2018年03月12日 (月)選手を支えるということ ~ある母と娘のオリンピック~


※2018年2月20日にNHK News Up に掲載されました。


世界中のアスリートが競い合うピョンチャンオリンピック。そこに至るまでには本人の努力はもちろん家族の支えも欠かせません。世界の大舞台に挑む娘を見守り、どんな結果でもありのままに受け止める母親。選手を支えるひたむきな姿がありました。

富山放送局キャスター 杉山千尋
ネットワーク報道部記者 佐藤滋

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<大舞台に立つ娘 見守る母>
12日に行われたピョンチャンオリンピック、スノーボード女子ハーフパイプの予選。

澄んだ青空の下、半円筒形のコースのスタート位置に立った1人の選手を、特別な思いを持ってスタンドから見守る女性がいました。

aru180220.1.jpg大江幸恵さん。オリンピック初出場の娘の大江光選手を見守ろうと富山市から来ていました。

オリンピックに出場する、自分の子どもを応援するというのはいったいどんな気持ちなのか。

競技の前にたずねると幸恵さんは、「本当にここまで来られたんだなという気持ちです。人生をかけてやってきたので目いっぱい、楽しんでくれればいいと思います」と語ってくれました。


<競技開始 まさかの転倒>
母が見守るオリンピックの大舞台。予選が始まりました。2回滑って良い方の得点の上位12人が決勝に進みます。

大江選手の競技です。

aru180220.2.jpg周囲が「光!」と大きな声援を送る中、母の幸恵さんは少し硬い表情で無言のままです。

大江選手はスタート直後、序盤のエアの着地で転倒。

aru180220.3.jpgその瞬間、幸恵さんは体を大きくのけぞり、心配そうに大江選手を見ていました。

残された競技はあと1回。

見守るという言葉だけでは言い表すことができないひりひりとした緊張感を感じました。


<親子で始めたスノーボード>
大江選手のこれまでの競技人生は、母親なしには語れません。

スノーボードが大好きだった母の幸恵さんに連れられて小学1年生からスノーボードを始めた大江選手。

aru180220.4.jpg母親はまもなく「世界」を見据えるようになります。大江選手は、「スノーボードをやると決めた時に母は『やるんだったら世界を目指そう』と話していた」と語っています。

aru180220.5.jpg順調に成長した大江選手は高校1年生で出場したユースオリンピックで金メダルを獲得。

前回のソチオリンピックへの出場の期待が高まりました。しかし、出場をかけた大事な大会で転倒。夢を実現させることはできませんでした。

aru180220.6.jpg「悔しかった覚えしかない」

大江選手は、競技をやめることを本気で考えたといいます。


<背中を押してくれた母>
ここで背中を押してくれたのも母、幸恵さんでした。

「もうあと4年頑張ろう」

母の言葉に「目が覚めた」といいます。

大江選手はその当時の心境について「母に苦労をかけてきてあと4年続けるとなればさらにお金がかかるしもっと大変な思いをさせるはずなのに、母は『お母さんも頑張るから』と言ってくれた。そう言わせてしまった自分は何をやってるんだろうと。だから4年後には絶対にお母さんをオリンピックに連れて行くと心に決めた」と語っています。

aru180220.7.jpg母と娘の夢をかなえるため、基礎体力から高度な技術まで改めて鍛え直す日々が続きました。

その結果、去年の世界選手権で4位。ワールドカップでも5位に入るなど実績を重ね、ついにピョンチャンへの切符をつかんだのです。

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<オリンピックに家族が来るには?>
ところで選手を支える家族はどのようにオリンピックに来ているのでしょうか。

いろいろなケースがありますが、主催者側の招待があるわけでありません。みずから、もしくは支援してくれる人たちが飛行機のチケットや、移動手段や宿泊先の確保などを行っているということです。

大江選手の家族の場合は後援会の人たちのサポートもあり現地に入ったということです。選手は、家族だけではなく周囲の人たちにも支えられているのです。


<2回目の競技開始!>
そして雪辱を期した2回目。

大江選手の名前がコールされると幸恵さんは拍手を3回、そのまま祈るように手を合わせます。

大江選手がエアを決めると、「よし」とつぶやく幸恵さん。「決めろ」「行け」。

決して大きな声ではありませんでしたが、娘の1つ1つの動きを確認するように、そして、娘に思いを届けるように言葉が出ます。

aru180220.9.png今度は滑りきった大江選手。幸恵さんにはほっとしたような笑顔が戻りました。

ただ、得点は伸びず予選17位、決勝に進むことができませんでした。


<娘と母 競技を終えて>
競技直後に取材エリアに姿を現した大江選手。涙が止まらない様子でした。

aru180220.10.jpg「背中を押してくれたお母さんにはどんな思いですか」と聞くとスノーボードに顔を近づけながら言葉を絞り出すように語りました。

「申し訳ないって…決められなかったのは自分のせいなんですけど、結果で…恩返ししようとしていたんですけど…本当に申し訳ないです」

その後も支えてくれた人たちに対し、「結果で恩返しがしたかった」と繰り返すばかりでした。

競技が終わった大江選手のもとへ、幸恵さんたちが駆け寄りました。まだ、気持ちが動揺している娘に寄り添う幸恵さん。

何度も「大丈夫」、「頑張ったと思う」と声をかけます。そして、「泣かない、泣かない」と言いながら抱き寄せ肩をたたき、頭をなでました。

「笑顔って決めたよ、泣かないで」と諭す幸恵さん、その目も光っていました。

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<夢をかなえてくれてありがとう>
少し落ち着いたあと、改めて幸恵さんに競技を見た感想を聞きました。

「最後までドキドキ、ハラハラな気持ちを味わせてくれました。本当に誇らしかったです。スタートに立つ姿は…ずっと憧れてきた姿だったので…かっこいいなと思いました」

今後については「まだ考えられない」という大江選手。幸恵さんは、「日本代表としてこんな大舞台で戦えたことを誇りに思い、あの子の人生にとっていい意味を持ってもらいたい」と話したあと最後に口にしたのは感謝の言葉でした。

「私の夢もかなえてくれてありがとう」

aru180220.13.jpgオリンピックに出場した選手の数だけ支える家族や友人、そして周囲の人たちがいます。その人たちのかけがえのない思いがあるからこそ選手たちはすべてをかけて大舞台に挑むことができるのです。

支えることの尊さを改めて感じたピョンチャンオリンピックでした。

投稿者:佐藤滋 | 投稿時間:17時02分

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