2012年07月04日 (水)産みたいのに産めない~海外の現状を取材して


日本の社会に広がる卵子老化による不妊の問題を取材し、先月23日にNHKスペシャル「産みたいのに産めない~卵子老化の衝撃」で放送しました。番組の発端となったのは、ことし2月にクローズアップ現代で放送した同じ表題の番組です。放送後に寄せられた視聴者の声を尊重しながら新たな番組が作られました。

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今回は女性の社会参画といういわば光の裏の部分で、加齢に伴う不妊やその治療に苦しむ人々がいることを当事者や医療機関へのアンケート調査から浮き彫りにしました。さらに、これまであまり語られることがなかった男性不妊の問題や各国が不妊の問題にどう向き合ってきたかを取材しました。

20120703_2.jpgさまざまな形で女性が社会に参画する時代になり、女性の晩婚化、晩産化が進んでいます。子どもを産む、産まないといった選択や、産む時期も人それぞれになっています。一方で、女性が限られた数の卵子を持って生まれてくることや、加齢に伴い卵子の数が減るなどしてにんよう性(妊娠のしやすさ)が低下することはあまり知られていません。さらに不妊の原因の半数近くが男性にもあるという事実は一般的にほとんど知られてなく、結果的に原因の究明や治療が遅れ治療が困難になってしまうケースもあります。今回、私はリサーチャーやディレクター、カメラマンとともに、海外の省庁や医療機関、不妊治療中のカップルなどを取材しました。そこで見えてきたのは生殖補助医療をめぐる法整備を含め、不妊の問題を直視してこなかったこの国の姿。そして年齢という不妊のリスクとなるファクターについて十分な知識がなく、本当の意味で「選択」することなく出産が遅れ、厳しい可能性の中で治療を続ける女性たちの姿でした。

まずご覧いただきたいのがこちらのグラフです。

20120703_5.jpg40歳を超えて不妊治療を受ける女性の割合の各国比較です。9年前のデータに基づき、去年、発表されたものですが、この時点ですでに日本は40歳を超えた女性の割合がおよそ3割。各国に比べ(先進8カ国を抽出)2倍から4倍の高さになっています。日本産科婦人科学会によると、40歳を超す患者の割合は2007年で31.2%、2008年で32.1%、2009年(最新)で34.4%とさらに増加傾向にあります。ちなみに体外受精をして40歳で無事出産できる可能性は全ての治療総数に対し8.1%、45歳では0.5%です。日本の不妊治療患者のうちかなりの人が低い可能性の中で治療を続けていることになります。高度な医療をもっても、一般的に患者の年齢が高ければ高いほど、体外受精の成功率は低くなると言われています。日本の不妊治療の現場が直面している厳しい現実がここに垣間見えます。

では日本と同じように女性の社会進出が進むほかの先進国では、一体不妊の問題にどう向き合っているのでしょうか。1982年に初めての体外受精に成功して以来、生殖補助医療はどうあるべきか30年にわたって議論を重ねてきたフランスのケースを取材しました。

20120703_6.jpg早めの治療を

厚生労働省によるとフランスの女性の就業率は2010年に59.9%、日本(60.1%)と似ています。この国で1年間に行われる体外受精の治療総数(周期)は6万8000件あまり。日本は人口比ではフランスの2倍ですが体外受精の数は21万3000件余り。つまりフランスの治療総数は日本のおよそ3分の1ということになります。またフランスで不妊治療を受ける女性の平均年齢は34歳、日本より3歳若くなっています。

フランス南西部に位置する第6の都市トゥールーズ。「バラ色の街」の愛称で知られるこの町を6月初旬、取材班は訪れました。トゥールーズ大学病院に着くと女性不妊診療科の責任者であるフローレンス・ルスール医師が出迎えてくれました。ルスール医師は2人の男の子を育てる母親です。ルスール医師は「フランスでは、子育ては母親だけでなく男女両方でするものだし保育環境も整っているの。この仕事はとても大変だけど、若い時期に子どもを産むこと自体全く躊躇はなかったわ」と言います。

20120703_13.jpgルスール医師に、病院の中を案内してもらいます。不妊治療棟は病棟の地下1階にあり入り口は2つに分かれています。「左側が男性不妊科、右側が女性不妊科。フランスでは男女そろって検査を受けないと治療を進めることができないの。不妊は女性特有の問題ではなく男女両方の問題なんですから」と、ルスール医師。

20120703_12.jpg周囲を見回すと確かに来ているのは全てカップルです。ルスール医師が自分の診察室へと案内してくれました。そこで見せてくださったのは、カルテ。日本で目にするカルテに比べずいぶんと分厚く見えます。よく見るとカルテは女性、カップル、男性と3つの項目に分かれています。男女両方の家族や本人の疾患や現在の生活状況、検査結果などが記されています。このカルテはあくまでも「カップルのカルテ」でカップルが解消されると、カルテも無効になるそうです。取材して驚いたのは、医師が問診する際、女性の肥満の有無や男性の喫煙の有無などを厳しくチェックしている点です。肥満や喫煙は不妊を引き起こすリスク要因の一つとされているそうで、患者が太りすぎていればまず適正な体重に戻してから、患者が喫煙者であれば禁煙してから治療を始めるそうです。

ところで、フランスでは不妊を「疾病」として扱いセキュリテソシアルと呼ばれる国の保険で治療費をまかないます。このセキュリテソシアルは基本的に全ての国民が加入しているため、収入の多少に関わらずきちんと男女両方が検査を受け、医師に治療が必要だと認められれば、申請に基づき誰でも無料で不妊治療を受けられるそうです。ただしそれには重要な条件があります。それは、治療を受ける女性の年齢です。フランスでは1994年に成立した「公衆衛生法典」という法律に基づき、保険で不妊治療が受けられるのは生殖可能な年齢までとされています。さらにこの法律の運用を定めた法令では、体外受精を受けるのは女性が43歳の誕生日前日まで、回数は人工授精が6回まで、体外受精は4回までと厳密に定められています。こうした生殖補助医療をめぐる法律や制限は、国内で初めて体外受精による出産が行われた1980年代以降、政府や医師、社会学者、宗教界の代表などが集まって議論を重ね定められたそうです。

20120703_7.jpg一方、日本には生殖補助医療について定めた法律はありません。専門家で作る学会が自主的にガイドラインを設け医療の質や安全性を担保しようとしています。日本では体外受精の費用は一定の条件のもとで一部、国などから助成されますが基本的には自己負担です。治療費は数十万円かかるため、お金を貯めてから治療に臨むという夫婦もいます。フランスでは男女そろって検査を受けることや、年齢などの制限を設ける代わりに若い時期に集中的に費用を負担し効果的に検査や治療を進めていこうというのです。

トゥールーズ大学病院など不妊治療を行う施設で行われた治療に関する情報は、全て、パリ市内にある生物医学庁へと報告されます。2004年に設立された生物医学庁には、国内にある100か所余り全ての不妊治療施設に関するデータが保管されています。医師を中心とする庁内の職員は頻繁に集まって会議を開きます。報告された情報をもとに、それぞれの施設で体外受精が適切に行われているかどうか検証するそうです。私たちが取材した日にも会合が開かれていました。職員たちがそれぞれの病院の治療実績を見ながら、法を遵守して治療が行われているかや、ほかの施設に比べ突出して治療成果が高かったり低かったりする施設がないかなど、さまざまな視点で議論が行われていました。生物医学庁の責任者であるエマニュエル・プラダボードナーブ所長はこう話します。「フランスは不妊を病気として扱います。これがまず出発点です。そしてその治療の質を確かめるのは私たち保健衛生機関(国)の仕事だと考えています。国としては子どもをつくる計画を40歳頃ではなく30歳頃にして欲しいと考えています。フランスでは皆「全てのことには適した時がある」と考えているのです。また一定の年齢以降にIVF(体外受精)をすることは、女性に途方もないリスクを負わせることになるし、あとで産まれてくる子どもの利益が推し量れないという点でも良くないと考えています」。

20120703_8.jpgイグザビエ・ルーケットさんとマリーサブリナ・オアノさん

トゥールーズ大学病院に話を戻します。病院で、私たちはイグザビエ・ルーケットさん(34歳)とマリーサブリナ・オアノさん(40歳)というカップルに出会いました。この日は体外受精の採卵のため病院に訪れていました。二人は結婚していませんが夫婦同様に生活し、子どもが欲しいと考えています。家族に対する考え方が日本と異なるフランスでは、未婚で子どもをもうけるカップルは珍しくありません。

20120703_14.jpg二人はマリーサブリナさんが34歳の時に趣味のバイクを通して知り合いました。マリーサブリナさんが36歳のとき二人は家族になることを決め、子どもが欲しいと考えるようになったそうです。しかし、なかなか子どもは授からず、2度の子宮外妊娠の末、マリーサブリナさんは38歳のときにこの病院で不妊治療を受けるようになりました。ちなみに生物医学庁の2010年の統計によると体外受精を行う患者の年齢分布は30歳未満が約17%、30歳~34歳が約32%(最多)、35歳~37歳が約21%(ここまでで7割を占めます)、38歳~39歳で約14%、40歳~42歳で約15%です。ですから治療を始めた年齢が38歳というのは、フランスではかなり遅いほうです。

20120703_15.jpg採卵から5日後、アヴェロン県ロデス市内にある二人のご自宅をたずねました。二人がまず見せてくれたのは「休業証明書」です。イグザビエさんはコンピューター関連の会社でエンジニアとして、マリーサブリナさんは市内の病院で17年間、看護師として働いています。フランスでは不妊は「疾病」として扱われるため、医師の証明書などを提出すれば男女ともに会社を休むことができます。証明書には病気の種類などは書かれておらず会社はこの紙を受理すれば法律に基づき社員を休ませなくてはならないそうです。マリーサブリナさんの場合、上司や同僚に不妊治療のことをよく話しているそうです。マリーサブリナさんが治療を受けられるのはあと2年。すでに2度体外受精を受けているため、治療回数もあと2回だけです。同僚や上司は「治療はいましかできないのだからそちらに専念して欲しい。仕事はみんなでなんとかカバーするから」と励ましてくれるそうです。二人は現在、8月に受ける3回目の体外受精に向けて体調を整備しながら暮らしています。

街で取材すると、別のフランス人女性からはこんな声も聞かれました。「確かに法律の整備はされているけど、だからといって簡単に休めるわけではないわ。大企業などはともかく小さな企業だと休みづらいケースもあるもの」。フランスでも不妊治療を取り巻く環境は整備されているものの万全とはいえないようです。それでも国民がこの問題に長年向き合い議論を重ね、法整備をし、制度を利用できるような環境作りに取り組んできた姿勢から学ぶ点はあると思います。日本も各国の取り組みなどを参考にしながらこの問題に向き合い、不妊を予防する取り組みと、早い時期から治療を始められるような仕組み作りを始めるべき時期に来ているのではないでしょうか。

投稿者:伊達裕子 | 投稿時間:06時00分

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コメント

この度の放送では、この部分に、とてもときめきました! 
テキスト化もしていただけて本当にありがとうございます。隅々まで素晴らしい制度だと思いました。日本が体外受精というツールをいかに使いこなしていないかよくわかりました。医療は技術と医療制度の両方があって初めて有効なもの。今後も不妊治療先進国の継続報道を強く期待します。この度の卵子の老化シリーズが晩婚で産もうという方や障がいのあるお子さんを出産した方の社会的バッシングにつながらないよう、どうすべきかの指針が見える方向へのパワフルな発展を期待しています。

投稿日時:2012年07月04日 09時51分 | 河合蘭

フランスが不妊治療の先進国としての取り組みを紹介しているが、不妊治療は目的ではなく、手段のはず。フランスは人口が減少するということは国力が劣化するとの基本的政策から、国を挙げて人口を増やすのを目標としている。どこぞの極東の国の様に具合悪いのに生き永らえる選挙権保有者の為に保険だ福祉だって税という搾取を繰り返す国とは根本的に違う。政治家の皆さん、そろそろ目を覚ました方がいいんじゃないですか?

投稿日時:2012年07月04日 14時21分 | 匿名

私は最近この事実(卵子の老化)を知りショックを受けています。この事実は、早急に厚労省と文科省が性教育と同じように教科書に載せるべきだと思います。
日本は戦後さまざまな形で女性が社会参画する機会が増え、その結果、女性の晩婚化、晩産化が進んでいます。そして、超少子高齢化へ、老々介護の時代へ突入しています。このまま行くと日本の将来はどうなるのでしょうか?国が社会保障と税の一体化に取り組む姿勢はいいのですが、時間は刻々と過ぎていきます。知らないことで、制度の遅れで、不妊治療の遅れ、原因の究明も遅れ、当事者達ちが泣き、医者が悔しがる姿はあまりに残酷でした。まずはNHKが、メディアが発信し続けることでしょうか。ジネラーを応援します。

投稿日時:2012年07月04日 19時04分 | クッコ

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