2012年12月15日 (土)もう1つの"わが家"で最期を


「余命があと1、2か月となった時、あなたはどこで最期を過ごしたいですか」。みなさんなら、この質問にどう答えますか。去年(平成23年)、市民1000人を対象に行われた意識調査では、81%の人が「自宅で過ごしたい」と答えています。しかし、実際には、去年1年間に日本人が亡くなった場所の統計をみると、自宅で看取(みと)られた人は12%にとどまります。介護できる家族がいないなどの事情から、84%は医療機関か介護施設で亡くなっているのが現状です(このうち76%が医療機関)。
こうした中、今注目され始めているのが、終末期のお年寄りが暮らす「ホームホスピス」と呼ばれる民間のケア付き共同住宅です。NPOなどが空き家を活用して運営し、自宅に近い雰囲気の中で、きめ細かい介護と医療的なケアを提供しています。現在、九州と関西の7か所ありますが、認知症のグループホームなど従来の介護施設との違いは、死期が近づいても、病院に搬送せずに、最期まで看取る点です。福岡県での取り組みを取材しました。

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【ホームホスピス「たんがくの家」】
福岡県久留米市の住宅街にあるホームホスピス「たんがくの家」です。20121213home3.jpg去年1月に開設され、2軒の住宅に14人のお年寄りが暮らしています。平均年齢は80代。いずれも重度の認知症やがん、心臓病などの持病を抱えています。多くの人が、もともとこの地域に住んでいました。20121213home4.jpg20121213home5.jpg入所者14人に対して、スタッフは、看護師や介護福祉士の資格を持つ人など合わせて28人。交代で24時間常駐し、食事やトイレ、入浴の介助や体調管理などを行って暮らしを支えています。 

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【″最期まで自分らしく″を支えたい】
開設したのは、NPO理事長の樋口千恵子さん。長年、久留米市で保健師として働いてきましたが、若い頃に2年間だけ訪問看護師としてお年寄りたちを自宅で看取った経験があります。この時、わが家で最期まで自分らしく暮らし、穏やかに亡くなっていった姿が強く印象に残り、「いずれは在宅ホスピスに関わりたい」と考えていました。

20121213home23.jpgそんな時、宮崎市の先駆的なホームホスピス、「かあさんの家」を見学する機会を得ました。核家族化が進み、介護力がないため、自宅での最期を望んでも難しくなっている中で、「これこそ、私がやりたかったことだ」と思い立ちます。そして、一念発起して定年前に退職し、たんがくの家を立ち上げたのです。

【我が家のように】
では、たんがくの家で、お年寄りたちはどのように暮らしているのでしょうか。20121213home13.jpg住人の1人、81歳の吉村貢さんは末期の肝臓がんで、最近はほぼ寝たきりの状態です。長年大阪に独身で暮らし、数年前にがんが見つかったことから、久留米市の妹の家に身を寄せました。しかし、病状が進んで介護が難しくなったため、自宅に近い暮らしを求めて、この家に移り住みました。プロのジャズ演奏家だった吉村さんの部屋には、いつもラジカセから好きなジャズ音楽が流れています。相部屋が多い病院や老人ホームでは味わえないひとときです。

20121213home12.jpgがんの進行で食欲が衰えてきた吉村さんですが、本来は食べることが大好き。取材した日は、「寿司が食べたい」ともらしたひと言をスタッフが聞きつけ、急きょ卵寿司を作って昼食に出しました。さらに、食が進むようにと好物のビールも付けられました。ただし、肝臓が悪く、飲酒を止められているため、ノンアルコールです。それでも、1口飲むと、「うまい~」と満面の笑顔でした。

20121213home14.jpg樋口さんは「どのお年寄りにも今まで暮らしてきた生活がある。たんがくの家でも、そうした生活をそのまま延長した形で、少しでも自分らしく、心穏やかに生きることができるよう支えたい」と話しています。

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【病気でも最期まで】
こうした家庭的な雰囲気は、グループホームや宅老所など一部の施設でも見られますが、最大の違いは、重い病気があって病院や施設から拒否された人でも受け入れ、最期まで看取る点です。

20121213home16.jpg93歳の姫野キミさんは重い認知症に加えて、末期の乳がんを患っています。肺にも転移し、呼吸状態が時々悪くなります。医師の診断は「余命数か月」。本人は手術などの積極的な治療を望んでいませんが、たんの吸引など医療的なケアが欠かせません。去年まで近くの市営住宅で独り暮らしをしていましたが、認知症が進んで、周囲の人に物を盗まれたと思い込む「物盗られ妄想」の症状が悪化し、近所と度々トラブルを起こして退去を求められました。長男夫婦が受け入れ先の介護施設を探しましたが、見つけられず、この家にたどり着きました。
実は、姫野さんのような、がんの高齢者の場合、介護施設からは「医療的なケアができない」として拒否される一方で、病院からも認知症を理由に敬遠されることが多いのが実情です。まさに「医療・介護難民」です。

20121213home18.jpgたんがくの家では、こうした人でも積極的に受け入れます。看護師の職員が医療的なケアに対応するとともに、近所の開業医に定期的に往診してもらっているため、がんの苦痛などを取り除く緩和ケアも可能です。開設以来、5人のお年寄りを看取りました。
姫野さんの長男の達也さん(71)は「色々な施設を回ったが、『ちょっと預かりにくい』と断られたので、ここを紹介してもらえて本当に良かった。自分たち夫婦も高齢で持病があるので、やっと安心できた。母もニコニコと笑顔でいるので、もう延命治療とかしないでいいから、穏やかに暮らして欲しい」と話しています。

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【民家が持つ″力″】
なぜ終末期のお年寄りたちが穏やかに暮らせるのか。樋口さんたちは「民家が持つ″力″も大きな要因の1つだ」と指摘します。ホームホスピスでは、施設(建物)を新たに建てるのではなく、空き家の民家を借り上げて活用します。人が長年住み、畳やふすまに生活臭が染みこんだような家には、環境の変化に弱い認知症のお年寄りでも、すぐに馴染むというのです。

20121213home7.jpg築80年の古民家を家財道具ごと借りている、たんがくの家でも、内部を改装してバリアフリーにしましたが、昔ながらの縁側やガラス戸、ふすまなど、伝統的な日本家屋の造りはそのまま残しました。樋口さんは「こういう雰囲気だと、我が家にいるかのように落ち着くみたいですよ」と話します。

【地域に開かれた″家″】
もう1つの特徴は、地域に開かれている点です。たんがくの家にはふだんから頻繁に人が訪ねて来ます。私たちの取材中にも来客がありました。20121213home8.jpg20121213home9.jpg訪れたのは慰問のボランティアではありません。入所者のお年寄りの、近所に住む友人たちです。お茶を飲んだり、一緒にサークル活動をしていた頃の写真を見たりして昔話に花を咲かせていました。大抵、施設などに入所してしまうと、交友関係は途絶えがちですが、同じ地域で暮らしているからこそ、交流が続くのです。普通の家のようなたたずまいなので、施設と違って敷居が低く、ふらっと立ち寄りやすいという面のもあるようです。

20121213home10.jpg20121213home11.jpgまた、たんがくの家ではパソコン教室を開いたり、庭の畑でとれた野菜を近所に配ったりするなど、地域との関係を大切にしています。実は、これには理由があります。樋口理事長は当初、別の地域でホームホスピスを始めようとしましたが、近所の人の反対に遭い、1度断念しました。「霊きゅう車が度々来れば、縁起が悪い」というのが理由でした。日本人は半世紀余り前まで家で死ぬのが一般的でしたが、今は逆に約8割が病院で最期を迎える時代。樋口理事長は「死が日常から遠ざけられ、多くの人が死を忌み嫌い、考えないようにしている。しかし、ホームホスピスが地元の理解を得て、地域に根ざした″家″になることができれば、人々が『人生の最期をどのように迎えたいか』を考え、看取りの文化を日常に取り戻していくきっかけになるはずだ」と話しています。

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【各地で新たに開設の動き】
ここまで読んで、利用料の自己負担を知りたいと思った方もいるでしょう。入居一時金が15万円で、1か月の負担は家賃や食費、介護の費用など、合わせて17~18万円程度です。
一方で運営側からすると、新たに施設を建てずに初期投資を抑えていますが、少数のお年寄りに対し、職員を手厚く配置しているため、採算は赤字スレスレです。民間財団やハローワークの助成金に応募し、家の改修費や人件費の一部をまかなうことで、何とか経営が成り立っているということです。民間企業の介護分野への参入が進んでいますが、ホームホスピスは純粋なビジネスとしては成り立ちにくいようです。実際、運営者はいずれも高い理念を掲げたNPOばかりです。

20121213home20.jpgそれでも今、全国各地の医療・福祉関係者から「ホームホスピスを作りたい」という声が上がっています。樋口理事長は「こうした″家″が各地域に1つあって当たり前という社会になれば素晴らしい」と話しています。
自宅ではないけれど、病院や施設とも違う、「もう1つのわが家」。2030年には、年間死亡者が40万人も増え、「多死社会」が到来すると言われる中、ホームホスピスは、人生の最期を過ごす場所の新たな選択肢となる可能性を秘めていると感じました。
次の機会には、全国の医療・福祉関係者が初めて集まって熊本市で開かれたホームホスピスの合同研修会の模様をお伝えします。

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投稿者:本木孝明 | 投稿時間:06時00分

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