2018年06月18日 (月)幸せの黄色いたすき


※2018年6月11日にNHK News Up に掲載されました。

「駅のホームは欄干のない橋」
視覚障害者が、駅を歩くとき実感するという言葉です。ホームドアが設置されていない駅も多く、転落事故が後を絶たない中、事故を防ぐために、周りの人が視覚障害者に声をかけて一緒に歩いて案内する。大切だと分かっていてもいざその場面になると、「声をかけていいのか」と迷ってしまう人も多いのではないでしょうか。
そうした中、視覚障害者の助けてほしいという気持ちを周囲に伝える「幸せの黄色いたすき」が互いの気持ちをつなごうとしています。

ネットワーク報道部記者 後藤岳彦

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<“4割近くが転落経験”>
shi180611.2.jpg毎年のように繰り返される視覚障害者が駅のホームから転落する事故。おととし8月に起きた東京メトロ青山一丁目駅で起きた死亡事故をきっかけに首都圏の鉄道各社は、駅員が視覚障害者に声をかけて構内を案内する取り組みを強化しました。また、ホームドアの設置も進めています。

しかし、転落事故は後を絶たず、平成28年度は72件に上りました。視覚障害者の4割近くが、駅のホームから転落したことがあるという民間の調査結果もあります。


<幸せの黄色いたすき>
事故を防ぐために何かできないか。取り組みを始めた神奈川県平塚市に住む鈴木満江さん(70)です。生活に役立つグッズを発明することが趣味で、NPO法人のメンバーとして長年活動を続けてきました。

shi180611.3.jpg最近、車の運転をやめ、鉄道を利用する機会が増え、ホームで視覚障害者に声をかけるようになりました。ただ気になっても、遠慮して声をかけられず通りすぎてしまうときもありました。

視覚障害者が「サポートお願いします」と伝えてくれたら周囲の人も手を差し伸べやすくなるのではないか。「助けたい気持ち」と、「助けてほしい気持ち」、言葉の代わりとして考えたのが「たすき」でした。


<「2、3分サポートお願い」>
「たすき」にしたのは、選挙の候補者がかけているのを見て、「これだ」とひらめいたと言います。

たすきなら、抽象的なマークではなく、「必要なことを文字にして周囲に伝えられる」。

みずからも視覚障害者に声かけを続けてきた鈴木さん。その経験を踏まえ、ホームを歩くわずかな時間、サポートしてほしいという気持ちにより添い、「声かけ2、3分サポートお願い」というメッセージを入れることにしました。

shi180611.4.jpg文字の大きさにもこだわりがあります。
鈴木さんの知人で、今回、たすき作りに協力した神部禎夫さん(88)、文具の製造・販売会社、パイロットコーポレーションの元社長です。

どのように見えると声をかけやすいか、文具作りの企業での経験をいかし文字の大きさや太さなどを考え抜きました。

shi180611.5.jpgたすきに書かれた文字の長さは、15センチと本の背表紙ほど。文字の大きさは、人が声をかける距離は90センチくらいと考え、それよりも少し離れた1メートル50センチほどのところから「何が書いてあるのか」気になる大きさにしました。

70歳と88歳、お互い議論を重ねながら作った「たすき」は視覚障害者に幸せを届けたいとの思いを込め、「幸せの黄色いたすき」と命名。早速視覚障害者で作る団体、日本盲人会連合に試作品を持ち込みました。


<たすきがつなぐ気持ち>
たすきを受け取った、日本盲人会連合総合相談室の工藤正一さん(69)です。

子育てと仕事に追われていた32歳の時、失明のおそれがある難病の「ベーチェット病」と診断されました。その後、目に異常が現れ始め、視力が低下し、見えなくなってはまた見える、見えたかと思うと見えない、その繰り返しが続きました。38歳の時、視力を失いました。

shi180611.6.jpg工藤さんも駅のホームから2回転落し、骨折する大けがをしたことがあります。30年、白じょうを使って外出を続けている工藤さんにとっても駅のホームは最も危険な場所だといいます。
工藤さんは、「今でも、危ないと思ったらみずからは動かず、声かけを待つことにしています。たすきの話を聞いたとき、シンプルで周囲も声をかけやすいと思いました」と話していました。


<たすき着用 その効果は>
たすきを使い始めて半年ほど。この日、私も工藤さんと一緒に電車に乗り会社までの道のりを歩きました。工藤さんは、片道1時間半ほどかけ千葉県から東京都内まで通っています。

shi180611.7.jpg乗り換える駅に電車が着くと、工藤さんは内ポケットに入れているたすきを肩にかけました。通勤・通学の人でごった返すホーム、工藤さんはたすきをかけ、向かいのホームに移動します。

すると隣にいた女性がたすきを見て、「お手伝いしましょうか」と声をかけていました。工藤さんは「ありがとうございます」と話して、女性の腕をつかみ、電車の車内へ、そして座席まで誘導してもらいました。

shi180611.8.jpg声をかけた女性は「視覚障害者を見かけますが駅のホームの端を歩いていて危ないと思うときもある。でも、声をかけていいか迷うときもあるので、たすきがあると声をかけやすかった。2、3分と書いてあるので気軽に声をかけられる」と話していました。


<町なかでも安心 広がる共感>
ホームだけでなく、町なかを歩く際も「たすき」が役に立ちます。音の鳴る信号機がある交差点はその音に従って歩くことができますが、音が鳴らない交差点ではいつ車がくるかがわからず危険なため、こうした交差点では必ず、たすきをつけています。

shi180611.9.jpgこの日も、たすきを見た就職活動中の大学生が立ち止まり工藤さんを近くの店まで案内していました。

多くの人にたすきをつけて安心して歩いてもらおうと、工藤さんは数十本の試作品を知り合いの視覚障害者にも送りました。

「自動販売機で飲み物を買いたくても場所がわからない。たすきをつけると案内してもらい、飲み物を買えた」
「店のレジまで誘導してくれた」
「大きな交差点ですぐに声をかけてくれ、安心して渡れた」

工藤さんは「長年、街を歩いていてもいつも不安と緊張感を感じています。たすきをつけ、自然に声をかけてもらうことでその緊張感が減りました。1人でも多くの視覚障害者にたすきが届くことを願っています」と話しています。


<取り組みに共感広がる>
多くの人にどうやって届けるか。
視覚障害者は全国で30万人とされますが、1人でも多くの人に「たすき」を使ってもらおうと、鈴木さんと神部さんは、インターネットを活用して資金を集めるクラウドファンディングを始めました。

shi180611.10.jpg「Readyfor」のホームページより

寄付した人たちからは、「声かけ、迷いますよね。知り合いならともかく、ひょっとして迷惑かも、なんて思っているうちに結局見てるだけ。そんな気持ちにさよならできそう」
「黄色いたすきが、人と人とを結びつける糸となって、広がってほしい」などの声が寄せられています。

ホーム転落事故を防ごうという取り組みに共感の声が広がり、目標の100万円を達成しました。(募集は6月25日まで)

まずは700本を作って7月に配布することを目指していて、全国の視覚障害者に使ってもらう予定です。


<悲しい事故をなくすために>
工藤さんと一緒に歩いてみると「たすき」をつけていないときでもかばんのファスナーが開いているのに気づいて、「物が落ちますよ」と声をかける人、喫茶店に入ると席まで案内する人もいました。「たすき」がなくても、声をかける人は増えていると感じました。
でも、いつも誰かが気づいて声をかけるとはかぎりません。誰もが安心して歩ける社会へ。40グラムの「たすき」が助けが必要なときに声をかけ、幸せを届ける、人と人をつなぐきっかけになってほしいと感じました。

投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:14時00分

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