2014年09月24日 (水)障害者に"65歳の壁" 実態明らかに


障害のある人が65歳になると、障害福祉から介護保険のサービスに変わることで、サービスが減ったり負担額が増えたりするケースが各地で相次いでいる実態が、障害者団体の調査で明らかになりました。
「65歳の壁」とも言えるこの問題。
必要なサービスが受けられなくなってしまう突然の変化が、障害者を苦しめています。
現場を取材しました。

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【風呂は4日から3日へ】

福岡県田川市で1人暮らしをしている稲田博美さん(67歳)は、脳性まひで、生まれた時から体の自由がきかず、生活には人の手助けが欠かせません。
風呂に入るときも介助が必要ですが、以前は週4回受けられていたこのサービスが、65歳を境に3回に減ってしまいました。
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稲田さんは、「夏なんて特に、汗が出るから毎日でも入りたいですが、お金がかかります。64歳まではしてもらっていたことができなくなりました」と話していました。
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【「介護保険優先原則」が原因】

なぜこうしたことが起きるのか。
障害者は、「障害福祉制度」に基づいてサービスを受けています。
ところが65歳になるとサービスの枠組みは原則として、「介護保険制度」に切り替えられます。
これは、自助、共助、公助と言われるように、みずからできることをしたうえで、公的サービスが適用されるという国の原則に基づき、税金でまかなわれるサービスよりも、保険によるサービスのほうが優先されるためです。
しかし、介護保険に変わると、健常者と同じ扱いとなって、多くの場合サービスの量が減り、これまでのような障害に応じた手厚い支援は受けられなくなります。
このため、サービスが打ち切られたり、回数を減らさざるを得なくなったりする事態が生じます。
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【全国で打ち切り相次ぐ】

全国の障害者の作業所などで作る「きょうされん」は、ことし5月、65歳以上の会員を対象に初めて実態調査を行いました。
その結果、家事や介護などの訪問支援を受けていた289人のうち21パーセントが、「サービスを打ち切られた」と答えたということです。
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稲田さんは入浴介助のほかにも、家事を補助してもらうヘルパーに、料理をしてもらう回数が減り、食事はできあいの弁当やパンで済ませることが増えました。
このほか、主に利用するデイサービスが、障害者向けから高齢者が多い施設に変わり、障害者どうしで語らったり、悩みを打ち明け合うこともできなくなったといいます。
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【新たな費用負担まで】

問題は、必要なサービスが受けられなくなるだけではありません。
障害福祉制度では無料だった費用は、介護保険への切り替えにともない、新たに1万5000円の負担が生じました。
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稲田さんは、わずかな貯金を取り崩す生活を送っています。
稲田さんは、「いくつになっても障害者は障害者なのに、65歳を境に、それまでどおりのサービスを受けられなくなるので悲しいです。貯金も減り続け、これから先、自分がどうなるだろうと思うと、怖くて、不安です」と訴えています。
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【全国で新たな負担相次ぎ、改善を】

「きょうされん」の調査では、289人のうち86パーセントの人に、新たな負担が生じたということです。
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担当者は、「国は実態調査をしたうえで、改善すべきだ。65歳になっても障害福祉か介護保険かいずれかを選べる、もしくは両方選べる、そういう仕組みにし、どの自治体でも同じサービスを受けられるようにしてほしい」と話しています。


【国は配慮を求めるが】

国は、「介護保険優先原則」は、あくまで原則として、自治体に対しては、利用者の状況に合わせて配慮するよう通知しています。
このため、自治体が独自にサービスを補うこともありますが、内容はまちまちで、住む場所によって格差が生じている状況です。
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【田川市 現場の声を聞いて法律作るべき】

稲田さんが暮らす福岡県田川市は、障害者に対して独自にサービスを上乗せするなど柔軟な対応に努めているとしています。
そのうえで、限界も認めていて、伊藤信勝市長は、「市として独自に支援をできる体力は限られており、体力がなくなった場合には、そういったサービスすらできなくなる。それまでと同じサービスを継続することは不可能に近く、一自治体で解決できる問題ではないというのが本音だ。地方分権と言われるが、財源がないなか、制度だけがどんどん新しくなり、地方にその責任を転嫁するようなことがないよう、財源と制度をきちんと議論すべきであり、現場の声を聞いて法律を作るべきだ」と話しています。
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【厚労省 結果踏まえて対応】

厚生労働省は、「介護保険優先原則の結果、問題が起きていることは、大きな課題の1つと認識しているので、現状を把握しながら、結果を踏まえて対応していきたい」とコメントしています。
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【取材後記】

65歳で障害がなくなるわけではないのに、突然、障害のない人と同じ枠組みで扱われることは、差別に近いように思えます。
高齢化とともに体は衰え、むしろサービスを厚くするべきではないでしょうか。

「介護保険優先原則」はあくまで原則であり、自治体が配慮できるという国の態度は、責任逃れに感じます。
確かに、団体の調査結果では、訪問支援の場合、289人のうち8%は、障害福祉サービスをそのまま受け続けることができています。新たな負担はありません。
ただ、すべての自治体がこうした配慮ができるわけではありません。
配慮ができているケースは、財政力や自治体側に深い理解があったり、当事者の障害が重度だったりといった特段の事情があるからです。
また、理解があっても、田川市のように限度もあります。

国も自治体も頼りにできない障害者は、65歳を迎え、どうしているのか。
65歳まで関わっていた施設や介護ヘルパーの“ボランティア”によって生活が成り立っている現実があります。
「だって放っておけないでしょ」という関係者の言葉に頭が下がりました。

最後に、稲田さんの言葉をそのままご紹介します。
「障害者のいろんな現場、現場をね、見てほしいと思います。そこで、考えてほしいと思います、ちゃんと。国も、お金がない、お金がないと言ってますけどね、それ、わからないことないんですけどね、でも、障害者は障害者で、ちゃんと生きてるのだから、そこのところも考えてほしいと思います」。

一刻も早く、国は実態調査をし、改善すべきだと思います。
国がどう対応するのか、今後も取材を続けていきます。

投稿者:三瓶佑樹 | 投稿時間:08時00分

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