2019年11月14日 (木)流されていた私 変われた
※2019年8月26日にNHK News Up に掲載されました。
好きな相手から、「コンドーム、つけなくていいよね」って言われたら、なんと返しますか。嫌われたくなくて「うん」と答えてしまうと、後に残るのは、のぞまぬ妊娠と、性感染症への不安。流されてしまう自分を変えたい。考えた結果、見つけた方法とは…?。
ネットワーク報道部記者 岡田真理紗
コンドーム試触会
5月6日、ゴムの日。私は東京錦糸町にあるレストランにいました。
若い男女から中高年まで、60人ほどの人々でおのおののテーブルは満席で、不思議な光景が繰り広げられていました。
テーブルを囲んで次々と、違う種類のコンドームのパッケージを開け、熱心に触り心地を比較しているのです。
特徴をメモしたり、写真を撮ったり。
さらにはにおいを嗅いだり。大まじめに、形や触感を比べています。
このイベントの名は「コンドーム試触会」。主催しているのは、中学校の養護教諭をしている”コンドームソムリエ”Aiさんです。
きっかけは“つけない男性”
イベントでは、Aiさんが「この商品は潤滑ゼリーが多めなので、セックスで痛みがある人にオススメ」。
「こちらは、素材がラテックスじゃないので、ラテックスアレルギーの人も安心」。等々、さまざまな商品の特徴を紹介していきます。
Aiさん(右側)
Aiさんが”コンドームソムリエ”の活動を始めたのは、「つけない男性」と付き合ったことがきっかけでした。
性行為の時に平然と「つけなくていい?」と聞いてきたことがショックで、「どうやったらつけたくなるのか」考えたそうです。
Aiさんの話を聞くと、なるほどと思うことがありました。
「体の非常に個人差のある部分につけるのに、試着する文化がない。ブラジャーは試着するのに、コンドームはしないですよね」。
「つけない男性は、自分にぴったり合うものに出会えていないだけでは?と思いました。“だったら、つけたくなるものを探そう”、そう考えたんです」。(Aiさん)。
そして去年11月に「コンドームソムリエAi」の名前でツイッターを始め、自分自身で調べた種類や特徴を発信するようになりました。
これまで“試触”したコンドームは約100種類。
メーカーのホームページを読み、特徴や、他の製品との違いなどを日々アップデートしています。すると、ある変化に気付きました。
薄さから、つけやすさへ
以前はコンドームメーカーは「薄さ」を競う傾向にありました。
しかし最近、「つけやすさ」を重視する商品が相次いで発売されるようになったのです。
ことし3月に発売されたのは“使用感を極限までなくし、密着性の高いゼリーを最大量配合した商品”。「密着性は以前の3倍」がウリです。
また同じ時期に違うメーカーから、コンドームの内側、つまり男性側に、従来の85倍の粘度の潤滑剤を塗布したという商品も出ました。
Aiさんは、ツイッターでは「特殊ゼリーのおかげで、まるでコンドームと本体が一体化したかのようにピタッと密着してズレにくい!」などと紹介しました。
「つけることで異物感を感じ、気持ちが萎えてセックス自体ができなくなる、だからつけたくない、という人も多い。そんな人には装着感を高めた商品も試してほしい」。(Aiさん)。
目的は避妊だけじゃない!
オカモトの発表会
いま、違う観点から、着用を促そうという戦略もあります。
業界最大手のオカモトが「抗ウイルス作用のあるコンドーム」をことし秋に発売予定だと発表したのです。
日本で初めてHIVとヘルペスウイルスに対して抗ウイルス作用がある物質を潤滑剤に配合しコンドームに塗布するということです。
ねらいはコンドームを「性感染症予防」のために使うという“意識”を高めてもらうことです。
オカモトがことし3月に1万4000人を対象に実施したアンケートでは、「全く着用しない」または「着用しない時がある」と回答した人を合わせると70%近くになりました。
しかし日本では、梅毒の感染者数が2013年ごろから爆発的に増え、去年は5年前の5倍以上にあたる6923件が報告されています。
さらに、気になるのが来年の東京オリンピックです。
オリンピックのあとに?
前回1964年の東京オリンピックの後、それまで6000件前後で減少傾向にあった梅毒の感染者の報告数が上昇に転じ、1967年には12000件近くにまで増加したのです。
オリンピックとの因果関係はあきらかではないといいますが、オカモトの医療生活用品マーケティング室の林知礼課長は、「国際的なイベントがあると、人と人との交流も増えます。性感染症の予防意識を高めていく必要がある」と話しています。
「日本ではコンドームはあくまで避妊が目的という人が多く、性感染症を防ぐという意識が低い、それを変えていきたい」(オカモト林さん)。
のぞまぬ妊娠だけでなく、性感染症も予防できる手段は現状コンドームしかありません。
流されたあとの後悔
コンドームソムリエ、Aiさんのツイッターをきっかけに男性との付き合い方が変わったという女性がいました。
20代の会社員、アイコさん。(仮名)
Aiさんをフォローし、さまざまなコンドームを試すようになりました。
きっかけは、生理痛を和らげるためにピルを飲み始めたところ、パートナーの男性がつけてくれなくなったことでした。
「正直、ショックだったけど、“めんどくさいと思われたくない、雰囲気を壊したくない”と思って、流されて、つけずにしてしまいました」(アイコさん)。
その後、彼から「クラミジアに感染していた」と連絡がありました。検査したところ、アイコさんも感染していました。
実は、それまでも、付き合う人はつけてくれない人が多かったといいます。
つけずに性行為をし、生理が遅れると1人で悩み、「やっぱり本当の気持ちを言えばよかった」と後悔していました。
どうしたら相手がつけてくれるのか。調べるうちにたどりついたのが、Aiさんのツイッターでした。
「男性に“つけなくていいよね?”と言われたときに、これまではどう返したらいいかわかりませんでした。でも、Aiさんのツイートを見て、コンドームにたくさんの種類があることや、いろんな工夫がされていることを知りました」。
「今は、もし相手がつけたくないと言ってきたら、流されずに“なんでつけたくないのか”を聞いて、“だったら、これ、ためしてみない?”って言えるようになりました」(アイコさん)。
女性向けの投稿も多い
アイコさんは友人と、コンドームの話で盛り上がる機会が増えたそうです。
「彼氏に“つけて”と言えなくて悩んでいる子が多い。それは本当の気持ちを言ったら嫌われるっていう怖さがあるから」。
「でも自分の体験として、つけてって言って、それで嫌われることなんかなかった。勇気を出して、1回言ってみたら、自信につながると思います」(アイコさん)。
勇気とやさしさと
私(岡田)は、2年前、コンドームをつけずにサービスする風俗店で働き、梅毒に感染してしまった女子大生を取材しました。
つけないことの怖さと後悔を知り、そのときからコンドームをつけることがもっと当たり前になったら、悲しい思いをする人をどれほど減らせるのだろうとずっと考えてきました。
大切なものだけど、表だって語ることがはばかられる存在だったコンドーム。
性感染症が広がっている一方で、真面目に、オープンに性を語ることで、流れを変えようとする人たちも出てきました。
私も、取材で集めたコンドームをデスクに広げたり、取材の電話で「コンドーム、コンドーム」と何回も言っていたので、最初は、ほかの記者も少し引いていたような気もします。
でも取材を続けていくうちに、周りも慣れて、意見交換することも多くなってきました。
何をどうすれば着けるのが当たり前の時代になっていくのかはわかりませんが、真面目に語ることが”当たり前”の一歩かもしれないと思っています。
悲しい思いをしないために、させないために。
後悔をしないために、させないために。
「つける」ことについて、真面目に語ってみませんか?
投稿者:岡田真理紗 | 投稿時間:10時49分