2019年08月30日 (金)免許返納 決断の時期は?


※2019年6月5日にNHK News Up に掲載されました。

東京・池袋、大阪、福岡。
高齢者が運転する車による悲惨な交通事故が相次いでいます。

福岡市の事故では、猛スピードで逆走して交差点に突っ込んだ車を運転していた80代の男性が先月、運転免許の返納を知人に相談していたことが分かりました。

75歳以上のドライバーが起こした交通死亡事故は去年、全国で460件。警察庁は高齢者に運転免許証の積極的な自主返納を呼びかけていますが、返納に踏み切れない人は少なくありません。

ネットワーク報道部記者  管野彰彦・ 飯田耕太

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<返納の“義務化”の声も>

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相次ぐ高齢者による悲惨な事故を受けてツイッターでは、免許証の返納を巡る投稿が多く見られます。

「免許返納を義務化した方がいい」「もはや免許制度の『定年制』も議論する必要があるかもしれない」という声も上がっています。

一方で、「車がないと移動がままならない」「自分が一歩も外に出られなくなる恐怖を考えたら返納なんてできない」という切実な声も見られます。

<返納者の割合は5%>

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警察庁によりますと、運転免許証を持っている高齢者は年々増加していて、去年は、75歳以上で免許証を持っている人がこれまでで最も多いおよそ564万人となりました。

これに対して、免許証を自主的に返納した75歳以上の人は29万人余りと、自主返納の制度が始まった平成10年以降で最も多くなったものの、免許証を持っている人に占める返納した人の割合は、5%余りにとどまっています。

menkyo190605.4.jpgなぜ、免許証の返納に踏み切れないのか。
警察庁が平成27年度に行ったアンケート調査によりますと75歳以上で免許の更新時に運転を継続した人に「自主返納をためらう理由」を聞いたところ、「車がないと生活が不便なこと」が68.5%と最も多くを占めました。

車社会で運転をやめると生活が不便になるという不安が免許証の返納を思いとどまらせているようです。

<返納でバスもラーメンも割引>
高齢者に免許証の返納を促そうと、自治体などではタクシーの利用券を配布したりバス運賃を割り引きするといったさまざまなサービスも取り入れられています。

このうち、鳥取県米子市では、去年4月から免許を自主返納した70歳以上の高齢者を対象に路線バスの定期券代を大幅に割り引きするサービスを実施しています。
返納から1年以内で購入回数は2回が限度ですが、通常2万5700円する半年分の定期券が1000円で購入することができ、鳥取県内で運行する2つの会社の路線バスを一部を除いて利用することができます。

menkyo190605.5.jpgまた、栃木県矢板市では、免許証を返納した65歳以上を対象に75歳まで市営バスを無料で利用できるパスを発行しています。
矢板市ではこれとは別に75歳以上の人が無料でバスを利用できる制度があるため、2つをあわせると生涯無料で利用できるようになるということです。

一方、ちょっと変わったサービスもあります。新潟市に本店を置く「新潟信用金庫」では、去年6月から免許証の返納をした高齢者を対象に定期預金の金利を引き上げています。

対象は65歳以上で、1年物の金利が通常の0.01%から0.2%に引き上げられます。金額は10万円から300万円までで、申し込みの総額が5億円に達するまで受け付けているということです。

このほか、福島県に本社があるラーメンチェーンの「幸楽苑ホールディングス」ではことし3月から、福島県内の57店舗を対象に麺類の価格を50円割り引くサービスを実施しています。

<家族の“運転卒業式”>
しかし、高齢者が納得した上で免許証を返納してもらうのはなかなか難しいようです。

ネットでも「うちのおじいちゃんはまだ元気だけど、早急に免許返納するようにお願いしている」とか、「免許を返納させたいが、いい説得方法と理由を誰か教えてください」など高齢者に返納をどのように働きかければよいかを尋ねる投稿も見られました。

menkyo190605.6.jpgこうした中で、ことし2月に東日本高速道路がホームページで公開した「父と母の卒業旅行」というタイトルの動画が話題となっています。

およそ4分の動画には、実際に免許証の返納を決めた都内に住む78歳の男性が出演。

menkyo190605.7.jpg「いつかアクセルとブレーキを踏み間違えるのでは」とか「いっしょに乗っていてドキっとした」などと家族とともに免許証の返納について話し合うシーンが再現されています。

男性はすぐには免許証の返納を受け入れませんでしたが、家族は『みんな心配している』という理由で、男性に妻との最後のドライブを提案。妻と2人で思い出の場所をめぐることになりました。
そして、ドライブの最終日には、家族がサプライズで、“運転卒業式”を開きました。
子どもや孫から「運転お疲れさまでした」というメッセージが送られ、妻からはお礼のことばが読み上げられるという演出に、男性は涙を流して48年続けてきた運転の“引退”を受け入れました。

menkyo190605.8.jpg東日本高速道路によると、この動画は家族で話し合った上で、本人に返納を納得してもらう大切さを描くために作られたそうで、これまでに78万回以上再生されています。

menkyo190605.9.jpg担当者は「高速道路でも高齢者ドライバーによる逆走事故が後を絶たず、痛ましい事故を1件でも減らしたい思いで作りました。免許返納を家族で考えてもらうきっかけになればいいです」と話していました。

<返納の基準づくりを>
高齢者自身が納得した上で免許証を返納するにはどういったことが必要なのでしょうか?

menkyo190605.10.jpgNPO法人「高齢者安全運転支援研究会」の岩越和紀理事長(72)は「高齢者はみな免許証を返納するべきだという圧力になってはいけない」とした上で「免許証を返納しなければいけないような状況になってから急にそれを伝えても相手は反発します。ただ『危ないからダメ』という言葉も禁句です。そうではなくて、ふだんから時々、親が運転する車に乗って、安全運転ができているかを確認して、もし、急ブレーキや急発進などが多いようであれば、きちんと話し合いの場を持ち、具体的に危険性を伝えることで、返納を促していくことが重要です」と話しています。

そして、岩越さんは「ブレーキを踏む力がどれくらいあるのか、周囲の状況を正確に把握できているのかなど、運転が安全か危険かをわける基準が今ははっきりしていない。免許更新の際の認知機能検査に加えて、国の責任で明確な基準をつくるべきで、その基準にのっとって免許証を返納するのであればみなが納得しやすいのではないでしょうか」として免許証の返納の客観的な基準をつくるよう提案しています。

<返納の「判断」みずからできるうちに>
先日、ある男性のツイートが話題になりました。

免許を返納したという80歳近い祖母に、その理由を尋ねたところ、祖母からは「判断力が残ってたから」という答えが返ってきたそうです。

また、別の女性が、無事故無違反の元タクシー運転手でありながら免許返納した78歳のおじから言われたのは、こんなことばでした。
「自信が事故につながるんだ」

免許の返納にあたっては、自信やプライドが邪魔をすることもあるかもしれません。しかし、自分の能力を見極め、引き際を冷静に考えることこそ、いま求められているのかもしれません。

投稿者:管野彰彦 | 投稿時間:17時32分

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