2019年02月13日 (水)元気の秘けつは"オムツゼロ"


※2018年12月11日にNHK News Up に掲載されました。

介護の現場で欠かせないアイテムの1つが「おむつ」。介護する側の負担を減らすためにも必需品です。ところが新潟市のある施設では、できるだけおむつを使わない介護に成功し、さらに予期せぬ効果も表れました。「在宅介護でこそおすすめしたい」と専門家も訴える、この取り組みとは?

新潟放送局記者 氏家寛子
ネットワーク報道部記者 田隈佑紀

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<職員どうし議論がきっかけ>

181211gen.2.jpgできるだけおむつを使わない取り組みで成果をあげているのは新潟市北区にある特別養護老人ホーム「なぎさの里」です。入所する約90人のうち半数以上が要介護度4から5。つまり、介護の度合いは重く、身の回りのことを自分ひとりではできない状態です。

平成16年に開所したこの施設では、これまで4割近くの人がおむつを着用していましたが、去年、なんと入所者全員が日中におむつを着用しない“オムツゼロ”に成功しました。

中心となって進めてきたのは施設の職員で介護福祉士歴16年の粕川晶弘さん(45)。安易におむつを使う風潮に常々疑問を感じていたといいます。

181211gen.3.jpg「入所者が便失禁をしてしまうと『おむつを使わないといけないかなぁ』という認識が介護職員の間でありました。おむつをすることで元気がなくなっていく入所者を多く見てきたので、それが尊厳のある生活なのかというのを、まずみんなで考えたのがきっかけでした」
おむつをつけたまま寝たきりの状態になると、さらに要介護度が重くなるとも指摘されています。人生の最期まで尊厳のある生活を送ってもらいたいと、職員どうしで議論を重ねた結果、たどりついたのが、当時注目されつつあった、できるだけおむつを使わない“オムツゼロ”でした。


<どうすれば可能に>
では、どのようにすればできるだけおむつを使わなくすることができるのか。施設側が心がけた4つのポイントを説明します。


1・十分な水分摂取

181211gen.4.jpgいちばん大切なのは十分な水分の摂取です。便秘を防ぎ体のリズムを整えるためです。高齢者はトイレに行くのを避けるため、水分の摂取を嫌う傾向があります。これを改めるため1日当たり1.5リットルの水分の摂取を目標にしました。

そして、工夫もこらしています。飽きがこないようジュース、コーヒー、清涼飲料など多くの種類の飲み物をそろえたのに加え、それぞれが目立つよう、中が見えるガラス張りの冷蔵庫に置きました。

液体だけでは十分な水分を取ることができない人のために、ゼリーも用意しました。喫茶スペースでは職員も輪に入り、みんなで一緒に飲むようにしています。

さらに、入所者一人一人にあわせた水分摂取の計画も作っています。例えば97歳のある女性の場合、朝起きた後に清涼飲料を100ミリリットル。朝食のときにお茶250ミリリットルと乳酸菌飲料100ミリリットル。午前の活動のときにコーヒー200ミリリットルと寒天ゼリーなどとなっています。


2・おかゆではなくごはんを提供

181211gen.5.jpg次に食事です。ペースト状のおかゆではなく、食物繊維がより豊富に含まれている、ごはんをできるだけ提供して腸内環境を整えます。


3・トイレに行く力をつける

181211gen.6.jpg3つ目に運動にも力を入れます。施設では新たに体幹や足の力を鍛えるトレーニング器械を導入しました。腸の動きを活発にしてトイレに行くための力をつけます。


4・トイレの利用を習慣づける

181211gen.7.jpg4つ目は毎日同じ時間にトイレに行くことを習慣づけます。毎日、午前1回と午後2回の、1日合わせて3回、職員がトイレに誘導します。


<当初は反発する職員も>
施設では5年前からこうした取り組みを始めましたが、当初は一部の職員から反発もあったといいます。負担が大きくなるのではないかと辞めていった職員もいたといいます。

ところが導入してみると思わぬ効果が表れました。日中に体を動かすので睡眠が深くなり、夜間の呼び出しが減少。

また、便秘になりがちな高齢者には下剤を使うこともありましたが、自然な排せつができるようになったため、突然の便失禁がなくなり、おむつを取り替えたり、衣服を着替えさせたりすることがほとんどなくなりました。

ある介護職員の女性は「日中トイレで排せつするので、夜間に出ることがほとんどなくなりました。負担が減って今となってはよかったと思う」と話していました。


<入所者に変化が>
こうした取り組みの結果、要介護度の改善につながったケースもありました。

181211gen.8.jpgおととし入所した95歳の女性は当初、立つことがやっとという状態でしたがトイレに行くことを目標に生活を見直した結果、今では300メートルほど歩くことが可能で、職員と近くのスーパーにでかけられるまでになりました。日課の散歩が楽しみで表情も豊かになったといいます。

181211gen.9.jpg粕川さんたち施設の職員は取り組みを通じて入所者の生活が改善していく可能性を秘めているという手応えを感じています。

「体を動かさないというのは、どんどん悪くする一方だと思います。最後まで自分で立つ。歩く。食べる。そういう介護の導きをやっていきたい」(粕川さん)


<一方で人手不足の課題も>
こうした取り組みをすすめるのが国際医療福祉大学大学院の竹内孝仁教授です。東京 赤坂のキャンパスで医療福祉を研究する竹内教授によると、これまでに全国の約150の施設が“オムツゼロ”を達成したということです。

これには自立支援につながると国も注目し、ことし4月の介護報酬の改定で入所者のおむつ外しに取り組んだ介護施設には介護報酬を手厚く配分するなど、後押ししています。

ただ一方で難しい課題もあります。施設によっては入所者をトイレに誘導する職員が足りないという切実な声も聞かれます。取り組みを進めるにはある程度、職員数に余裕が必要なのが実情です。


<在宅介護こそ“オムツゼロ”を>
竹内教授と同じ国際医療福祉大学大学院の小平めぐみ准教授は家族の負担を減らす必要がある在宅での介護こそ、こうした取り組みを積極的に行うべきだと訴えます。

181211gen.10.jpg小平准教授は「十分な水分を取って運動をして食事のあとにトイレに座る。このリズムを整えられれば“オムツゼロ”は在宅でも可能だ。ショートステイや訪問介護の際など、取り組みに理解のある事業者の助けを得ながら実践していくことも有効だ」と指摘します。

年をとったからといって、誰も自分から「おむつ」を着けることを望まないでしょう。健康上の理由からしかたなくというのが本音だと思います。施設だろうと在宅だろうと、介護をする人も受ける人も生きがいや幸せを感じられる支援とは何か、これからも注目していきたいと感じました。

投稿者:田隈佑紀 | 投稿時間:10時29分

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