2018年09月20日 (木)えっ!サマータイム?


※2018年8月7日にNHK News Up に掲載されました。

東京オリンピック・パラリンピックに向けた暑さ対策として急浮上した「サマータイム」。日本ではなかなか定着してきませんでした。どんな効果があるのか、逆に悪い影響はないのか、いろいろな視点から考えてみませんか?

ネットワーク報道部記者 松井晋太郎・木下隆児

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<ネット上では懸念の声>
ネット上では官公庁や企業のシステムの改修が必要になり、影響が大きいのではないかといった懸念の声が上がっています。

「サマータイム導入、システムへの影響が大き過ぎて反対」
「サマータイムが導入された場合に未だに古いバージョンのOSを使ってて更新してないシステムの更新作業が」

残業が増えるだけだと嘆く声も。
「システムの問題を横に置いておいてもサマータイムになんかしたら働く時間がその分伸びるだけのような気がする」
「サマータイム導入されて2時間も繰り上がったら、就業時間内にヨーロッパの取引先とリアルタイムの連絡ができなくなるなぁ。残業確定じゃん」

esa180807.2.jpg中にはこんな痛烈なツイートもありました。
「オリンピックなんかのために全国民を巻き込むな」
「東京だけでやればよくね?東京オリンピックなんでしょ?地方、関係ないから巻き込まないでくれ」

実際に「サマータイム」のような早めの勤務を経験した人や家族からも、批判的な意見が上がっています。
「1億総時差ボケ(笑)サマータイムで働いた夏あるけど、こんなに暑かったら、たかが1、2時間でそんなに変わらないような気がする」
「話題のサマータイム、実は旦那の会社、絶賛実行中。30分だけ。良いところは病院に駆け込みやすい。ぐらいかと」


<幻のサマータイム>
懸念の声も上がるサマータイム。実は、日本でも過去に1度だけ実施されたことがありました。


サマータイムについてまとめた環境省の資料によると、戦後の復興期、電力不足が深刻化したことなどから、日照時間を有効に使うため、GHQ=連合国軍総司令部の指示で昭和23年から導入されました。


昭和23年というとちょうど70年前。多くの人は記憶にないと思いますが、当時は、資源の節約や健康の増進を目的として、生活の時間が1時間、早められました。人気マンガ「サザエさん」でもサマータイムに合わせて時計の針を進める場面が描かれていたようです。


しかし法律の公布・施行は昭和23年4月28日。そのわずか3日後の5月1日から実施されたため、多くの国民が戸惑うことになりました。

esa180807.3.jpg前年にスタートした夏時間がこの年も始まった(昭和24年4月 )
その後、昭和26年9月にサンフランシスコ講話条約が調印され、GHQが廃止されると、サマータイムを継続するべきかどうか、検討が行われました。

当時の国の調査によると、サマータイムをやめたほうがいいとする人が継続したほうがいいとする人を上回り、反対意見が過半数に達しました。

やめたほうがいいとする理由は、
▼「昼の時間が長くなるためつい労働時間が増えてしまう」
▼「慣習が変わるのを好まない」
▼「健康上、疲れてだるい」などでした。

一方で、継続したほうがいいとする理由は、
▼「仕事の能率が上がる」
▼「余暇を利用できる」
▼「健康上いい」などでした。
このような調査結果や電力事情の改善を背景に、昭和26年9月を最後にサマータイムはわずか4年で廃止され、定着することはありませんでした。


<省エネで改めて注目>
しかし、平成9年に日本を含む先進国に温室効果ガスの削減を義務づけた「京都議定書」が採択されたころから、省エネ効果に注目が集まり始めました。

自治体の中には、試験的にサマータイムを導入したところもあります。

esa180807.4.jpg北海道庁では午前8時前から仕事に(平成17年7月)
北海道庁では、平成17年から4年間、職員などの出勤を早めました。

平成20年には7月に入ってからの6週間で3738人の職員がサマータイムに参加し、就寝時間が早まったことなどで5万9352キロの二酸化炭素を削減できたとしています。

一方で、国として制度を導入する場合の課題としては、
▼労働時間が長くならないように配慮すること
▼広報活動の徹底
▼準備期間の確保をあげています。

esa180807.5.jpg滋賀県庁でも夏時間を試験的に導入(平成15年7月)
また、滋賀県でも平成15年の7月から8月にかけて試験的に導入し、参加した職員に意見を聞いたところ、およそ65%がサマータイムに賛成だと答えたということです。

仕事を終えた後の余暇の使い方については、「家族とのふれあい」や「地域の活動」といった回答がありました。


<経済効果は?>
経済的なメリットにつながるという見方もあります。

esa180807.6.jpg第一生命経済研究所 主席エコノミスト 永濱利廣さん
第一生命経済研究所の経済調査部・主席エコノミストの永濱利廣さんに聞きました。

「会社の始業や就業が早まって余暇が確保できれば、趣味や飲食に充てる時間が増えて年間5000億円くらい個人消費が伸びるという見方もあります」

ただし、余暇が増えることが条件だということです。確かに、サマータイムを導入しているヨーロッパでは、働いたあとの余暇を楽しむ人たちが多くいます。

私(松井)が先月、スペインやベルギーなどを取材で3週間訪れた時も、夕方、街を歩けば、恋人とお酒を飲んだりちょっとした広場で仲間とサッカーを楽しんだりする姿をよく見かけました。

この時期、ヨーロッパは午後10時くらいまで太陽が出ています。現地の人によると、サマータイムで早めに仕事を終え、夕方、おやつ代わりにお酒でのどを潤し、さらに日が沈んでから遅い時間に夕食をとるのが習慣になっているそうです。私たちも余暇を有効に活用することができればいいのかもしれません。

一方で、永濱さんは経済的にマイナスの影響もあると指摘しています。
「企業などのシステムを年に2回変更することになるので、対応にあたる人手が必要になります。システムのトラブルがあるかもしれないし、人手不足の中、企業にとってはコストがかかることになります。睡眠不足の社員がいれば、生産性が落ちることも懸念されます」


<健康への影響は?>
サマータイムが導入されたらみんな早起きすることになりますが、健康への影響はどうなのでしょうか。

6年前、日本睡眠学会の委員長としてサマータイムの影響について取りまとめた北海道大学の本間研一名誉教授に聞きました。

「サマータイムを導入するということは、ある日から1時間なり2時間なり、早く起きて早く寝るということです。体が慣れるには、2、3週間かかるというデータもあり、時間がかかります。慣れるまでの間は、日々の仕事の効率も下がります。また、涼しい時間に出勤して明るいうちに帰ることになると、気温が高く、家の中が暑い時間帯に帰宅することになります。いつもどおり寝ようとしても、家が冷えきらないうちに寝ることになり、夜、寝つけないということになります。しかも、翌日は早く起きるわけですから、睡眠時間が短くなり、心臓や脳に負担がかかる可能性もあります」

esa180807.7.jpg本間名誉教授は、別の原因で睡眠時間が減る可能性も指摘しています。

「サマータイムを導入すれば、明るい時間帯に買い物をする人が増え、個人消費が増えるという効果を強調する人もいますが、これだけ暑くなると、買い物をする人もいないのではないでしょうか。買い物をする人がいたとしても、その時間はどこから持ってくるのでしょうか。その分、睡眠時間を減らさないといけないかもしれません。『サマータイム』を導入したからといって、時間が増えるわけではありません」

さらに、健康だけでなく、家計に影響が出るという見方も示しています。

「企業側にはメリットがあると思います。朝早く出勤することになるのでその時間帯の光熱費は削減できるでしょう。一方で、それぞれの家庭では、日中、暑い時間帯に帰宅することになりますから、電気代が余分にかかってしまうのではないでしょうか」


<幅広く議論を>
サマータイムの導入はメリットもデメリットもあるようです。私たちの生活に大きく関わる問題なので、「オリンピック・パラリンピックがあるから」ということだけでなく、幅広い視点から議論を深めるべきではないかと感じました。

投稿者:松井晋太郎 | 投稿時間:16時10分

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