2017年11月07日 (火)私の中の、知らない私


※2017年10月25日にNHK News Up に掲載されました。

その女性は31歳になるまで、普通に暮らしていました。頑張って勉強し弁護士の資格も取りました。ところが映画であるシーンを見た時、人生が変わりました。心の中に自分の知らなかった幼いころの自分が何人も現れてきたのです。現れてきた、たくさんの“私”。その“私”は過去のつらい記憶を引き受けてくれていたのです。

ネットワーク報道部記者 吉永なつみ

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<素顔で証言>
女性は素顔でみずからの体験を語ってくれました。同じような苦しみを持つ人のため、苦しむ人を支える人のため、そして多くの人が抱く誤解を解くためでした。

wa171025.2.jpgアメリカから来日した女性はオルガ・トゥルヒーヨさん、体験を語ったのは虐待や暴力を受けた女性たちを支援する、NPO法人の講演会でした。


<ある日突然>

wa171025.3.jpgオルガさんに、その時は突然訪れました。映画で女性が襲われるシーンを見た時、急に息が詰まり、体には激しい痛みが走って発作が起きたのです。「自分にも同じような経験がある」という考えが頭の中を駆けめぐります。

パニックのような症状は、何か月も続き、精神科を受診しました。医師は成長の過程で心の傷となる出来事があったと考え、カウンセリングを慎重に時間をかけて行いました。

医師との信頼関係が深まったころ、オルガさんの中の「3歳の私」が父親から最初に性的な虐待をされた時のことを医師に話し始めました。その声は幼く、口調も子どものものでした。

その後も、「5歳」「7歳」「12歳」とそれぞれの年齢のオルガさんが現れ、その年齢の様子で兄やその友人たちからも性暴力を受けたこと、親から売春を強要されていたことを医師に語ったのです。

意識から遠ざけるしかないほどつらい経験の数々を思いだし、1人の人間の記憶としてまとめていくカウンセリング。オルガさんは、あふれるように出てくる記憶にはどこか現実味がなく、自分の身に起きたことではないような感覚があったそうです。

「自分が話している内容が、ほかの人から届いている情報のように感じた」

時には、殴られた時の体の痛みがよみがえることもあり、医師は根気よくカウンセリングを続け、オルガさんも逃げることなく耐えました。

「カウンセリングを受ける前は例えるなら記憶をいくつもの部屋に閉じ込めていた。幼いころの自分の体験を1つずつ部屋の中から思い出すことで記憶がつながり、回復に向かっていった」と話ていました。


<“別の人格”は自分自身を守るため>
なぜ知らない私が出てくるのか。
ある医師は「今、起きたことは自分の身に起きたことではない、別の人に起きたことだ」と思い込むことで、耐えがたい心身の傷から自分自身を守ろうとするからだと話していました。そして、その時の記憶を封じ込めてしまうこともあるそうです。

オルガさんも「私にとっては耐えがたい暴力にさらされた子ども時代を生き抜くための創造的な対処法だった」と語っていました。


<同じような症状を見せる人は身近に>
取材すると、私の周りにも、同じような症状を見せる知り合いがいたという人がいました。

「学生時代、友人の女性と一緒にテニスをしていた。ボールがうまく打てなかった時、その女性が突然、男性のような野太い大きな声を出し、『何やっているんだ、てめぇ。人様に迷惑かけるんじゃねえ』と言った。するとすぐ女性の声に戻り、『すいません、すいません』と1人2役のように謝っていた」

「勉強ができていいねとほめたら、『あれは自分ではない。別の人が自分の中に住んでいるんだ』と話していた」

「当時、数えてみたら少なくても7、8人の人格があったように思う」


<「解離性同一性障害」>

wa171025.4.jpg東京の精神科専門病院の院長を勤める飛鳥井望医師は、さまざまな人格が出てくる症状について「解離性同一性障害」と呼ばれるものと説明してくれました。

そしてこうした症状を見せる人は、幼いころからの虐待、不適切な養育などで強いストレスがあったり、トラウマを抱えたりするケースが多いという報告があるということでした。

「治療は基本的には時間をかけたカウンセリングが中心になっていきます。周りが病気だと理解して医師の治療につなげることが大切です」と専門的な治療を受ける大切さを強調していました。


<言葉のひとり歩きも>
解離性同一性障害は、これまでもドラマやノンフィクション小説などで紹介され、「多重人格障害」などと言われていたこともありました。そうした言葉が誤解され、つらい経験の中で自分を守ろうとしてきたということが理解されないことも多いそうです。
また解離性同一性障害については、医師の間でもさまざまな見解があり、“人格が複数あることは本人の思い込みもある”というような指摘もあるそうです。


<敬意を持って向き合う>
私がこのテーマを取材しようと思ったのは、DV=ドメスティックバイオレンスの取材がきっかけでした。もっとも親しいはずの人から殴られたり、蹴られたりする暴力を受ける。信じて一緒に歩んでいくはずの人から、人をおとしめるような言葉を繰り返し突きつけられる。

そうした人をどう支え社会復帰を支援するのか、取材をしていた時に、「人格が幾重にも現れる人がDVの被害者の中にいる」ということを知ったのです。

ある医師の「解離性同一性障害の症状がある人と接する時、“自分の中に身代わりの人格を立てなければ耐えられないほどつらい体験を生き延びてきた人”として敬意を持って接する」という言葉が忘れられません。

医学的にはさまざまな見解があるかもしれません。ただ、虐待や暴行、精神的な追い込みを繰り返し受けている人が確実にいます。そうした人が、周りに自分を守ってくれる盾がない時、別の人格という心の盾を作ることで、なんとか命を守ってきたのではないかと感じることが私にもあるのです。

それを忘れずに虐げられた人が立ち直るための取材を続けたい。そして、記憶さえ封じ込めるほど耐えがたい経験をしてきたオルガさんが、医師のカウンセリングに根気よく向き合うことで自分を取り戻すことができ、今は充実した人生を送っていることも伝え続けたいと思います。

投稿者:吉永なつみ | 投稿時間:17時04分

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