ったのは、楽しみにしていた高校入学からわずか2日目で、以来私は通学することさえ苦痛になり、自分が自分でなくなりました。

だから私はこのカードをつけて、電車に乗ることにしました。
まわりに変な女だと思われたでしょうけど、それでもよかったんです。

痴漢にさえ遭わなければよかったんです。
それほどつらかったんです。

ネットワーク報道部記者 大石理恵・ 井手上洋子

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入学2日目

「私」は殿岡たか子さん(仮名)。
見知らぬ男が体を触ってきたのは、5年前、楽しみにしていた高校生活が始まってわずか2日目の電車の中でした。

chikann.191226.2.jpg殿岡たか子さん(仮名)

偶然を装う感じでお尻を触る手の甲。
徐々にお尻をつかんできました。頭が真っ白になりました。
自分の身に起こったことが信じられず、涙が止まらなくなりました。
学校に着いても泣き続け、保健室に行きました。

触られ続けなければならなかった

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それ以来、毎日のように女性車両のない帰りの時間帯に痴漢の被害に遭いました。

学生も、会社員も、高齢者もいました。
新聞を目の前で大きく広げて、逃げられないようにされ、触られたこともありました。
満員電車の中、誰が触っているのかも、わからないことがあり、耐え難い時間が続きました。

殿岡たか子さん
「男性はえん罪が怖いとよく言います。でも私も、間違って別の人の手をつかんだらどうしようと怖いんです。だからこの人とわかるまで、私は触られ続けなければならなかった」

痴漢と確信しても「オレじゃない」と言われて逃げられたり、逆ギレされたりしました。

自尊心が壊れる

母親と一緒に警察に相談に行きました。
“犯人が特定できないなら、まず自衛してください”と言われました。

その自衛のため、防犯ブザーや、自分の声を録音できるぬいぐるみを買いました。
でも怖くて鳴らせませんでした。

chikann.191226.4.jpg殿岡たか子さん

「気が弱そうだから、狙われやすいとも思いました。強く見せようと、制服のスカート丈をあえて短くしたり、髪を巻いたり、はやっていたくるぶしソックスもはいたりしました。でも被害が少し減っただけでした」

やまない痴漢、救いもない、自尊心も壊れていきました。

殿岡たか子さん
「私は誰が触ってもいい、人間以下の存在なのかもしれない、私は抵抗できる立場じゃないんだ、自分が消耗するだけなら黙っていたほうが楽だ、そう思うようになってしまいました」

chikann.191226.5.jpg斉藤梓さん

痴漢について被害者心理に詳しい目白大学専任講師の斉藤梓さんはこう話しています。

「痴漢に遭うと驚きとショックで凍りついてしまうことがあります。何とか押しのけようとしてできないと、どなられるかもしれない、言いがかりと言われるかもしれないなどと思い、抵抗できないこともあるんです」

「満員電車では逃げることもできません。じっとしていることが最悪の危険から逃れる唯一の手段だと脳が判断し体が動かなくなることがあります」

「痴漢がきっかけで人が信用できなくなったり、逃げられなかった自分を責めたり、勝手に体を触られる自分は価値がないと感じる人もいます。人に恐怖を抱き、学校や仕事に行けなくなる人もたくさんいます」

やめてくださいの練習の末
「やめてください!」「このひと痴漢です!」
殿岡さんは夜、部屋でひとり、声を出す練習を始めました。

「あなたは痴漢なんかに価値を下げられるような存在じゃない」と母親は励まし続けてくれました。

そして被害が続いて1年、痴漢を捕まえる日がきました。

お尻をつかんできた男の手首を必死につかみ、次の駅でホームに連れ出したのです。

殿岡たか子さん
「私1人では大変だけど、周りの誰かが助けてくれる。また痴漢に遭ったらこうして捕まえればいい。痴漢から解放されて、楽しい高校生活がスタートすると思いました」

怖かった“無視”
「この人痴漢です、助けてください」と叫びました。
男も認めていました。

でもその脇を、人がどんどん通り過ぎて行きます。
「助けてください、助けてください」、そう連呼しても同じでした。

泣きながら男を引っ張り、改札の近くでようやく声をかけてくれた人がいました。

殿岡たか子さん
「あの時、怖かったのは無視です。危ない目に遭っても、周りは助けてくれないのだと思いました」

男は逮捕されて、裁判となり、自分の実名を知られてしまいました。逆恨みされるのではないかという恐怖が、いまも消えません。

私の周りにスペース

「被害に遭ってから声をあげても遅いんだ」
そう考えカードを作りました。

「痴漢は犯罪です」「私は泣き寝入りしません!」
宣言のように書き込みました。

スクールバッグに取り付けて電車に乗ると、まわりから人がいなくなりスペースができました。
被害がやみました。

chikann.191226.6.jpg殿岡たか子さん

「ヤバイ女みたいに思われたと思います。恥ずかしかったんですけど、人にどう見られようがかまいませんでした。痴漢にさえ遭わなければよかったんです」

その姿を見た母親が「痴漢に悩んだ娘がこんなカードまでつけて通学している」とSNSに投稿すると変化が起きました。

chikann.191226.7.jpg母親のフェイスブックより

痴漢抑止バッジ誕生
母親の知り合いが投稿を見て、クラウドファンディングで資金を募り、「痴漢抑止バッジ」を作ってくれたのです。
動物や高校生の絵が描かれるなど身につけやすいデザインで、インターネットなどで販売されるようになりました。

chikann.191226.8.jpg利用者からメッセージも届き「痴漢に遭わなくなった」
「強くなれた気がする」
そんなことばが書かれていました。

バッジはいま
バッジはいま、デザインをコンテストで公募して、毎年新しいものが作られるようになりました。

例年500ほどの案の応募があり、そのうち3割から4割を男性が占めます。

chikann.191226.9.jpg竹中優輔さん

「痴漢といえば、“えん罪が怖い”と思っていました。でもSNSなどで被害者の投稿を読むと深刻さがわかりました。被害を訴えることすらできない人もいるなら、バッジをデザインして代弁者になれればと思いました」

chikann.191226.10.jpg竹中さんの作品

コンテストで、賞をとった竹中優輔さん(22)はそう話しました。

chikann.191226.11.jpg親戚の高校生が痴漢に遭った話を聞き、バッジを知って並べる店も出てきました。

埼玉県の文具店に入るとレジ横の目立つ場所に痴漢抑止バッジが並んでいました。

chikann.191226.12.jpg文具店の店主 平場幾弘さん

「学校に行く時、リュックサックをお尻まで下げてしょっているんです。電車でお尻を触られるからだって」

店は近くの高校の通学路にあります。
バッジを知り、利用する高校生たちのためにも何かできないかと行動したのです。

文具店の店主 平場幾弘さん
「痴漢をされたら心に残るような傷を負う。バッジで自衛してもらえればと思いました」

殿岡さんの思いが届いていました。

“もし”

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取材に応じてくれた殿岡さんは、今もバッジが手放せずにいます。

“もし”、痴漢に遭わなければ、理不尽なことで悩み続ける高校生活ではなかったかもしれないし、電車に乗ることが怖いという今の状況もないかもしれません。

同じような“もし”を抱え、苦しんでいる人はまだまだたくさんいて、その“もし”に思いが届かない加害者もまた、たくさんいるのです。

痴漢は性暴力であって加害者が悪い、でも何かを恐れて居合わせた人が被害者を助けられないとしたら、それもまた被害者を傷つけている意味で悪いと思います。

「このバッジが広まることがゴールと思いません」と殿岡さんは言いました。

殿岡たか子さん
「バッジがずっとあるようなら、困ってしまいますよね。ゴールは痴漢がいない、許さない、バッジがいらない社会です」

痴漢の検挙件数は全国で年間およそ3000件、実際には9割の人が被害にあっても警察に通報や相談をしないという調査結果がある。
検挙数は氷山の一角で被害者の多くが泣き寝入りしていると見られている。

「クローズアップ現代+」では、性暴力の問題を継続的に取り上げています。
番組ホームページ「みんなでプラス」に痴漢など性暴力の問題についてあなたの経験、思い、意見をお寄せください。

投稿者:大石理恵 | 投稿時間:13時23分

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