2020年01月28日 (火)「親の育て方が悪いのよ」苦しんできた


※2019年10月29日にNHK News Up に掲載されました。

「親の育て方が悪いのよ」。
ひきこもりの子どもを持つ70代の母親が苦しめられてきた言葉です。
しかし、その背景には親も本人でさえも気付かなかった発達障害が関係していたことが分かりました。必要なのは家族の理解でした。

ネットワーク報道部記者 管野彰彦

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oya.191029.2.jpgひきこもりの当事者や家族を支援するNPO法人「ふらっとコミュニティ」。
山口県の宇部空港から車で15分ほどの距離にありますが、お世辞にも便がいいとは言えない地方のNPOに今、全国から多くの相談が寄せられています。

oya.191029.3.jpg代表は精神科の元看護師の山根俊恵さん。
この日は30代の娘がことし初めからひきこもるようになった、60代の母親の相談を受けていました。

「娘はもともとがのんびりしているから、もうちょっと早く動くことができたら就職も結婚もできたんじゃないかと思っているんです」(母親)

ため込んできた思いをはき出すかのように話し続ける母親に対して、山根さんは心を解きほぐすように娘の幼少時代からの生活について質問を重ねていました。

母親とのやり取りで浮かび上がっていたのは、娘が外出の準備に長い時間かかるということや、物事に優先順をつけるのが苦手といった、いずれも発達障害の人にしばしば見られる特性を持っていることでした。

「私は診断をする訳ではないのですが、これまでの経験から発達障害の人、あるいは診断まではつかないグレーゾーンの人が8割ほどに上るのではないかと感じています」(山根さん)

支援の第一歩は家族理解
発達障害の人にはこだわりが強かったり、聴覚などの感覚過敏があったりする場合も多く、家族でも理解できないことがあります。

他人とのコミュニケーションがうまくできずに周囲から孤立してひきこもったという人も少なくないと山根さんは言います。

oya.191029.4.jpgそこで、NPOが力を入れているのが、家族に発達障害などのひきこもった原因の背景にある問題に目を向け、理解を深めてもらう勉強会です。

勉強会では発達障害の特性などによって引き起こされた言動に対して、親のどんな対応が原因になったのかを洗い出します。

そして、どのように対応すればよかったのかを考えていきます。

さらにそうした経験を親どうしのグループで発表して経験を共有することで、同じような状況が起きた際に、正しい対応を取ることができるようになるといいます。

「いじめなど、ひきこもるようになった直接のきっかけだけを見てしまうところが私たちにはあると思います。例えば、発達障害の特性が背景にあったとしてもなかなかそこにたどりつかない。まずはそこを理解することが次のステップにつながると考えています」(山根さん)

親の育て方が悪い?

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こうした勉強会を通じて、子どもとの関係が改善したという親がいます。48歳の息子が長年ひきこもっていたという中野さん(仮名)。
息子は中学で不登校になり、その後、断続的にひきこもりの状態が続いていました。

「学校に行くのが当たり前だというのが私の考えだったので、すごく子どもを責めましたし、強引に引っ張り出してタクシーに乗せて連れて行ったこともありました。だけどそれはマイナスなことばかりだったというのがあとになって分かりました」

中野さんを苦しめたのが周囲の言葉でした。
「親戚からは親の育て方が悪いのよみたいな感じで言われて、自分自身を責めていたこともありました」

発達障害と診断 苦しみを理解

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転機はNPOの勉強会で聞いたほかの家族の話でした。発達障害の子どもを持つ親の話を聞いていく中で、自分たちにも思い当たることがあると気付き、息子を病院で受診させることにしたのです。5年前のことでした。

診断は「広汎性発達障害」。息子は当時42歳でした。

「今までいろいろなつまずきがあったのが、原因は発達障害だったからなのだと分かって、なんだか安心しました。それで初めて子どもの苦しみを理解して寄り添うことができるようになりました」(中野さん)

息子を責めることも少なくなり、その結果、少しずつ会話も生まれ、生活に変化が出てきました。息子は今では仕事ができるようにまでなったといいます。

「本当は子どもがいちばん苦しかったのだと思います。その苦しみを理解してあげられなかったのは悪かったなと思っています」(中野さん)

人間関係でひきこもりに

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親や周囲の理解によって救われたというひきこもりの当事者にも話しを聞くことができました。38歳の西川さん(仮名)。

高校を卒業後、就職しましたが、人間関係でつまずき、およそ15年にわたってひきこもっていました。仕事や人間関係がうまくできない自分に自信を喪失していたといいます。

「うまくいかないのは自分がわがままだからダメなんだろうなみたいな感じで、誰からも必要とされることはないんだろうと思っていました」(西川さん)

母親に生まれた変化
西川さんが診断を受けたのは30歳の時。その数年後に、母親がNPOの勉強会に通うようになりました。

母親は自分に対して愛情を表に出すことが少なく、寂しいと感じていた西川さん。しかし、勉強会で発達障害について学んできたことで母親に変化が現れました。

「入院していた病院から退院することに不安を感じていたことがあったのですが、その時に母が『大丈夫だよ』と言って抱き締めてくれたことがあって、2人で泣いたんです。それが私の中では大きくて、母が変わったんじゃないかなと思えるようになったんです。それから母が私のことを考えてくれるようになったと思います」

家族と周囲の理解が自信に

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母親との信頼関係ができ始めたことで、母親が信頼を寄せていた支援者の山根さんともつながりを持てるようになりました。

徐々に社会との接点を持つことができるようになった西川さんは、現在は週に3日、作業所で働けるようになったほか、NPOの集まりにも参加できるようになりました。

そこで出会った人たちが自分を理解してくれたことで、自信を取り戻すことができたといいます。

「人と関わることができるようになり、自分はこの世に生きていてもいいという気持ちになりました。それに発達障害がわかったことで、自分がダメなんだと思うことが少なくなって前向きになれたんです」(西川さん)

発達障害は個性だ

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これまでに数多くのひきこもりの支援に当たってきた山根さん。発達障害を個性として捉えていくことがこれからの社会に求められると指摘しています。

「発達障害に対して偏見があるから、自分や家族がそうなんだということを受け入れたくないという気持ちが働くのだと思います。それを個性として認めて、その個性が発揮できる、得意な部分が発揮できる社会にしていくことが、ひきこもっている人たちが社会とつながっていくためには必要なことだと思います」

ひきこもりと発達障害について、10月30日の「クローズアップ現代+」(午後10時)で詳しくお伝えします。

ひきこもりクライシス “100万人”のサバイバル

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投稿者:管野彰彦 | 投稿時間:10時08分

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