2012年03月11日 (日)"3.11"~ 大震災、ツイッター、NHK~


“3.11”。あの日、皆さんは、どこで何をしていましたか?
そして、1年がたった、ことしの“3.11”。どこで何を想っていますか?

あの日、かけがえのない、多くの「人々」「住まい」「風景」が失われました。
これまでに経験したことのない「複合大災害」でした。

必要な情報を必要な人に届けるために何をすべきなのか。
生活情報部では、震災発生直後から、一つの「試行錯誤」を続けてきました。
それは、従来の災害報道とは違う新しいかたちの災害情報発信。
新しいネットツール「ツイッター」の活用でした。

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【ツイッター開始1週間後に起きた大震災】
去年3月4日。生活情報部は、NHK公式ツイッターアカウント(@nhk_seikatsu)の運用を始めました。当初の目的は、高齢者福祉など、生活情報部の取材分野に関する情報発信。認知症関連番組の告知などをしていきました。
しかし、開始から僅か1週間後。あの未曽有の大災害が起きたのです。
次々に飛び込んでくる情報。情報発信ツールの一つであるツイッター公式アカウントを、災害情報の発信に活かせないか? 生活情報部では、その日のうちから、震災関連情報のツイートを開始しました。「この緊急事態に、自分にできることは何か。あらゆるツールで情報を届けなければ・・・」。立ち上げの段階から生活情報部ツイッターの運用に携わっていた者として、そのとき、強く感じました。

【災害報道の新たなトライアル】
放送局は、当然ながらテレビ・ラジオ放送を軸にしています。災害報道も同じです。午後2時46分に緊急地震速報を伝えたあと、午後2時48分には、すべての放送波8波を地震報道に切り替えていました。その後も、放送では、大津波警報発令、太平洋沿岸への津波到達と、刻々と変わる状況を伝えていきました。
一方、NHKでは、震災前からインターネットでの情報発信にも力を入れていました。公式HPでの番組情報やニュースの掲載…。それに加えて、当時、力を入れ始めていたのが「ツイッター」でした。急速に利用者が拡大していたこの最新ツールを、情報発信やコミュニケーションに活用しようというのがねらいでした。NHKのさまざまな部局や番組が、ツイッター運用に本格的に取り組み始めていたとき、あの震災が起きたのです。
3月11日夕方までに東北から関東にかけての各地に巨大津波が襲来。しかし、被災地からの連絡手段途絶もあって、詳しい被害状況はなかなか判明しませんでした。一方、冷却機能が失われた東電福島第一原発では深刻な事態が進みつつありました。加えて、首都圏では交通網がストップして大量の帰宅困難者による混乱が起きようとしていました。
まさに、これまでに経験したことのない「巨大複合災害」でした。
生活情報部ツイッターでの発信量が一気に増えていったのは、日付が12日に変わるころからでした。しだいに明らかになっていく被害状況のツイートに加えて、被災した人たちへの呼びかけに力を入れました。

0311e1.jpgその後も、連日24時間態勢で発信を続けました。
発信内容は、大きく分けて「孤立・救援情報」「避難情報」「ライフライン情報」「余震・注意呼びかけ」「首都圏の被災状況・停電関連情報」「会見などのリアルタイムツイート」「NHKの各種情報へのリンク」など。多い日には、1日当たり200ツイートを超えました。

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そして、震災前200ほどだったフォロワー数は、毎日ほぼ1万前後増えていき、1週間後には8万近くに達しました。ツイッターを見ている方々の情報ニーズが高いことを、パソコン画面を通じて強く感じました。
私は、放送向けの取材と並行してツイート作業をしていましたが、「これは途中でやめるわけにはいかない」と意を決しました。今ではフォロワーは11万を超えています。
ツイッターの特徴は双方向性です。フォロワーの方からさまざまなリプライを頂きました。なかでも多かったのは、震災報道への要望や意見です。「被災地に必要な、細かい生活情報をもっと出してほしい」。そういった声はメモにまとめ、上司に伝えました。
同時に励ましの声も多く頂きました。こうしたネット上でのやりとり。パソコン画面を通してですが、心に響きました。放送は基本的に一方通行でも、ネットは違います。これまでに無かった震災報道のかたち。私のそばにいた上司がつぶやいた一言がそれを象徴しています。
『革命が起きている』。
震災発生直後、ネット上では、さまざまな立場の人々、企業、専門家が「何かできることはないか」と行動を開始していました。増え続ける膨大な情報を整理してまとめたり、早くも被災地支援のために動き出したり…。震災に関するさまざまなサイトが次々に生まれました。震災関連ツイートのハッシュタグを統一しようという動きが出て、私もそれにならいました。NHK放送センターの片隅でネット空間に向き合っているなかで、これまでに経験したことのないムーブメントを目の当たりにしました。

【ほかのアカウントとの連携】
ところで、今回の震災にあたって、NHKでは生活情報部以外のツイッターアカウントでも情報発信を始めていました。
NHK公式アカウントで最もフォロワー数が多かったのは「広報局」(@NHK_PR)。担当職員(=NHK_PR氏)は、地震発生の際、放送センター高層階の14階にいました。緊急地震速報が流れるとすぐさまツイート。高いビルなのでかなり揺れたようですが、そのなかでパソコンにしがみつくようにツイートしたそうです。その後も、NHK_PR氏は、被害状況や注意呼びかけを次々と発信しました。

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もともと、ユルい内容で内外から注目を集めていたNHK_PR氏ですが、通常の担当業務は「広報」。しかし、大地震、そしてその次に出された大津波警報に「ただごとでない」と感じ、震災関連のツイートを始めていったといいます。
「セクションは関係ない。NHKの一員として、自分ができることしようと思った。テレビ、ラジオを見ていない人でも、このツイートをタイムラインで見ている人がいるかもしれないと思った」。NHK_PR氏は、私に語ってくれました。
そして、よく知られた話ですが、地震発生直後、広島の中学生がネット中継サービスを使ってNHKの放送を映し出していた件について、NHK_PR氏は以下のツイートをしています。

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その後、NHKとして、公式にネット中継サイトでの同時配信を始めることになったのは、皆さんご存じのとおりです。
このNHK_PR以外にも、「科学文化部(@nhk_kabun)」、「堀潤アナウンサー(@nhk_horijun)」も、それぞれのアカウントで震災関連情報を次々と出していきました。
まもなく、この4つのアカウントは、しだいに緩やかに連携していくようになりました。NHK_PR氏は放送センターの14階、かぶん氏は2階、堀アナは地下1階、私は1階。作業していた場所はバラバラでしたが、時々、様子を見に行っては、声を掛け合っていました。そして、手が回らないときは自然に役割分担をするようになっていきました。ソーシャルメディアを使った災害情報の発信というこれまでにない作業。それぞれが考え、ときに連携しながら、試行錯誤を続けました。

【“災害時の情報伝達”】
その後、私は、ツイッター運用を続けながら、東北や関東の被災地に取材に入りました。ツイッター担当者としての経験もあって、意識して取材したのは、「災害時の情報伝達のあり方」です。地震直後、通信手段がことごとく機能不全に陥るなか、かろうじてツイッターで情報発信ができた自治体。孤立するなか、情報を待ちわびていた被災者…。そうした取材を通じて、「災害時のきめ細やかな情報伝達」や「多様な情報メディア活用」の重要性を、一段と強く感じました。
ツイッターを使った新しいかたちの災害報道。今回の震災では、急きょ対応したため、トライアルを繰り返しながらの運用になりました。あまりに膨大な情報を前に、発信できる数には限界があり、「もっときめ細かな情報発信が必要だったのではないか」との反省もあります。また、情報を受け取れる環境にいた人は限られていたかも知れません。そして、今回は比較的健全だったツイッターのインフラですが、次の大災害時も同じとは限りません。
ただ、「命を守る」ための災害報道に向けて、“可能な限りの情報伝達ツールを駆使する”ことが大切なのは明らかです。NHKでは、ツイッターをはじめとするネットツールを、今後の災害報道でも活用しようと準備を進めています。
1万9000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災。大災害が起きた際、一人でも多くの命を救うために、どのような情報伝達が必要なのか。日々考え続けていくことが報道に携わる者としての使命だと感じています。

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投稿者:山下和彦 | 投稿時間:10時50分

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