2018年09月19日 (水)ネットでつながる原爆の日


※2018年8月10日にNHK News Up に掲載されました。

原爆で焼け野原となった街を眺める若いカップルのカラー写真。8月6日と9日の「原爆の日」を迎えた今週、ネット上で話題になった写真です。戦争を伝える言葉が色あせ、風化も指摘される今、その記憶を伝え、共有しようというネット上での動きを見つめました。

ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子・高橋大地・田辺幹夫

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<AIが白黒写真をカラー化>

net180810.2.jpgカラー化:東京大学大学院 渡邉英徳研究室
この写真、原爆投下から1年後の1946年8月6日に広島市で撮影されたもので、もとは白黒でした。

net180810.3.jpgもとの白黒写真
東京大学大学院の渡邉英徳教授がAI=人工知能を使って色づけし、ことしの「広島原爆の日」にツイッターに投稿しました。

AIが写真に写っている物の形や質感から色を想像して色づけをするというもので、同じようにして広島市に近い呉市から撮影されたきのこ雲の写真も投稿されました。

net180810.4.jpgカラー化:東京大学大学院 渡邉英徳研究室
この2枚の写真には戦争を知らない世代からの多くの感想が寄せられました。

「うちの祖父が見た光景はこんな感じなのですね。呉沖の戦艦からキノコ雲を見た祖父は翌日だか広島に上陸して地獄を見たと言ってました」
「白黒で戦争の写真や原爆の写真を見せられても、なんか、遠い昔の出来事で自分に関係ないように思えるけど、カラーになった写真や映像を見ると、戦争ってあったんだと実感する」


<冷凍された記憶の解凍>

net180810.5.jpg渡邉教授
渡邉教授は、戦争を記録した白黒写真は若者にとって「凍り付いて見える」と表現します。

その凍り付いた白黒写真をカラー化すると、若者たちも今の生活と比べるなどして見ることができるようになるそうです。

写真に写っている物や人、出来事にまで考えがおよび、「何しているんだろう」「どんな気持ちだったんだろう」など、どんどん会話が生まれると言います。

そのプロセスを渡邉教授は「記憶の解凍」と呼んでいます。現代に生きる私たちの中に73年前の出来事が解凍され新たな記憶として生き続けるのです。
渡邉教授は「ネットを通じて今まで戦争や原爆についてあまり知らなかったという若い世代にも届いたことがうれしい。豊かな会話につながったこともネットならではの現象だと思う」と話しています。

<黙とうなう>
戦後73年の「原爆の日」にはこんな言葉もツイッターで話題になりました。キーワードは「黙とうなう」。

8月6日と9日の原爆の日に行われる「黙とう」の時間に、「黙とうなう」と投稿するツイートについて意見が交わされたのです。
「黙とうなうってなんなんだ。ちゃんと、黙とうして」
「黙とうなうなんてツイートしてる時点でツイッターなうなんだよ」
「何を思ってツイートしているのか?そこに何かを思う気持ちもなく呟いているなら、それはただのパフォーマンスでしかないと思う。いたたまれない」

多くは「不謹慎だ」という批判的な意見です。

一方で、
「無関心より黙とうなうの方が数百倍マシなんじゃないかと思う」
「形式はともかく、原爆の日に思いを寄せ、平和を祈る気持ちからの行動でしょうから、厳しく責める気にはなりません」というツイートも。


<サイレンないの?>

net180810.6.jpg長崎原爆の日 8月9日午前11時2分
黙とうの時間を知らせるサイレンについても多くのツイートが集まりました。

つぶやいたのは原爆投下の時間に広島や長崎でならされるサイレンが、県外では「当たり前ではない」ことに気づいた人たち。

「当たり前って思っとったけど、東京はサイレン鳴らんし、ハグの日とか言ってるしなんか少し悲しい。忘れたくないし、忘れて欲しくないな」
「県外に出たら県外の方の認識に違和感を覚えることがあると思う。とはいえ、黙とうをしてるから偉いわけでもないし、してないからといって平和への意識が低いとは限らないから、人それぞれ」

そして、こんな答えに行き着いた人も。

「去年初めてサイレンとか黙とうとかない8月9日を経験して、違和感あったけど、逆に自分も他の県で大切にされている日を知らないのかもしれないなぁと思い、伝えていくことは大切なんだなぁと感じた」

原爆の日をめぐり繰り広げられる自由な議論。逆説的ではありますが、こうしたこともあの日を伝えることにつながっているのかもしれません。


<戦争体験 ネットが共有>
さまざまな意見が交わされるインターネット。渡邉教授は、戦争体験を共有する新たな空間として期待しています。

渡邉教授は2年前からほぼ毎日、終戦前後の写真をカラー化してツイッターで発信し続けています。

net180810.7.jpgカラー化:東京大学大学院 渡邉英徳研究室
ことしの「長崎原爆の日」には終戦から1年たった長崎での市民の生活のひとこまを切り取った写真を投稿しました。

「生きていてくれてよかった」
「戦後1年目でも子どもたちは元気そうでよかった。この方たちが日本の戦後復興期の主役となられた方々なんですね」

70年以上も前に暮らしていた人たちに、今を生きる人たちが寄り添うコメントを投稿しています。新しい技術によって世代を超えた交流や伝承が生まれつつあるのです。

渡邉教授は「日々進歩する新たな技術を生かしながら、新たな記憶継承の方法を模索していってほしい」と話しています。

戦後73年の原爆の日にネットで注目された新たな取り組みや自由な議論。多くの人たちが戦争を「わがこと」としてとらえています。

投稿者:大窪奈緒子 | 投稿時間:16時20分

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