2021年05月31日 (月)"チョリソーは10時"から広まる理解
※2020年7月1日にNHK News Up に掲載されました。
とあるファミリーレストランで店員が言いました。
「チョリソーは10時に、ピザは12時に置きますね」
目の不自由な人に、時計に例えて方向や位置を理解してもらうクロックポジションという伝え方です。ぜひ、覚えてほしいのですが、ほかにも知ってもらいたいことがあります。
ネットワーク報道部記者 有吉桃子・鮎合真介
ファミレスでクロックポジション
6月28日、こんなツイートが話題になりました。
「4か月ぶりにサイゼリヤに行った。うれしくてお料理たくさん注文しちゃったんだけど、料理を運んできてくれた大学生くらいの男の店員さんが『ピザは12じ、サラダは3じ、チョリソーは10じ方向に置きますね』って説明してくれて、もう、感動しすぎて涙出そうでした」
投稿したのはさくらさん、全盲の女性です。
さくらさんはこの日、4か月ぶりに家族とファミリーレストランに行きました。店員はさくらさんの様子に気付いて、物の場所を時計の時刻に例える「クロックポジション」で運んできた料理の場所を説明してくれました。
特に感動したのは、休日の夕方の忙しい時間帯での丁寧な対応だったことです。
その時のうれしさを多くの人にわかってもらいたいと投稿したのが、冒頭のツイートでした。
さくらさん
「この店はいつも忙しそうですが、その分、とてもうれしくなりました。今回のように若い男性の店員さんにクロックポジションで説明してもらったのは初めてのことで、とてもあたたかい気持ちになりました。困っているであろうことを察してさりげなく対応してくださったことに、改めて感謝したいです」
このツイートに対しては7月1日現在、40万件以上の「いいね」がつき、500件以上のコメントが寄せられています。
注目すべきは、メッセージのやり取りを通じて、さまざまな理解が深まっていることです。
目立つのは、店員の対応への称賛やクロックポジションの活用が広まってほしいという声です。
「すばらしいですね!お店としての対応だとしても、店員さん個人の対応だとしても!広まっていくといいですね!」
「誰にでも使えてすばらしいアナウンスだと思います。こういう表現もっとつかえたらいいのに」
「これだと簡潔明瞭、まさにことばで表すバリアフリー」
店側に聞いてみた
今回、店員の接客がツイッター上で大きな反響を呼んだことについて、サイゼリヤは「お客様に喜んでもらえて、会社としても大変うれしく思います」とコメントしています。
広報によると、サイゼリヤには店舗の接客についてのガイドがあり、その中で視覚障害者への基本的な対応も記載されているということです。
そのうえで「接客担当の従業員に対し、適宜、ガイドを使用し、基本的な教育を行っております。今回の件はその対応を応用、工夫して接客を行ったと思われます」としています。
クロックポジションとは
クロックポジションは本当に有効な説明方法なのか、専門家に改めて聞きました。
答えてくれたのはサービス業の企業などを対象に障害者との接し方について研修などを行っている「全国ユニバーサルサービス連絡協議会」の紀薫子代表です。
紀薫子 代表
「クロックポジションは視覚障害がある人に目の前の状況を説明するときにとても有効です。ただ使い方にはちょっとした注意も必要です」
クロックポジションは、水平に時計の文字盤を置いた形を頭に描き、どこに何があるのかを時計の短針に例えるもので、物の場所を伝えられるだけでなく、お皿の上の料理の位置も説明ができるので盛りつけを楽しんでもらうことも可能だということです。
さらに紀さんは、クロックポジションは空間にも応用できるといいます。
紀 代表
「例えば視覚障害者をエレベーターまで案内するとき、『右斜め前に約1メートル進んでください』と言っても位置関係をはっきり把握できない場合があります。それよりも『2時の方向に約1メートル進んでください』と言えば、具体的な場所がイメージできるんです」
クロックポジションを必要としない人も
一方で、紀さんは次のような注意点を指摘します。
紀 代表
「クロックポジションを必要としているのは主に全盲の人たちで、視覚障害者の7割を占めると言われる弱視の人たちはうっすらと見えているために、クロックポジションを必要としない人もいます。弱視の人を全盲の人だと思い込んで、クロックポジションの案内をいきなり始めると、人によっては気分を害する人もいます」
そこで提案するのが「クロックポジションで案内しましょうか?」などと声をかけること。
紀 代表
「外見上、全盲の人なのか、弱視の人なのかは、判断が難しかったり、そもそも視覚障害者によって何を必要としているのかニーズが異なることもあるので相手が何を求めているかを確認することが大切です。コミュニケーションを取ることで、親切心や善意が一方的にならず、お互いにとって利益になります」
質問から広まる理解
さくらさんのツイートに対する反応はほかにもあります。目立つのは視覚障害者に対するさまざまな質問です。
「例えばレストランで鉄板など、熱い容器で運ばれてくるのは困るのでしょうか?熱くない容器に移して、お運びした方がよろしいでしょうか?」
この質問も含め、さくらさんに飲食店側でほかにできることがあるのか聞いてみました。
さくらさん
「料理がまとめて運ばれてくるとどこに何があるのかわからず、触ったり匂いをかいだりしないとなりません。それが熱い鉄板や不安定な食器の場合には、事前に知りたいです。また、タッチパネルで注文する店舗も増えてきましたが、見えないと操作ができません。視覚障害者でもクロックポジションだけでは伝わりにくい方もいて、例えば直接お皿に触れていただきながら説明する方法などもあります。その場の状況に応じて対応していただけるのが、いちばん助かるので、視覚障害者が来店したときには、席に着いた時点でひと言声をかけて手伝いを申し出ていただけると、とても助かります」
視覚障害者とSNS
さらに視覚障害者の人たちがどのようにSNSを利用しているのかという質問も寄せられています。
さくらさんはスマートフォンの画面上の文字を読み上げてくれる機能を使って、文章を読んだり書いたりしているそうで、ツイッター上の質問に対して丁寧にみずからの状況を説明しています。
さくらさん
「ツイッターやインターネットを楽しめるようになったことで情報量がとても増え、世界が広がりました。ネットニュースも音声で聞くことができますし、調べ物もできます。今回のように外食をするときには事前にメニューを調べてからお店に行くこともできます。自分でメニューを見て選べるというのはとても幸せなことです。好きな時間に自由に出かけて、好きなように買い物を楽しむというのも簡単なことではありませんがネットショッピングもできるようになり、SNSでの友達とのコミュニケーションも含め、生活の質がとても豊かになりました」
1人の視覚障害者が日々の暮らしで巡り会ったうれしい出来事をひと言つぶやいたことで広まる理解。SNSには、本来こうした力があることを改めて実感しました。さくらさんも次の様に感じています。
さくらさん
「正直、反応にはとても驚いていますし、ありがたく思います。こんなにもたくさんの方が障害者への配慮に関心をもってくださっていることに、気付かされました。健常者と障害者がもっと寄り添って、双方が暮らしやすい社会になるよう、私たちからも正しい情報を伝えていくことが大切なのだと思いました」
投稿者:有吉桃子 | 投稿時間:11時39分