2019年02月12日 (火)駅伝ランナーは止まれない
※2018年12月11日にNHK News Up に掲載されました。
目をくぎづけにしたのはひたむきに走る選手ではありませんでした。目もうつろになりながらふらふらと進む選手と、足を痛めて四つんばいになって進む選手。決して止まらなかった選手たちが伝えたものは、なんだったのでしょうか。
ネットワーク報道部記者 飯田暁子・松井晋太郎
<2つのアクシデント>
10月21日、福岡県で開かれた実業団の女子駅伝の予選会は日本中の注目を集めました。
ただ、注目されたのはレースではなく2つのアクシデントでした。足をけがした選手が四つんばいになってレースを続けたこと。そしてトップを走っていた選手が何度もふらつき、コース脇に倒れて棄権となったことです。
<逆走したランナー>
以前、マラソンでおよそ8キロもの距離をふらつきながら進んだランナーがいます。
鯉川なつえさん。
3000メートルの高校日本記録を出したランナーで、ユニバーシアードの女子マラソンで日本代表に選ばれました。
アクシデントは出身地の福岡で開かれた、そのユニバーシアードで起きました。
鯉川さんは地元の期待と大きな声援を受けトップを快走していました…30キロすぎまでは。
1995年9月 ユニバーシアード福岡大会
当時の気温は30度近く、湿度も90%以上。鯉川さんは、ふらつき始めます。時には逆走しながら、それでも足は止まりません。しかしゴールまで残り3キロで倒れこみ、棄権となったのです。
<いや、その前にそもそも>
倒れたその時、どんな気持ちだったのでしょうか。ゴールや優勝への強い執念があったから、ふらつきながらも8キロもの間、足を止めなかったのでしょうか。
鯉川なつえさん
「いや、その前にそもそも意識はありませんでした」
鯉川さんの意識は30キロの給水地点で途切れていたというのです。
「熱中症や脱水症状でふらついている選手は、走ろうという強い思いがあるわけではありません」
「意識障害で体がふらついていて、自分の意思では止まれないことが多いのです」
<セコンドのいないボクシング>
「だから今回の駅伝もふらつき始めた時点で、運営側や審判はすぐに止めるべきだったと思っています」
鯉川さんは倒れた後、全身を氷で冷やされ、意識を取り戻したのは20分後でした。死と紙一重だったことは後から聞かされました。
当時の読売新聞
「地元出身の鯉川に勝たせてやりたいとチームも審判も思い、止めなかったのでしょう。でも今思えば止めてほしかった。命が助かってよかったと思っています」
「駅伝やマラソンは監督が近くにいない、『セコンドのいないボクシング』状態です。心情的なことに判断を左右されるのではなく、運営側が選手を守ることを徹底するべきなんです」
<甘くて厳しい言葉>
鯉川さんはいま、順天堂大学の先任准教授で陸上競技部の女子の監督をしています。
「甘いと言われるかもしれませんが…」
そう前置きしたうえで「日本のスポーツは、選手を精神的に追い込みすぎではないでしょうか。だめだったら次、頑張ればいい、またチャンスはあるというムード作りが必要ではないでしょうか」と話していました。
「甘いと言われるかも」と前置きした鯉川さんの言葉ですが、私(飯田)は、選手やチームに現実を直視するよう突きつける厳しい言葉のように感じます。選手たちは長い距離を走り切るために大変な練習をする。コースや当日の気象状況も考慮し、万全の準備をして本番に臨む。やるべきことはすべてやった、それでも走り切ることができなくなったら…。その時点で“そのレース”は終わり。
不要に身体を傷めずに、次のレースこそ結果を出せるように出直すしかない。そうした考えがまだ定着していないのではないか、そう伝えているように感じました。
<四つんばいのランナー>
私(松井)が選手の様子を見たのはテレビのニュースでした。選手は走るのではなくはいつくばって、四つんばいになりながら前に進んでいました。
足を痛めた選手は、中継地点まで200メートルの地点から四つんばいで白線の上を進み始めます。
それを知った監督はレースを止めてほしいと訴え、審判もそれを選手に伝えます。しかし、選手は止めてほしくないと強く訴え、四つんばいのまま次のランナーにタスキを渡したのです。
ネット上でさまざまな反応があがります。その中にはレースを止めなかった審判への批判もありました。私もこんな形でタスキをつなぐのはもはや駅伝のレースではない、直後は、そう思いました。
ただ、時間がたつにつれて違った考えが頭から離れなくなりました。
「自分が選手だったら、審判だったら、どうしただろう」
<誰も間違っていなかった>
“選手だったら”、間違いなく何がなんでもタスキを渡そうとしただろうし、審判の制止も振り切ろうとしたと思います。タスキを渡すために必死で練習してきたからです。
“審判だったら”、どうしたのか。タスキをつなごうと必死に前に向かい、“レースを続けたい”と強く訴える19歳の選手を止められたのだろうか。少なくとも、ちゅうちょせずに止めることは、私はできなかったと思います。
そう考えながら取材していると「あの時、その場に関わった誰もが間違っていなかった」という人がいました。レースをテレビで解説していた増田明美さんです。
<選手は止まれない>
駅伝もマラソンも経験した増田さんは最初に「選手はタスキを待っている人に届けたい。絶対に届けたいから選手からは止まれないんです」、そう話しました。
増田さんによるとこの選手は、レース中、ケガをしたのが自分で分かり審判に「あと何メートルですか」と聞いたそうです。審判が「200メートル」と告げると、体をなるべく傷つけないようにでこぼこのアスファルトではなく白線の上をはいだします。
審判は選手に声をかけました。「あと80メートル、70メートル」
この時、増田さんは涙がこぼれたと言います。何とか中継所にたどりつきたい選手の思い、はいながら進む選手を見て、早く中継所にたどりついてほしいと願う審判の思い。この2つをくみ取っての涙だと私は思いました。
増田さんは「もちろんレースを止めるように申し出た監督の判断も間違ってない、大賛成だ。将来性ある若い選手が体がボロボロになるのはもう見ていられないと思う」。「ただあの時、その場に関わった誰もが間違っていなかった。選手のことをそれぞれで考え一生懸命だった」、そう話していました。
そして強調していたのは選手は止まれないゆえのルールの必要性です。「はっきりとしたルールを作らないと選手は止まれない。例えば自分の足でレースを続けることができなくなったら止めるというルールが必要だ、それがあのレースの教訓と思う」、そう話していました。
<競技注意事項5(6)>
スポーツの感動は、アスリートが自分の限界に挑もうと歯を食いしばる姿にあると私は思っています。ただし、それは、アスリートの安全が守られていることが大前提で、“必死に練習してきた選手こそ、止まれない”。それを踏まえた対応が必要なのだと思います。
取材をひととおり終えた11月25日、全日本実業団対抗女子駅伝=クイーンズ駅伝が仙台市で開かれました。この駅伝で競技注意事項に新たに加わった項目がありました。
競技注意事項5(6)
「競技者が走行不能(すなわち歩いたり、立ち止まったり、倒れた状態)となった場合は、本人がなお競技続行の意思を持っていても、審判長または権限を委譲された監察車乗務の審判員により競技を中止する」
2つのアクシデントも考慮してできたルールでした。
投稿者:飯田 暁子 | 投稿時間:10時12分