2018年10月04日 (木)悲しみの地を"観光"!?


※2018年8月27日にNHK News Up に掲載されました。

原発事故が起きてから7年半。この夏、東京電力が原発の敷地内の写真を載せたクリアファイルを視察に来た人たち向けに販売したことが波紋を広げました。「廃炉も汚染水処理も見通しが立たないのにお土産?」などと批判の声が相次いだ一方で「原発に来たことを忘れない意味でいいのでは」などの意見もありました。福島第一原発や周辺を訪れる人は年々増えて、年間1万人以上に上っています。災害や事故、戦争等の跡が残る土地を訪ねる旅は「ダークツーリズム」と呼ばれます。悲しみの地の“観光”を考えてみました。

ネットワーク報道部記者 田隈佑紀

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<原発事故の“記念品”に賛否>
kan180827.2.jpg東京電力は8月から福島第一原発を視察した人たち向けに、原発構内のコンビニエンスストアでクリアファイルの販売を始めました。

クリアファイルには、廃炉作業が進む福島第一原発1号機から4号機の現在の様子や、従業員らが汚染水を処理した水が保管されたタンクのそばを歩いている様子などの写真が載っています。

3枚セットで300円、原価相当の額だということです。
販売を始めた理由として東京電力は、廃炉作業の視察に訪れた人や作業員などから、記念となるグッズがほしいといった声が多数寄せられていたことをあげ、グッズを通して家族や友人に廃炉の進捗状況を伝えてほしいと説明しています。

これに対してネット上では
「廃炉も汚染水処理も見通しが立たないのにお土産?」
「地域から追い出された人が見たらなんて思うのか」と
事故の当事者が商品を販売することに厳しい批判の声があがりました。

一方で、「ここに来た事を忘れない意味でいいんじゃないの」と理解を示す意見もありましたが、東京電力は批判を受けて一週間後に販売を停止しました。


<年間1万人以上が視察>

kan180827.3.jpg東京電力 福島第一原子力発電所
福島第一原発には、年間1万2000人余りが構内の視察に訪れています。
原発周辺では複数のNPO法人等の団体もツアーを行っています。

kan180827.4.jpg「20キロ圏内ツアー」
その1つ、被災者自身が原発周辺地域の実態を伝える「20キロ圏内ツアー」を主催する団体では、年々ツアーの参加者が増えていて、夏休みだけではなく9月末まで予約がいっぱいの状況だと言います。

「だんだんと事故のことが伝えられなくなってきて、忘れられたり誤解をされていると感じることもある。観光目的だったとしてもまず実情を多くの人にわかってもらい、たくさんの人に本当の姿が伝わることが大事」(NPO法人「野馬土」 青田美由紀さん)

ほかにも地元の観光協会などは「復興ツーリズム」と題して放射線の基礎知識や除染の実情も伝えるツアーを行っていて、県外から現地を訪れる動きは広がっています。


<“観光地化”するチェルノブイリ>

kan180827.5.jpgチェルノブイリ原発(撮影:2017年5月)
30年余り前に深刻な事故を起こしたチェルノブイリ原発。

事故から25年後に政府の許可を得た民間のツアーが行われるようになりました。

ツアー会社によると観光目的を含め今や年間5万人が訪れているといいます。

ツアー会社はチェルノブイリ原発の周辺地図のほか、Tシャツや事故現場の写真をあしらったマグネットなどの「チェルノブイリグッズ」を数多く販売しています。

こうした会社の1つによると、事故現場を視察するツアー参加者の半数以上が買い求めているということで担当者は「買った物を手に取るたびに、自分が見た原発事故の悲惨さを思い出してくれることにつながるのではないか」と話していました。

福島県出身の社会学者の開沼博氏は、福島の高校生を引率するなどして、繰り返しチェルノブイリ原発周辺を取材してきました。

kan180827.6.jpg開沼博氏
「もちろん抵抗感を示す人がいるし、商業主義化への懸念の声もある。ただ現地に行って話を聞いた人たちが強調していたのは、事故があったという事実を多くの人に知らせ、その歴史を学ぶ機会にすることの重要性だった。多くの人が足を運ぶことが教訓を伝えていくには必要で“観光”という言葉が持つ商業主義の側面も一概に否定すべきでない」


<広がるダークツーリズム 求められる配慮>
kan180827.7.jpg原発事故だけでなく、戦争やたび重なる地震・津波災害など日本には各地に悲劇の教訓を伝える施設や史跡が数多く残されています。

広島の原爆資料館は、世界中から年間100万人以上が訪れ、多くの人が原爆被害の悲惨さと教訓を学んでいます。

災害や事故、戦争等の跡が残る土地を訪ねるダークツーリズムは、欧米で90年代に提唱され、日本でもここ数年、関係する雑誌や書籍が相次いで出版されました。

最近では、世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のツアーも一種のダークツーリズムとして人気が集まっています。

多くの観光客が訪れることで、維持費用のかかる貴重な史跡の保存に役立つこともあります。

しかし、ダークツーリズムと言われる地元の人の中には、違和感を抱く人がいるのも事実です。

ダークツーリズムの場所の1つとして、書籍などで紹介されている熊本県水俣市の水俣病資料館には、国内外から年間4万人余りが来館します。

副館長の草野徹也さんに話を聞くと、観光客からは時に無理解から来る心ない発言や、差別的な発言が出ることもあるといいます。

長年差別に苦しんできた患者や、地元の方々には到底受け入れ難いものです。
草野副館長は「そうした理解が足りない人たちにも正しい知識を得て帰ってもらいたい」と話しますが、発言に傷つく人もいます。

東日本大震災の被災地でも、物見遊山で訪れた人たちが被災者の心情を傷つけるケースがありました。

ダークツーリズムは、その土地で辛く、悲しい思いをした人たちがいることを決して忘れてはならないのです。


<現場に立つからこその重み>
kan180827.8.jpg国立ハンセン病資料館
自分でもダークツーリズムを実践してみることにしました。

東京都東村山市の「国立ハンセン病資料館」入館は無料です。

私が訪れたとき、来館者の数は決して多いとは言えませんでしたが、夏休みとあって平日の昼間でも、小中学生や家族連れの姿がありました。

社会がハンセン病をどう扱ってきたか歴史からひもとく展示や、療養所の部屋を実物大に再現した模型、治療した患者の映像証言などがわかりやすい形で展示されていて知識の無いところからでも理解が深まります。

「”らい(ハンセン病)は一度かかれば生涯らい”。治っても社会は、一度押したらく印を消さず、拒絶してきた」

展示で印象に残った言葉です。

kan180827.9.jpg資料館の脇には、今なお引き取り手のいない遺骨などが眠る納骨堂がありました。

治療法が確立されても続いた社会の根深い差別、今も完全には払拭(ふっしょく)できていない実情。

本当に社会は教訓を学ぶことができているのか、こうした悲劇を二度と繰り返さないために何ができるのか、現場に身を置いてさまざまな思いを巡らせました。

kan180827.10.jpg金沢大学 井出明准教授
「どんな場所にも光と陰の歴史があり、その土地を深く知ることにつながる。日本はたび重なる自然災害や、戦争の歴史などがあり、海外に向けてもダークツーリズムの”発信拠点”であるべきだ」(井出准教授)

つらい思いをした人たちに配慮したうえで、肩ひじ張り過ぎることなく、悲劇の地にも立ち寄ってみる。

夏休みの旅行に深みを与え、一層心に残る旅になるかもしれません。

投稿者:田隈佑紀 | 投稿時間:16時27分

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