2019年04月11日 (木)ひげはステキ?不快?


※2019年1月25日にNHK News Up に掲載されました。

ひげ、それはスタイルに磨きをかける“相棒”か、仕事に不要な“邪魔もの”か。今月、ひげをめぐる裁判である判決が言い渡されました。大阪市営地下鉄、現在の大阪メトロの運転士らがひげを生やして勤務していることを理由に最低の人事評価にされたのは不当だと訴え、大阪地方裁判所は「ひげを生やすかどうかは個人の自由で、人格的な利益を侵害し違法だ」として、大阪市に40万円余りの賠償を命じたのです。これをきっかけに、ネット上ではひげをめぐる議論が広がっています。日本の“ひげ事情”から見えるもの、探ってみました。

ネットワーク報道部記者 大石理恵・岡田真理紗

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<ネット上で議論広がる>
この判決をきっかけにネット上では「ひげ」をめぐる議論が広がっています。

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<“ひげ禁止です!”に思わぬ波紋>
「ひげは不快だ」市民からの苦情を受けてひげを禁じた自治体が群馬県にありました。
伊勢崎市は9年前、クールビズの注意点をまとめた文書にひげの禁止を付け加え、すべての職員に周知しました。服務規程などに明記せず罰則も設けませんでしたが、思わぬ波紋を呼びます。

190125hig.3.jpg“ひげを禁じた自治体”として取材が殺到。海外メディアも加わり、ふだん静かな市役所に大きな注目が集まりました。

その後、「ひげの禁止」はどうなったか、市の担当者に問い合わせてみると「今は呼びかけていません」との回答。
あれ?ひげ禁止やめちゃったの?事情を尋ねると、こう話してくれました。

「ファッションとしてのひげが認知されつつあるなかで一律に禁止というわけにもいかず、かといって行き過ぎた無精ひげは市民に不快感を与えてしまう。非常に線引きが難しいが、公務員らしい清潔感のある身だしなみを心がけるよう呼びかけています」


<デパートに聞いてみた>
とりわけ人と接する機会が多く、身だしなみが求められそうなデパートに話を聞いてみたところ、対応は分かれていました。

「高島屋」と「そごう・西武」では、どちらも禁止まではしていないようですが清潔感を大切にするよう、呼びかけているようです。
「テナントとして入っているショップの販売員の中にはおしゃれなひげのスタイルを打ち出している人もいるので、完全にダメというのも難しいですが、万が一、トラブルなどがあった場合にひげを生やした人物が対応するのは不快に感じるお客様もいらっしゃるかもしれませんよね。なので、売り場の責任者の社員は基本的には生やしていないです」(高島屋広報)

「お客様からひげについて苦情をいただくことはあまりありません。きちんと手入れして清潔感が保たれたひげならOKですが、不精ひげは生やさないように指導しています」(そごう・西武広報)


一方、「三越伊勢丹ホールディングス」は、店頭で接客にあたる男性のひげを「不可」としています。
「制服の着用ルールを定めているのですが、ひげは、タトゥーなどと並んで禁止事項です。お客様に気持ちよくお買い物をしていただくことを第一に考え、清潔感を保つ観点から禁止しています」(三越伊勢丹ホールディングス広報)


<移ろいゆくもの>
さまざまな見方がある日本の男性のひげ。実は時代によってもその在り方、受け止め方は変化しているようです。

190125hig.4.jpg「貝印」のホームページ
かみそりの大手メーカー「貝印」によると、江戸時代に「大ひげ禁令」が出され、男性のひげは制限されましたが、幕末には外国人の来日の影響で、ひげは「野卑」から「文明」のイメージへと転換したそうです。

190125hig.5.jpg時代が明治に移ると、文明開化によって断髪の動きが広まり、ひげが復活します。洋装にひげをたくわえた明治天皇の姿が当時のトレンドを象徴しているといいます。

そして、ひげは「勇猛さ」や「威厳」を示すものになっていきますが、戦後は、またまた、事情が一変。

高度成長期には「ひげそり」がサラリーマンのたしなみとなりました。

一方、学生運動が盛り上がった1960年代。今度はひげを生やす動きが広がります。ベトナム戦争などを背景に、若者を中心に「反体制」の象徴として、ひげがもてはやされた面もあったそうです。

1990年代に入ると、男性のおしゃれとして「無精ひげ風ブーム」が到来。最近ではスーツに似合うひげなど、手入れが行き届いたひげはファッションの一部だという考え方が広まっているそうです。

ある時は「文明」や「権威」、またある時は「反体制」や「おしゃれ」と、ひげが持つ意味合いはめまぐるしく変わり続けています。


<男性の3割“生やしたい願望”も>
私たちは、電気シェーバーも手がける大手電機メーカー「パナソニック」の調査結果に注目しました。

おととし、定職に就く20代から30代の男女500人を対象にインターネットを通じて、「職業と男性の身だしなみ」を調べた結果、全体の44%が「現在の職場は男性の身だしなみに厳しい」と回答し、男性の28%は「もっと緩和してほしい」と答えています。

190125hig.6.jpgそして、男性の31%が「職場にひげを生やして出勤したいと思った経験がある」としています。

また、ひげを生やしても問題ないと思う職種を尋ねたところ、デザイナーなどの自由な発想が期待されるクリエーティブ職は50%の人が「OK」と答えた一方、取引先など外部の人とやり取りがある営業職は58%が「ふさわしくない」としています。

“ひげ願望”はあるものの、「仕事のことを考えると…」と悩ましく思う男性たちの一面がうかがえます。


<職場でひげはOK? 弁護士に聞いてみた>
雇い主が従業員にひげを禁止することはどこまで許されているのでしょうか。
労働問題に詳しい圷由美子弁護士に聞きました。
「ひげや髪形などの身だしなみは、個人が自分の外見をどう表現するかという個人的自由に属するもので、憲法13条で保障されています。服装と違い、ひげは勤務時間外もその人の外見に関わるもので、制限が私生活にも及ぶため、規制するのは慎重であるべきでしょう」
具体的には、仕事上の必要性があり、働く人の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容でなければ「ひげの禁止」は認められないと話していました。


<海外のひげ事情は>
身だしなみとひげ、海外ではどうなんだろう?
国際報道に携わり、ヨーロッパや中東での生活経験がある同僚の男性記者に聞いてみました。

ーーーひげのとらえ方、欧米では?

「『ひげは個性の1つで誰かが強制するものではない』という考え方が根づいているように感じます」

190125hig.7.jpgフランス フィリップ首相
「例えば、フランスのフィリップ首相もひげを生やしています。一方、現代の日本で総理大臣がひげを生やしたら、それだけでニュースになるのではないでしょうか」

ーーー働く人たちはどんな様子?

「印象的だったのは、フランス・パリの地下鉄です。無精ひげでTシャツに短パン姿の若い運転士が足を組みながら運転していたんです。もちろん、運転士が全員、ひげを生やしているわけではありませんが衝撃を受けました。大学時代に訪れたスイスでは、列車内で検札に来た車掌が大きなサングラスと口元に立派なひげをたくわえていて、その自由さに驚きました」

ーーー欧米以外の地域は?

「中東では、ひげは男らしさの象徴の1つと考えている人もいるため、ひげを生やす男性は多いです。特にイスラム教では、預言者ムハンマドがひげを生やしていたと言われていることから、敬けんなイスラム教徒の男性の中には、それにならってひげを生やしている人もいます。ただ中東でも、ひげがない(そっている)人もいます」

190125hig.8.jpg(左)アブドラ国王 (右)ジュベイル氏
「例えば、ヨルダンのアブドラ国王やエジプトのシシ大統領などはひげがありません。また、イスラム教の厳格な解釈に基づく統治が行われているサウジアラビアでも、前外相のジュベイル氏はひげがありませんでした。ひげがなければ男性としてダメというわけではないんです」


<ひげよ どこへ>
ひげのトレンドは今後どうなっていくのか。日本近現代史が専門でひげの歴史に詳しい共立女子大学の阿部恒久教授はこう話しています。

「最近は若いうちにひげを脱毛し肌をツルツルに保つ人もいて『ひげを生やす』、『そる』に加え、『なくす』という選択肢も広がっています。男性のひげは、今の時代の多様性を表しているとも言えるんです」

今回、取材した記者は2人とも女性で、正直、ひげについてあまり考えたことがありませんでした。

しかし、取材してみると、男性のひげは女性の化粧と同じでその時代、その時代を写す「鏡」のようなものだということがわかりました。ひげの持つ意味合いは時代とともに移ろいゆくもので、生やす・生やさないを一律に決めるのはそぐわないと感じます。日本に住む外国人も今後増えると見られる中で、ひげのとらえ方もますます多様になってくるのかもしれません。

投稿者:大石理恵 | 投稿時間:16時11分

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