2017年12月26日 (火)謎の観音像 みんなで突き止めた!


※2017年12月8日にNHK News Up に掲載されました。

謎めいた巨大観音像はいつ、どこに建てられたものだったのか? 手がかりはたった1枚の古びた写真。ツイッターでの投稿をきっかけに始まったネットユーザーたちの推理がついに真実にたどりつきました!

ネットワーク報道部記者 吉永なつみ

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<発端は1枚の写真>
インターネットサイトの管理人をしている「つるま」さんは、今月1日、ツイッターに1枚の古びた写真を投稿しました。

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近畿地方のお寺に残されていたというこの写真には、10メートルを超えるであろう巨大な観音像をバックに、集まった大勢の人たちが写り込んでいます。

「これだけ大きな観音像なのに日本のどこにあったものか全くわからない」
「つるま」さんが撮影された場所や年代について情報提供を呼びかけると、ネットユーザーたちが知恵をしぼって推理したツイートが続々と寄せられました。


<名推理が次々と…>
ある人は、観音像の風貌から「ある仏師の作風に似ている」と投稿しました。

また、ある人は、写り込んでいたお坊さんの袈裟(けさ)の形から「昭和初期の禅寺ではないか」と推理しました。

naz171208.4.jpgさらには、被写体の大きさとの対比で観音像の高さを推測したり、背後に写った木々の植生から場所の特定につなげようとしたりする人もいました。

この歴史ミステリーに興味を持った人たちが次々と自説を披露し、議論が繰り返されるうち次第に推理の網は狭まっていきました。

その結果、観音像の造りや台座の特徴などから、埼玉県・秩父の観音像と何らかの関わりがあると見られることがわかりました。


<ついにわかった観音像の正体>
そして、今月5日、「つるま」さんは、ある書き込みにあった「観音の霊験」という専門書に目をとめます。

naz171208.5.jpg国立国会図書館 デジタルコレクション「観音の霊験」より
この文献の中には、秩父の観音像を作った人物と同門の仏師が、“九州・青ヶ島”、いまの長崎県松浦市の青島に滞在していたという記述があったのです。

naz171208.6.jpg青島は、長崎県北部の松浦からフェリーで20分、伊万里湾と玄界灘の境に浮かぶ人口200余りの小さな島です。

naz171208.7.jpg翌日、「つるま」さんが地元の関係者に問い合わせてみると、とんとん拍子に解明が進みました。

謎の観音像は昭和9年に青島に建立された「護国観世音」という像で、写真は、その完成を祝って島の人が総出で記念撮影したときのものだったことがわかったのです。

naz171208.8.jpg松浦市の担当者が写真を持って島に渡り年配の人たちに見せたところ、懐かしがって見入る人もいたということです。


<ネットの“力”を再認識>
最初の投稿からわずか5日後にミステリーが解明されたことに、ネット上では「こういうのあるからツイッターって面白いんだよな」とか、「観音様に関する謎解きだけに『3人寄れば文殊の知恵』だわ」という声、さらには「集合知の勝利だ」などといった喝采の声が相次いでいます。


<さらに“新発見”も>
由来が明らかになったこの観音像、実は昭和60年に台風の被害で壊れ、その後、新しい像に建て替えられたとのこと。

実物の像はもう見ることはできませんが、今回の謎解きをきっかけに、島の人が大切に保管してきた貴重な写真がもう1枚、見つかりました。

naz171208.9.jpgそこには、2体の立像を従えた観音様の全身像が写っていました。

「つるま」さんは、「ネットを通じて多くの人の知識を結集し、たどりつくことができました。観音像をこの目で見たかったという残念な思いもありますが、人口200余りの小さな島とつながるとは想像もしていなかったので、このご縁に感謝したいです」と話しています。

投稿者:吉永なつみ | 投稿時間:16時38分

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