2019年10月28日 (月)バスにベビーカーは迷惑?


※2019年7月30日にNHK News Up に掲載されました。

路線バスは、子どもをベビーカーに乗せたまま乗車することができます。そのための固定ベルトもあります。しかし、ネット上では、「ほかの乗客から『乗るな』と言われた」といった声が後を絶ちません。NHKの子育てに関する特設サイトで、記者が実際に乗車した体験を紹介したところ、賛成、反対、さまざまな意見が寄せられました。こうした状況を現場のバスの運転手はどう見ているのでしょうか。別の特設サイトで路線バスのさまざまな事情を取材してきた記者が、その本音に迫りました。

ネットワーク報道部記者 後藤岳彦

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ベビーカー利用者から多くの声
「NHK NEWSWEB」の特設サイト、「“孤育て”ひとりで悩まないで」(サイトのリンクは記事の下にあります)

先日、コラム「ベビーカーでバスに乗ってみたら…」を掲載したところ、さまざまな体験談や意見が寄せられました。

basu.190730.2.jpg「当時1歳の子をベビーカーに乗せて乗車したときの運転手の対応やお客さんに文句を言われたことで、しばらくは乗車すると針のむしろにいるようでした」

「乗車口をふさがないように、さらに人も通れるようにベビーカーを寄せていましたが、運転手から『ベビーカーの方、乗車される人の迷惑なので』と指摘されました。今では子連れではバスに乗りません」

「バス会社に電話して乗り降りを手伝ってもらえないか聞いたら、素知らぬ態度でした。それ以来、バスには乗っていません」
目立ったのは、「利用しづらい」という声でした。

中でも私(後藤)が気になったのは、運転手やバス会社の対応に関する投稿でした。

バス運転手はベビーカー利用をどう思う?
子どもの乗ったベビーカーを折り畳まずにバスに乗せるというのは、一般的な対応です。

国土交通省はキャンペーンも行って利用の促進を呼びかけています。

現場の本音は違うのでしょうか。

私は、特設サイト「路線バス」の取材を通じて知り合った何人かの運転手に話を聞いてみました。

見えてきたのは、「余裕がない」という現実でした。

まず、乗り降りのサポートについて。

basu.190730.3.jpg都内のある運転手は「手伝いたいという気持ちはありますが、運転手としての業務が多く、現実は難しいです」と話していました。

運転手の業務は、バス停に停車している間も、扉の開閉や車内アナウンス、運賃の確認など多岐にわたります。

そこで、運転手が特に気にするのがダイヤへの影響です。道路が渋滞する中、シートベルトを外して、乗り降りのサポートをすると、バス停の出発が時刻表の時間より遅れてしまう可能性があります。

交通状況に大きく左右されるバスのダイヤは、本来、「時間の目安」です。

しかし、時間に正確なことが求められる日本の社会では、運転手は常に強いプレッシャーを感じています。

basu.190730.4.jpgICカードの普及が進んだため、乗降時の支払いにかかる時間は減りましたが、一方で、ICカードのチャージに時間がかかる場合もあるといいます。

確かに、私が都内の路線バスに乗ったとき、始発から5つ目のバス停までで、10人近い人がチャージをしていて、1つのバス停で数分間にわたって停車することもありました。
さらに、最近では、バスの減便が相次いでいるため、1台あたりの乗客数が増え、乗り降りに時間がかかるという事情もあります。

混雑時に「早く降りろ」とベビーカーの利用者が文句を言われるのを見たり、乗り降りを手伝ったことで出発が遅れ、クレームを受けたりしたと打ち明ける運転手もいました。

「バスはダイヤどおりに走らなければならない」という乗客や運転手の意識が、ベビーカーを利用しづらくさせる原因の1つになっているのかもしれません。

basu.190730.5.jpgある運転手は、「通勤時間帯のベビーカー利用にはかなり困りました。ベビーカーの方には積極的にバスを使ってほしいのですが、クレームを避けるためにも特に通勤ラッシュ時間帯は避けてほしいという思いもあります」と話していました。

さらに、ダイヤが乱れると、乗務の合間がなくなり、運転手の休憩時間が削られてしまうという事情もあるようです。

もう1つの“余裕のなさ”

basu.190730.6.jpg余裕がないのは、時間だけではありません。車内のスペースも限られています。

特に、コミュニティーバスのような「地域の足」の場合、車体が小さなものも珍しくありません。

バス会社のホームページを見ると「ベビーカーをたたまずに乗車できます」と書いてありますが、一方で「ベビーカーをたたんでの乗車をお願いするときがあります」とも書かれています。

複数のバス会社に聞いたところ、通勤・通学ラッシュ時のバス車内が混雑しているときや、すでにベビーカーが2台乗車しているときなどは、たたんで乗るようお願いしているそうです。

実際、混雑時はベビーカーをたたんで乗車する人が多いそうですが、最近では、たたんでもベビーカーを乗せられないことがあるそうです。

basu.190730.7.jpgその原因は、「スマートフォン」と「リュックサック」です。バスの乗車時に限らず、わずかな空き時間にスマートフォンを見ることは多いと思います。

問題は、スマートフォンを持つ手と顔の間に、一定のスペースが必要なことです。

画面を顔から離すと、自分の体の前の空間、「パーソナルスペース」が広がってしまいます。

広い場所なら問題ありませんが、狭いバスの車内では、みんなが立ったままスマートフォンを見ると、それだけスペースの余裕がなくなるのです。

最近、ビジネス用としても人気のリュックサックも、背負ったままではスペースをとってしまいます。

「詰めればもっと乗れるのに」

そんな思いで、ベビーカーを乗せられないままバス停を通過した経験のある運転手もいました。

乗り方の周知も進まず

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〇で囲んだ部分が固定ベルト 座席の手すり付近にあります
ベビーカーに子どもを乗せたままバスに乗車する場合、どうすればいいのか、「乗り方」があまり周知されていないことも、乗りづらい原因の1つだと言えそうです。

バスの車内には、中央のあたりにベビーカーを固定するベルトがあり、そのベルトで固定するのが正しい乗り方ですが、その存在を知らないベビーカーの利用者も多いといいます。

「ベビーカーを利用できますと言っても、その周知のしかたが不十分。利用者が見やすい場所にそういった情報を掲示しているかと言われるとそうではありません」と話す運転手もいました。

ベルトのことを知らないのか、固定しないまま乗ったり、中には、あえて固定せずに乗ったりする人もいるそうですが、バスは急ブレーキをかけなければならないことがあるので、危険です。

ベビーカーがほかの乗客にぶつかってしまうおそれもあります。

バス会社は、固定ベルトをしても絶対に安全とは限らないので、利用者自身が安全の確保に努めてほしいと話しています。

“安心して乗ってほしい”という運転手も

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ここまで、ベビーカーの利用者にとっては厳しいと感じるような話が続きました。

ただ、私が取材した50代のある運転手からは、こんな話も聞くことができました。

「まもなく孫が生まれるので、ベビーカーのお母さんやお子さんを見るとどうしても姿を重ねてしまう。車内での転倒事故を起こさないよう、40キロの速度制限の道路でも20キロ、30キロの速度に下げて運転するようにしています。ベビーカーの利用者はいつも申し訳なさそうに乗って、肩身の狭い思いをして乗っているのだろうなと思います。でも自分の娘や孫のことを思うと、より安心してバスに乗ることができるようにしたい」
また、家族がベビーカーの利用をめぐって非難された経験のある運転手もいました。

ある運転手の妻は、子どもが幼かったとき、バスにベビーカーを乗せたあと、車内のベルトで固定しようとしたら、座っていた乗客に「じゃまだ」と言われた経験があるそうです。

「このことをきっかけに、ベビーカーの利用者に安心してバスに乗ってもらえる環境にしていきたいとつくづく思いました」と話していました。

さらに、「ベビーカーの利用者は子どもの外出用の荷物も持たなければならず、ほかの人より荷物が多い。もっとバスに安心して乗れるようにしないといけません」という声や、「車両側がバリアフリー化に対応しても人の心にまでは及んでいません。障壁をなくさないとバスを利用してもらえません。鉄道のフリースペースのように、バスの運転席後部の2席は座席ごと撤去してもいいんじゃないかと思います」といった声もありました。

一方で、子育ての特設サイトには、現役のバスの運転手という女性から、ベビーカーの安全確保の難しさや、公共交通機関としてダイヤを守ることの大切さを指摘する投稿もありました。

ネット上のアンケート 8割が“賛成”
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バスだけでなく、電車やエレベーターでも、原則として、ベビーカーを折り畳まずに利用することができます。

このことについて、一般の人たちはどう受け止めているのでしょうか。

国土交通省が、昨年度、インターネット上のモニターとして登録している人たちおよそ1000人を対象に実施したアンケート(回答率82.6%)で、原則としてベビーカーを折り畳まずに利用できることについて聞いたところ、81.6%が「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えました。

一方で、利用促進の取り組みについては、あまり知られていません。同じアンケートで、国土交通省の検討会が5年前に作成した「ベビーカーマーク」を知っているか尋ねると、「見たことがあり意味も知っていた」「見たことはないが意味は知っていた」という回答は、合わせて34.9%でした。

これに対して、「見たことはあるが意味は知らない」「見たこともない、意味も知らない」は合わせて58.6%。このマークは、ベビーカーを押して歩く人を図案化したものです。

ベビーカーへの配慮を求めるため、電車やバスの車内、駅などの公共施設に貼られていますが、意味を知っているのは3人に1人という結果でした。

絶対的な“解”はないけれど

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路線バスは、車を持たない人や、鉄道の駅が自宅から遠い人にとって、重要な交通機関です。

それでなくとも暑さや寒さの厳しい時期には、乗りたくなるものです。

物理的に乗れないような満員の場合を除いて、誰もが利用できなければならないはずです。

かといって、バスを大型化するのは、費用の問題や、狭い道路に入れないという運用上の問題があり、簡単なことではありません。

ベビーカーの利用に反対する声を聞くと、感情的な問題があるように感じます。

「ラッシュ時に乗るという感覚が信じられない」「乗れて当たり前という態度に腹が立つ」といった、他者への「いらだち」です。また、「ベビーカーに赤ん坊を乗せたまま利用するのは危険」といった、安全上の問題から反対する意見もあります。

この議論に、絶対的な“解”はないのかもしれません。

ただ、バスの利用者とベビーカーの利用者が、少しだけお互いの立場に立って考えることで、解決していくことはできないでしょうか。

basu.190730.12.jpg私が運転手たちの話を聞いて感じたのは、確かにベビーカーはスペースをふさぐものだけれど、それはベビーカーに限らない、ということです。

車内を見渡せば、スーツケースなどの大きな荷物を目にすることは珍しくありません。

リュックサックを後ろに背負ったり、バッグを自分の前の通路に置いたりしている乗客も目につきます。

ダイヤの乱れに関しても、ベビーカーだけでなく、ICカードへのチャージや車の割り込みによる急停車など、さまざまな原因があります。

そのきっかけは、私たちの誰もがつくりうるものです。

basu.190730.13.jpg路線バスは今、人手不足や路線の廃止といった大きな問題に直面しています。

この1年、路線バスの取材を続けてきた身としては、もっと誰もが使いやすいものになって、利用者が増えてほしいと思います。

“最適解”は、きっと「気遣い」「譲り合い」にあるのではないでしょうか。

特設サイト「“孤育て”ひとりで悩まないで」では、バスだけでなく、電車やエレベーターなども含めて、ベビーカーの利用について、ご意見を募集しています。

下記のリンクから、特設サイトの投稿フォームを通じてご意見をお寄せください。あなたは、どう考えますか?

投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:12時04分

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