2019年10月18日 (金)ママが笑えば子どもも笑う


※2019年7月18日にNHK News Up に掲載されました。

「子どもを預けたい」
「1人になりたい」
子どもの世話や家事に追われる日々。ネット上では、ほんの少しの時間だけでも1人になりたいという母親のつぶやきが絶えません。でも急に子どもを預かってくれるところは簡単には見つかりません。子どもを預けることに対して、何か後ろめたいような気持ちもつきまといます。
そんな孤独や苦しみを経験したある女性は、みずから託児所の運営を始めました。そこから見えてきたのは、ほんの少しの休息が、母親も子どもも笑顔にするということでした。

ネットワーク報道部記者 野田綾

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自分に「言い訳」をしながら

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埼玉県を中心に首都圏に18店舗ある、一時預かり専門の託児所。
この託児所の最大の特徴は、急な利用が相次いで満員になった場合を除いて、当日、すぐに利用できることです。

基本的に予約や事前の面談は必要ありません。預ける理由を説明する必要もありません。初めて利用するときだけ、保護者の保険証などの身分証明書が必要です。

利用の際はおむつやおしりふき、哺乳瓶やお弁当など預かりに必要なものを一式そろえるだけで利用できます。

私が初めて取材したのは4年前でした。
その時、利用者が「ちょっとだけ、1時間でもいいから1人になりたい」と話していたのが印象的でした。

利用者はその後、増え続けているようです。どのような事情を抱えた人たちが利用しているのか、改めて訪ねてみました。

mama.190718.3.jpg代表の近藤美奈子さんに話を聞くと、利用者の7割から8割ほどは専業主婦だということです。仕事をしていないため保育園にも通わせられず、子どもの預け先がないというのが主な理由です。

利用者は、美容室やスポーツジムへ行く、資格を取りに行く、ゆっくり寝たいなど、さまざまな理由で利用しているそうです。
「母親は子どもを預けることに罪悪感があります。だから、はじめは皆さん何らかの理由を付けて預けに来ます。こちらからは聞きませんが、友人の結婚式とか通院だとか、自分自身に対する言い訳をつくって来るわけです」(近藤さん)

母親は24時間『他人軸』で動く

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罪悪感の原因は、母親に求められている「生き方」にあるといいます。それは、24時間「他人軸」で動いているということです。子どもや家族を軸に生活しているため、自分の人生を生きている気がしないのです。
「専業主婦は『一日中時間がある』と思われがちですが、実際は自分の時間なんて全く持てていません。子育て中の母親なのだから、しかたないだろうといった固定観念が、日本ではまだまだ根強い気がします」(近藤さん)
私(野田)自身、一日中家にいても部屋を片づける余裕がないこともよくあり、そのせいで自分を追い込んでしまうということを打ち明けると、近藤さんはこう答えました。

「そうやって母親の心は崩壊していくんだと思います。子どもの泣き声だけでなく、散らかった部屋、たまった洗濯物、身なりを気にすることもできていない鏡の中の自分、すべてが母親の心をむしばんでいきます。何がトリガーになって爆発するかわからない状態なんです」
近藤さんも、夫に『洗濯物がくさくないか』と言われたことがきっかけで、自殺を考えたといいます。
「あふれる寸前まで心にたまったストレスを減らす作業が、母親が1人の時間を持つことなんだと思います」

「きょう1人になりたい」「今1人になりたい」

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近藤さんが7年前に託児所を始めたのは、自分の子育ての時に感じた孤独や苦しさがきっかけでした。以前はヘアメイクの仕事をしていましたが、結婚を機に専業主婦に。1人目の子どもを出産したあと、育児に振り回されながらも「家のこともきちんとしなくてはいけない。私はママなんだから」と自分に言い聞かせ、無理を続けていたといいます。

美容室や病院へ行くというような自分のための時間は一切持てませんでした。親も働いていたため里帰りして子育てを手伝ってもらうこともできず、なぜか泣き止まない子どもと一緒に泣いてしまうこともありました。

そして「きょう1人になりたい」「今1人になりたい」という思いが強くなり、自分が壊れてしまうという恐怖を感じるようになっていったといいます。

インターネットで一時預かりのサービスを探し、勇気を出して電話しました。しかし、一時預かりをしている保育園では、預ける理由を明確に説明するよう求められたうえに、2か月先まで予約が埋まっていると告げられました。

また、民間の施設も「事前予約が必要」とか「すぐに預かれるが、登録料は8000円」と言われ、絶望を感じたと言います。

「『預け先がないなら作ってしまおう』と。自分がだめだと言われたことをすべてをオーケーにしたんです。当日預かりも可能、預ける理由もいっさい問わないことにしました」(近藤さん)

商品は「ママの時間」

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託児所のホームページ
近藤さんの託児所では、預かる時間は、1時間から。首が据わる時期の子どもから預かっています。

「私たちが売っているのは『ママの時間』だと思っています。子どもを預かるというのは、そのための手段です」(近藤さん)

利用者からは、「いざという時にはこの施設があると思えるだけで育児が楽になる」という言葉が寄せられているそうです。その原因は、母親たちが必要としている支援と現実との間にギャップがあるからだと感じています。

託児は母からのSOS
子どもたちを預かる中で、言葉にならない「SOS」のようなものを感じたことはあるか、尋ねてみました。
「もしかしたらと虐待を疑ったケースはあります。1歳ぐらいのお子さんを連れて、3か月ほどまめに利用されていたお母さんがいらっしゃいました。

利用を始めたころ、お子さんの体にはつねったときにできるようなアザがいくつかありました。子どもの様子はどこか神経質で、すぐ泣き、不安定でした。お母さんも表情はなく、思い詰めている様子でした。

心配ではありましたが、子どもを預けに来て自分の時間を作ろうとしているのだから希望はあるかもしれないと見守っていました。利用の回数が重なるにつれ、アザは減っていき、お子さんも元気になっていきました。お母さんの表情もみるみる明るくなっていきました。

そして、利用を始めてから3か月がたった頃、母親が打ち明けてくれたのです。『私、子どもに虐待をしてしまっていました』と」(近藤さん)

mama.190718.7.jpgネグレクトが疑われる子どもを預かったこともあるといいます。

初めて預けられたころ、その子の服は汚れていました。ネグレクトをされているとそうなるように、感情は薄かったといいます。
すっと親から離れる。友達とおもちゃの取り合いもしない。家や親、自分のことをいっさい話さない。

心配になりましたが、この託児所に預けるということは母親なりの「SOS」なのだと思い、しばらく様子を見ていたところ、利用の回数を重ねるごとに身なりも整い、親子の表情も明るくなっていったそうです。
「私がこれまでの経験を通して思うのは、ここに来るお母さんはどこかで『今の状況ではいけない』と思っているということです。預けに来るということが『SOS』なのです。

虐待とかネグレクトというのは、そもそも自分が自分でなくなってしまっているときに起きてしまうのだと私は思います。

だから心に余裕が生まれ、正気が戻ってくると自然となくなります。
子どもと離れて自分の時間を持つことで、どれだけ元の自分を取り戻すかが大事だと思います」(近藤さん)
近藤さんが経験から感じるのは、母親が変わると、子どもも劇的に変わるということです。

母親が思い詰めている間は、子どもも神経質になっているし、母親の心が穏やかになると子どもの様子も穏やかになるといいます。

子どもは母親を信じている

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子どもは、預けられることに抵抗は感じないのでしょうか。

近藤さんは、託児所で子どもの様子を見ていると、多くの子が、好奇心いっぱいに新しい環境を楽しんでいるようだといいます。
「子どもは楽しむ天才で、とても柔軟です。甘える天才でもあります。お迎えに来た母親の顔を見た瞬間うそのように表情が変わり、『ずっとさみしかったんだから!』と言わんばかりに大泣きしますから」
近藤さんは、母親との結び付きを信じているからこそ、子どもは離れていても平気なのだと感じています。むしろ、母親のほうが子どもと離れると不安になってしまうといいます。

自分の人生は自分で創造しよう

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最後に、今も子育てで追い詰められている母親へのメッセージを聞きました。

その1つは「自分の人生は自分で創造しよう」。
自分はどうしたいのか、家族ではなく、「私」を主語にして考えないと、結局、どのような助けが必要なのかもわからなくなるからです。

もう1つは、「もっと子どもを信じてみよう」。
「子どもに申し訳ないと思わずに、自分をもっと大切にする時間を持つ必要があります。お母さんが笑えば子どもも笑う。お母さんが我慢して苦しんでいれば、子どもも一緒に苦しみます。自然と笑顔で育児ができるよう、自分の存在と自分の心を大切にしてほしいと思います」(近藤さん)

mama.190718.10.jpg孤立した状態で子育てをしている母親が自分や子どもを傷つけてしまう悲しい事件が後を絶ちません。取り返しのつかないことが起きる前に、少しだけ自分の時間を持ちませんか?

投稿者:野田 綾 | 投稿時間:10時56分

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