2018年02月05日 (月)記念貨幣 その奥深い世界


※2018年1月17日にNHK News Up に掲載されました。

先日、こんなニュースがありました。「小笠原諸島の日本返還50年を記念して、記念貨幣が発行される」ー戦後、アメリカ軍の占領下に置かれ、多くの住民が20年余りにわたって帰れなくなった島。記念貨幣には、小笠原を象徴する景観や、鳥や花の鮮やかな姿がカラーで描かれることになったそうです。なかなか魅力的なこの貨幣、原稿をさらにたどると、額面は1000円で、販売価格は9000円。…あれ?9000円?お金の価値は1000円だけれども、買うのに必要なのは9倍?どういうこと?その謎を探ると、奥深い記念貨幣の世界が見えてきました。

ネットワーク報道部記者 戸田有紀 後藤岳彦 玉木香代子

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<起源は東京オリンピック>
記念貨幣にまつわるさまざまな疑問を、大阪にある造幣局に投げかけてみました
「桜の通り抜け」で有名ですよね。

そもそも、記念貨幣とはどういうものなのか。「国民がこぞってお祝いし、記念するのにふさわしい事柄だとして、国が特別に発行する貨幣」だそうです。最初に発行されたのは50年余り前。昭和39年の東京オリンピックでした。表は、日本の象徴としての富士山に国花の桜をあしらい、裏にはオリンピックのマークが入りました。その後も、天皇陛下のご即位や皇太子殿下のご成婚、それに新幹線開業50年といった国家的プロジェクトにまつわるものなど、これまでに170種類が発行されてきました。
<「販売価格9倍」の謎>
それでは、新たに発行される記念貨幣は、どうして販売価格が額面の9倍にもなるのでしょうか。造幣局は、「製造する際に額面以上の費用がかかるから」と説明しています。さらにその理由として、2つを挙げています。


<理由1 材料費>
1つは、材料費が高いことです。発行される貨幣は純銀。直径4センチで重さは31グラム余りです。造幣局によりますと、最近は金や銀が高くなっていて、銀の価格は現在1グラム70円。額面は1000円ですが、素材だけで2000円を超えるそうです。製造に額面以上の費用がかかるこうした貨幣は「プレミアム貨幣」と呼ばれます。

最初の例は、長野オリンピックを記念して平成9年に発行されたものでした。日本代表が悲願の金メダルを獲得した「スキー・ジャンプ」のデザインが施された額面1万円の金貨幣で、販売価格は3万8000円になったそうです。

kine180117.2.jpg長野五輪記念の金貨幣


<理由2 偽造防止の技術>
もう1つの理由は、偽造を防ぐ高度な技術が使われることです。今回の貨幣では、肉眼では見えないほどの細かな凹凸を表面に施し、手触りを微妙に変えるということです。最先端の加工技術を結集させるため、額面を超える費用がかかるそうです。

こうした偽造防止の技術、ほかにもいろいろあるんですね。平成26年に発行された新幹線開業50年記念の銀貨幣。0系新幹線の図柄には、傾けると虹色に輝いて見える、その名も「虹色発色技術」が使われています。額面1000円で、販売価格は8300円になったそうです。

kine180117.3.jpg新幹線開業50年記念の銀貨幣
地方自治法施行60年を記念した貨幣の中には、中央部分と周辺で、違う素材を使い分けたものもあります。また、側面に「異形斜めギザ」と呼ばれる、幅や角度が微妙に異なるギザギザを入れる技術もあります。

kine180117.4.jpg「異形斜めギザ」が入っています


<人気集める貨幣も>
こうした記念貨幣、金融機関で手に入るものもありますが、特別にパッケージされたものや、金や銀でできたものは事前に造幣局に申し込む必要があり、希望者が多いと抽選になります。人気を集め、これまでで倍率が最も高くなったのは、長野オリンピックを記念して平成10年に発行されたスピードスケートをデザインした金貨幣(額面1万円・販売価格3万8737円)で、倍率は57.45倍にのぼったそうです。


<実際の“価値”は?>
こうした貨幣は、さらに高値で取り引きされることもあるのかと思い、造幣局の担当者に尋ねてみると、「市場価格については分かりません」との答えが。

そこで、古銭やコインなどを扱う「貨幣商」の方に聞きました。

「取り引き価格は、題材そのものの人気や、図柄のよさ、それに素材の相場などで大きく変わります」

こう話すのは、全国の業者で作る「日本貨幣商協同組合」の理事長で、みずからも前橋市で50年以上、貨幣商を営む関口寧さんです。

例えば、リオデジャネイロから東京へ、オリンピックが引き継がれることを記念して、おととし発行された記念貨幣。額面が1000円、販売価格は9500円、発行枚数は5万枚でした。ところが、国民的な大イベントを題材とした純銀のカラーコインで人気が高く、倍率は15倍を超え、今では4万円を超える価格で取り引きされているそうです。

一方、記念貨幣の“元祖”、昭和39年に発行された前の東京オリンピックの記念貨幣は、額面1000円の銀貨幣で、一時は2万円前後で取り引きされましたが、発行枚数が1500万枚と多かったこともあって、今では2000円台で取り引きされているということです。「古ければ価値が高い」というわけではないようです。

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<強く希望する人も>
関口さんによりますと、記念貨幣は一般の人も親しみやすく、手にしたことがきっかけで、江戸時代以前の古銭や外国の貨幣などに興味を持ち、本格的なコレクターになる人も少なくないということです。また、購入を希望する人の中には、発行時に抽選で外れてしまった人もいるそうです。「自分のふるさとの絵柄がデザインされている」とか、「思い出深いイベントを記念するものだった」とか、それぞれに思い入れがあり、「どうしても手に入れたい」と強く希望する人も多いということです。


<収集家の楽しみは?>
それでは、収集家の皆さんは、どのように楽しんでいるのでしょうか。

神奈川県厚木市の関 庄治さん(79)は、記念貨幣を集めて50年近くになります。かつて農協に勤めていた関さん。居酒屋や酒屋などのお店の人が預けに来た売上金の中に記念貨幣が混じっていることがあり、関心を持ったそうです。

これまでに集めたのは、昭和39年の東京オリンピックのほか、昭和天皇の在位50年、新幹線開業50年、各地で開かれたさまざまな博覧会を記念したものなど多数で、枚数は本人も数え切れないということです。表と裏にそれぞれ魅力的なデザインが施されていることが多く、関さんは、一度に両面を見られるよう、2枚ずつ集めることが多いそうです。手に入れた貨幣は、色が変わらないよう専用のケースに入れて、大切に保管しています。

kine180117.6.jpg関 庄治さん


<全都道府県制覇!>
中でも収集に力を入れたのが、地方自治法の施行60年を記念して、平成20年からおととしにかけて発行された記念貨幣です。47都道府県ごとにデザインが異なります。金融機関や知り合いの収集家、それにインターネットなどを通じてすべての都道府県分をこつこつと集めました。額面は500円で発行枚数も多いのですが、なかなか手に入らない地域のものは800円で購入したそうです。関さんは、集めた貨幣を展示するため専用の日本地図を作り、宮城県は「仙台七夕まつり」、東京都は「東京駅丸の内駅舎」などとデザインの説明を添えて、額縁に入れて保管しています。家族からはこれまで、「そんなに集めてどうするの?パチンコに使ったほうがまし」などと言われたこともありましたが、すべての都道府県を集めたことで周りから認められるようになり、家族の理解も得られるようになったそうです。


<「生きた証し」>
何がそこまで夢中にさせるのでしょうか。関さんにとって記念貨幣は「生きてきた証し」だそうです。

「記念貨幣を見ていると、あの時代にあんなことがあったなと振り返ることができる。集めること自体もまた、足跡になっている」

長い時間をかけて集めてきた貨幣は、額面の価値だけではない宝物になっているようです。この関さんが「ぜひ手に入れたい!」と意気込むのは、やはり、2年後に迫った東京オリンピックの記念貨幣です。「どれほどの倍率になるか分かりませんが、大切な『思い出』が1つずつ増えるよう、収集を続けたい」と話しています。


<今後の発行は>
造幣局に尋ねてみると、2020年の東京オリンピック・パラリンピックについては、30種類程度の記念貨幣を発行することが決まっているそうです。このほか、ことしの「明治維新から150年」や、来年、日本で開催されるラグビーワールドカップについても検討されているということです。

多くの人の心に残る、大切な場面に発行される記念貨幣。小さな硬貨には、高い技術を伴ったデザインだけでなく、手にする人、1人ひとりの歴史や思いも刻まれているようです。これからどんな記念貨幣が発行され、どんな思い出が刻まれていくのか、楽しみです。

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投稿者:戸田 有紀 | 投稿時間:17時05分

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