2015年07月24日 (金)「抱え上げない」介護が新常識に


介護現場で深刻な問題となっているのが介護する人の『腰痛』です。介護職員が辞める理由としても腰痛が挙げられるなど、人材不足の要因の1つにもなっています。そうした中、今、介護の現場で腰痛を防ぐ新たな手法がじわりと浸透してきています。キーワードは「抱え上げない」介護です。
 

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【腰痛は『職業病』】
神奈川県の介護施設では、およそ70人のお年寄りが生活しています。多くのお年寄りが、ベッドから車いすに移る際に介助が必要です。そのため体を抱え上げる動作の繰り返しは、職員の腰に大きな負担となっています。食事や入浴などのため、回数は多い人で1日に30回に及ぶこともあります。

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この施設で腰痛を経験している職員は8割を超えますが、がまんして仕事を続けている人がほとんどだといいます。

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腰にコルセットをつけて介助にあたっていた職員は「腰痛が治ることはないと思う。仕事を続けていくことを考えると、未来の想像がつきません。」と話していました。

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【導入進む『ノーリフト』】
介護現場では職業病とも言える腰痛をどうすれば防げるのか。施設では腰痛対策として、「ノーリフト」と呼ばれる新たな手法を取り入れることにしました。

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ノーリフトは人の力だけで抱え上げない介護の仕方です。オーストラリアで先進的に導入され、日本でも少しずつ広がってきています。
まず1つ目のポイントは、腰痛にならないよう、体全体を使う動作の工夫です。

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足を前後に広げて腰を落とし、重心を移動させることで無理なく全身の力を使います。従来のやり方では上半身の力だけで抱え上げようとして、背中が曲がっていました。腰に大きな負担がかかり、腰痛の原因となっていました。

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2つ目のポイントは、福祉用具を積極的に活用することです。これまで食事やテレビを見る際などにしか使われなかった、電動ベッドの背もたれを起こす機能を活用します。

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滑りやすい布なども取り入れて、介助の仕方を根本的に変えます。これまではベッドの上で身体を引き上げるには、腰をかがめて大きな力をかける必要がありました。パラシュートにも使われている滑りやすい布を身体の下に敷くと、少しの力で、体を移動させることができるのです。

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この布は車椅子の姿勢を直す際にも応用出来ます。介護保険で利用することができます。
この施設では、これから半年間、研修を重ねて現場にノーリフトの手法を導入していきたいと考えています。施設の己斐聡美事務長は「体を壊して職員が辞めるのは施設としては情けない、さみしい。 なるべく健康で、苦痛なく仕事を継続してもらいたい。」と話していました。

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【在宅でも実践 『抱え上げない』】
1人で家族の介護に当たる在宅介護でも、負担の少ないノーリフトは有効です。神戸市の杉本博美さんです。 けがで寝たきりになった息子の稔さんのために自宅に専用の機械をつけて、自分で抱え上げない介護を徹底しています。

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寝たきりの場合、もっとも大変なのは、床ずれを防ぐために体の向きを頻繁に変える必要があることです。数時間おきに1日中、この動作を繰り返すのは大きな負担になります。このため、杉本さんは体の向きを変える回数自体を減らす工夫をしています。使っているのはクッションです。様々な方法を試した結果、足の裏にクッションを置いて、 面で大きくあてることで体重が一点にかからなくなり、床ずれを防げるようになりました。大きな体を、杉本さんが抱えて動かす必要もなくなったといいます。

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杉本さんは「どっちかがつらい思いをしていると、やっぱり続かない。いま本当に楽に、楽しく介護をできています。」と笑顔で話していました。

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【患者、利用者にも変化】
これまで現場で当然のように行われてきた、抱え上げる介護。 この常識を覆すノーリフトの手法は、実は介護や看護を受ける側にとっても大きなメリットがあることがわかってきました。北九州市の戸畑けんわ病院では、ノーリフトの取り組みを進めています。
福原博さん(87)は去年11月から入院しています。
nolift201506-15.jpg入院当初の福原さんの写真です。
nolift201506-16.jpgこれまでの介護や看護の常識では、手で体を抱え上げることが大切だとされてきました。しかし患者にとっては、抱え上げられる際に力を入れて身構えてしまうため、全身がこわばってしまう原因になるのです。福原さんの場合も特に腕のこわばりが強く、体を自由に動かすことはほとんどできませんでした。妻は「寝たきりの状態でもうほとんどだめだと思って諦めていた」と当時の様子を振り返っていました。
しかし入院直後から電動ベッドの起き上がりの機能を使うなど、半年あまり、無理な抱え上げを一切やめたことで、体の緊張が徐々に和らいでいったといいます。今では、わずかな手助けだけで自力で体を支えられるようになり、まっすぐ座れるまでに回復しました。福原さんはノーリフトで、体に残されていた力を再び取り戻すことができたのです。妻は「本当に皆さんのおかげでこんなに元気になるとは夢にも思っていなかった」と話していました。
nolift201506-17.jpg病院の水本桂子副総師長は「私たちが一生懸命、よいしょと起こしていた作業は患者には恐怖感でしかなかった。知識をもって動かすことで、患者に恐怖心を与えずこわばりを防げる。今まで自発性がなかった人が、しっかりと目を開けてくれる。ケアの向上というところでは大きいと感じる」と話していました。
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【取材後記】
医療や福祉の現場では『機械ではなく人の手で介護する』という考え方が長年にわたってとても大切にされてきました。ですから、この「ノーリフト」の取り組みはその常識を覆すものだけに、確かに現場の戸惑いもあるようです。また繁忙な現場の中で、ケアにかける時間が余計にかかってしまうのではないかという反発も強いといいます。
しかし、結果としてケアの質自体の向上につながるのであれば、発想を転換し、新たな手法にチャレンジするメリットは十分にあると感じました。
ノーリフトを推進している日本ノーリフト協会の保田淳子代表理事は 「手を使わないとか、なんとなく非人間的だと感じてしまうかもしれません。しかし温かみがないとか、そうした考え方を変えていく必要があります。 ノーリフトは患者、利用者に利益があり、看護師、介護職員にも腰痛予防になります。誰も損をする人がいないのです。」と取り組みの重要性を強調していました。
nolift201506-19.jpg取り組みを行っている施設や病院では、協議会を作るなどして普及させようという動きが始まっています。また、そうした施設の中には、介護職員を募集する際に、負担の少ないノーリフトを導入していることをアピールし、人材の確保につなげようというところも出てきています。
一方日本ノーリフト協会では、各地でセミナーを開いて、技術を身に付けたコーディネーターを毎年600人ずつ養成し、施設や病院だけでなく在宅介護の現場にも広めていく方針です。今後、ますます高齢化が進み、介護の需要が高まる中、こうした取り組みが全国に広がれば家庭も含めて介護を担う人のすそ野が広がる可能性があるのではないかと感じました。
 

投稿者:山本未果 | 投稿時間:06時00分

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