2012年03月12日 (月)匠の技とハイテク ・字幕放送(1)


世の中に「匠の技」と呼べるものは数多くあると思いますが、放送の世界でも、非常に高い技術が要求される仕事があります。
私個人の印象で「これはすごい」と思う仕事の一つが、「字幕放送」で文字を入力する「技」です。

詳しいお話の前に、まず、字幕放送って何でしょうか?

よく間違えられるのは、テレビの画面上に出てくる「ニュースや番組のタイトル」「ニュースの内容を要約して補足説明する文字群」ですが、字幕放送は、こうしたものではありません。
アナウンサーや出演者の話している内容=「話しことば」=を、主に耳の不自由な方に理解していただけるよう、逐次、全部文字にして出していくものです。
字幕放送は、聴覚障害の方々のほかにも、病院などの公共施設、そして、災害の際の避難施設など、テレビの音を常時出しにくいところでも利用が拡大し、重要さを増しているとされています。

spe8.jpg

字幕の文字は通常は画面に表示されていませんが、テレビのリモコンにある「字幕」というボタンを押すと、見ることができます。ニュース番組は録画ではなく生放送ですので、報道の世界で「字幕放送」と言えば、それは放送中にどんどん文字を入力して出していく「生字幕放送」「リアルタイム字幕放送」です(ドラマやドキュメンタリーのように事前に収録する番組では、字幕放送の文字は事前に入れるのが普通です)。

NHKニュースの字幕放送の文字入力は、今年度は東京都内にある企業「スピードワープロ研究所」にお願いしています。今年度は「おはよう日本」「正午ニュース」「ニュース7」「ニュースウオッチ9」をはじめ、1週間当たりで22時間余りのニュース字幕放送を行っていますが、ニュースの生字幕入力の場合は、すべてこちらの会社にお願いしています。
(NHK以外の複数の民放も、こちらの会社に字幕業務をお願いしているようです)

「匠の技」とは、このスピードワープロ研究所の文字入力の速さと正確さです。
会社の資料によりますと、「1秒間に5つの文字を入力する」ことをうたっています。その第一の秘けつは、キーボードです。通常のものと、どこが違うか分かりますか?

spw45.jpg「文字キー」が10個しかありません。この10個の文字キーと周辺のキーを複数の指で同時に押し、ピアノで和音を出すように、一度のキー操作で 「おります」とか「おりません」など、慣用句などを出していくのです。もちろん、どのようなキー操作で慣用句を出すのか、膨大な事例が教本にまとめられ、それを体得しなければいけません。
文字を入力する方々=「ステノキャプショナー」が一人前になるには、3年はかかるそうです。
また、 単にキー操作を覚えればいいのではありません。ニュースの放送では、専門用語や人名などの固有名詞が頻繁に出てきます。音声を聞いて、瞬時に適確に文字にする必要があります。そのために、新聞記事の転記や国語辞典の書き取りテストなど、国語力を高める教育にも取り組んでいるそうです。

「えー、 そんなに大変な仕事なら、私は無理」と思う方もいるかと思いますが、今、200人が専門の訓練を受けている最中で、ほとんどが20代から30代の女性だそうです。「将来にわたって続けられる専門の仕事に就きたい」という理由で、大企業などに勤めながら研修を受けている人も多いそうです。

実際の仕事を見てみましょう。

spw1.jpg1人が入力して1人が校正するペアの形式をとっています。画像では1組しか見えませんが、実際は、このペアが放送内容によって何組も作られています。放送前には、おおよそのニュースの内容がNHKから伝えられます。ただ、もちろん生放送ですから、事前の情報から変わったり、一部が削られたりして、元の情報のまま出るということはほとんどありません。すべて聞き取ってから出していくことになります。

そして、放送本番。
実は、この放送本番の作業を横で見ていても、ほとんど、どんな手順で文字が出ているかは分かりません。それほど、高速な入力です。最大の驚きは、1つの文章を別のペアが重複するようにどんどん打っていって、入力するペアが瞬く間に切り替わっていくことです。ほぼ、文節単位の5秒から10秒程度で、AというペアからBという別のペアに入力担当が切り替わるのです。ですので、1分ぐらいのニュースが放送される間、1組のペアが文字を打ち続けるのではなく、複数のペアが、何度も何度も入れ替わり立ち替わり重なるようにして字幕にしていくのです。それが放送画面ではスムーズに乱れもなく表示されることが、「不思議」と言うと語弊がありますが、速さと正確さの第二の秘けつではないかと感じています。(下の画像は最初の入力画面で、このあと素早く校正されます)

spw2.jpgところで、字幕放送でよくある問い合わせ・苦情の一つが「画面でアナウンサーが話した内容が文字で表示されるまで、時間がかかりすぎる。もう少し早くならないのか」というものです。確かに、画面上では7、8秒から10秒程度、実際に話した時間より遅れて文字が出てきます。実際、スピードワープロ研究所の作業では話した直後に入力していきますが、入力された文字データを受け取ったNHKの側では、一定のペースで出していく決まりもあり、少し遅れて表示されてしまうことになります。

ただ、この文字表示の遅れを何とかしようと、スピードワープロ研究所の柴田邦博社長が特殊な機械を考案しました。柴田社長は、先ほどご紹介した特殊なキーボードをはじめ、新しい物を発明する専門家でもあります(下の画像が柴田社長です)。

spw4.jpg開発中の機械をテレビに接続すれば、放送中の映像のほうを何秒か遅らせて出すことで、もともと少し遅れる字幕放送の文字とぴったり表示のタイミングが合い、特に聴覚障害者の方にとって字幕放送が利用しやすくなるのではないかということです。また、この機械は、字幕放送の文字だけを取り出して収録し(「録画機」ではなく「録字機」という名称になるそうです)、あとで字幕の文字だけを見ることで、放送を見逃した聴覚障害者の方が内容を確認できることも特徴の一つだそうです(市販は5月以降を検討しているそうです)。

冒頭にも触れましたが、字幕放送は、聴覚障害者の利便だけでなく、今では、空港や病院などの公共的な施設、それに、電車の中での携帯ワンセグなど、「テレビは見たいけど、音が出せない」というところなどで、用途が拡大しています。
その意味で、放送の「ユニバーサル・サービス」としての役割も非常に重要になってきています。
NHKをはじめ、各放送局も、字幕放送の時間を年々増やしていますが、その舞台裏では、ご紹介したようなさまざまな取り組みが続けられています。

今回は、外部の会社、スピードワープロ研究所の取り組みについてお伝えしましたが、NHKでも、今月、最新技術を導入して、新たな独自の取り組みを始める予定です。NHK側の最新動向についても、日を改めて、このブログでお伝えしようと考えています。

(*3/15追記・NHKの取り組みについての記事はこのあと3月15日に掲載しました)

投稿者:菅原史剛 | 投稿時間:06時00分

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