2012年06月18日 (月)人生の最期を誰が決める?


高齢者の「終末期医療」について、救急センターの医師と在宅医療の医師、緩和医療の医師がそれぞれ意見を交わすシンポジウムが、今月東京都内で開かれました。医療技術の発達で、終末期を迎えた命を長期間延ばせるようになった今、医師たちもどこまで医療を積極的に行うのか戸惑っている、そんな雰囲気がにじみ出た会合でした。

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シンポジウムは、勤務医たちが中心となって結成している全国医師連盟が企画しました。

まず紹介するのは救命救急センターに勤務する女性医師です。

20120618_2.jpg彼女が勤める千葉県の病院には、「おみとり搬送」と呼ばれる搬送が増えています。「おみとり搬送」とは、みとり(看取り)の現場である特別養護老人ホームなど高齢者施設からの救急搬送です。

例えば、お年寄りが肺炎を起こし、ずいぶん苦しそうな息をしているとして搬送されてきます。救命センターは命を救うのが使命ですから、気管を挿管し人工呼吸が始まります。栄養を取れないとなると、胃に直接栄養を送る「胃ろう」を作ります。こうして延命がいったん始まると、中止をすることは病院では困難だといいます。

もちろん、本人や家族がそれを望んでいるなら問題はありません。しかし本人の意思が分からないままこうした治療が進むケースはどうなのか、彼女には葛藤があるといいます。家族に見守られながら最期を迎えたいと思っていたのに、患者の手を握ることもなく家族一同がじっとモニターを見続けている、そんな「みとり」は果たして幸せなんでしょうか、と。そして、「どのような最期を迎えたいのか、事前に意思を示して家族とも認識を共有しておいてほしい」と締めくくりました。

次に紹介するのは在宅医療を専門にしている都内の医師です。

20120618_3.jpg彼は300人の在宅患者を往診しています。在宅医療の説明を少ししますと、在宅療養支援診療所として届け出ている診療所は国内に1万2500か所程度。しかし、実際に「みとり」を行っているのは半数程度といわれています。今回の診療報酬改定で厚生労働省は、増大する医療費の削減のため「病院」から「在宅」へという大きな流れを作ろうとしていて、そういう意味でも注目を集めています。

この医師は、病院や介護施設に入れないお年寄りが増えるに従って、胃ろうや点滴などで延命をするのはもうやめようという在宅の患者・家族が増えていると、指摘しました。しかし、一方で、それを自分が認めてよいのか、たとえば、飲み込む機能が弱くなって肺炎を起こした人に、胃ろうをつけるなどの積極的な治療を行わなかったとき、訴えられる可能性もあるのではないか、そういったぎりぎりの判断を迫られていると悩みを語りました。そのうえで「治療の選択を医師だけの責任で行うのは難しい時代であり、何らかのガイドラインや法整備が必要ではないか」と訴えました。

シンポジウムでは医療費の問題を指摘する発言も出ました。どこまでが病気を治す治療で、どこからが延命なのか、医療費がひっ迫する今、延命については医療費も保険適用とするかどうか検討しなければ、不公平感が出るのではないか、という意見です。

また、団塊の世代が平均寿命を迎え、年間160万人が死亡すると見られるいわゆる「多死社会」となれば、必然的に医療の供給が足りなくなり、医療関係者が恨まれ役になるのではと懸念する声も出ました。

最期をどう迎えたいのか。その意思表示をしている人は一握りです。

会を主催した全国医師連盟の中島恒夫代表理事は、「終末期医療の現場は本人の意思表示もなく家族も決められず、死の決定のたらい回しともいえる状況だ。それを医師個人に任せるのではなく本人が決めるのが一番いい」と話していました。

20120618_5.jpg医療技術が発達し、どこまで生きるのか人為的に決められるようにもなったこの時代、私たちも最期をどう迎えるのか、そして最後をどう生きたいのか、考える必要がありそうです。

投稿者:米原達生 | 投稿時間:06時00分

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