2017年12月13日 (水)知っていますか? "助けて"のマーク
※2017年11月29日にNHK News Up に掲載されました。
赤地に白の十字とハート。何のマークかご存じでしょうか。
名前は「ヘルプマーク」。
“助けてほしい”という大事なメッセージが込められているんです。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて全国共通の規格にも採用され、
今後、目にする機会が増えるかもしれません。
名古屋局記者 松岡康子
ネットワーク報道部記者 佐藤滋 野田綾
<きっかけは当事者の声>
地下鉄車内の啓発ポスター(2012年)
ヘルプマークは、東京都が5年前に作りました。
きっかけになったのは、外見では分からない病気や障害がある人たちの声。
周りの人に理解や配慮、援助を求めたいとき、そのための方法がないというのです。
ヘルプマークの対象となるのは、心臓や肺、腎臓、腸などの内臓や免疫機能に障害がある「内部障害」の人のほか、義足や人工関節を使っている人、がんや難病の患者、認知症の人、知的障害のある人、耳が不自由な人、それに妊娠初期の女性など、援助を必要とするあらゆる人たちです。
一見、健康そうに見えても、疲れやすい人や電車のつり革につかまる姿勢すらつらい人がいます。突然、意識を失って倒れることがあり、立っているだけで危険な場合もあります。
ヘルプマークはこうした人たちが身につけ、「事情を分かってほしい。そして、もしものときは助けてほしい」…そんな気持ちを伝える手段なのです。
<広がるマーク>
東京都はこのマークのタグを無料で配っています。
裏にはシールを貼って、「私は耳が聞こえません。筆談での対応をお願いします」といったメッセージや、病名やかかりつけの医療機関、家族の連絡先などを伝えることができます。
都営地下鉄やバスなどの駅や営業所、それに都立病院などで配り、ことし8月までにおよそ19万個を配布しました。
東京以外の自治体でも配られるようになり、10月末の時点で、北海道、青森県、神奈川県、岐阜県、大阪府、広島県など13の都道府県や一部の市町村で配布が始まっています。
さらにこのマーク、7月には、JIS=日本工業規格で定める標準的な規格に追加されました。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本人だけでなく外国人にも分かりやすい案内マークなどを定める際、援助や配慮を必要としていることを知らせる全国共通の表示として採用されたのです。
<見かけたらどうする?>
このマークをつけている人を見かけたら、周りはどうすればいいのでしょうか。
東京都は3つを呼びかけています。
まず、「電車やバスで席を譲る」
そして、「駅や商業施設で声をかけるなどの配慮を」
立ち上がる、歩く、階段を上り下りするなどの動作が難しい人もいます。
支援が必要かどうか声をかけて確かめ、手をさしのべてほしいというわけです。
そして3つめは、「災害時、安全に避難できるよう支援する」。すぐに状況を把握できなかったり、1人で避難できなかったりする場合があります。介助や誘導を呼びかけています。
<“お守り”として>
東京都には、マークを使い始めた人からさまざまな声が寄せられています。
「これまでは優先席に座っていると注意されたが、マークをつけるようになって気持ちが楽になった。“お守り”になっている」(義足や人工関節を使う人)
「通院のために出かけるが、薬の副作用で立っているのもつらい。気付いてほしくてマークをつけている」(がん患者)
「知的障害がある子どもが迷子になったとき、駅員さんがマークに気付いて、声をかけながら見守ってくれていた」
腎臓病の患者などおよそ8万人で作る「全国腎臓病協議会」も、ヘルプマークの普及に期待を寄せています。患者は、人工透析を受けたあと血圧が下がって気分が悪くなることがあります。
また、長年、透析を受けると、骨や関節に痛みが出たり骨折しやすくなったりします。協議会は会報などでヘルプマークを紹介し、普及を図っているということです。
内臓に障害がある人などを支援するNPO法人「ハート・プラスの会」は、東京都よりも早く、十数年前から独自のマークを作って活動を続けてきました。
みずからも心臓病を患う代表の鈴木英司さんは「かつては『内部障害』ということば自体、ほとんど知られていませんでした。ヘルプマークは私たちのこれまでの活動を踏まえた取り組みで、見えない障害や病気への理解がより深まってほしい」と話しています。
<でも、「誰も声かけてくれなかった」>
徐々に利用が広まるヘルプマークですが、大きな課題があります。
一般の人に、まだ十分知られていないのです。
三重県四日市市の小崎麻莉絵さんは、血液の成分が正常に作れない「骨髄異形成症候群」という病気を患っています。名古屋市内まで電車で通勤していますが、体のだるさや貧血などに悩まされ、確実に座れる電車を待って通っています。
優先席に座っていたところ、「若いのに、よくそんなところに座っとるな」と言われたことがあるそうです。そこで、ヘルプマークを手に入れ、外出するときはいつも身につけるようにしました。
ところが通勤中、電車を降りて地下の改札を出たところで気分が悪くなり、うずくまっていたことがありましたが、誰も声をかけてくれませんでした。
そのときは、通りがかりの人のズボンのすそをつかんで呼び止め、介抱してもらって地上まで出たそうです。周りの人がマークの意味を知らず、「助けて」のメッセージが伝わらなかったのです。
当時の様子を再現
<皆さん、知っていますか?>
ヘルプマークはどの程度、知られているのでしょうか。
東京・渋谷で聞いてみました。さまざまな年代の男女に尋ねたところ、知っている人と知らない人がほぼ半数でした。
同じ学校に通う女子高校生2人は、心臓病を患う同級生が持っているため、学校でマークについての説明を受けたそうです。
「本当は助けてほしいけれども、言い出せないことがすごくあるみたいです。なので、もうちょっとみんなに知ってもらえれば…」と、同級生の気持ちを代弁してくれました。
このほか、「高齢の親族が持っているので知っている」という人も何人かいました。
一方、「全く知らない」という40代の女性、「CMなどで、もうちょっとアピールしたほうがいいですよね」と話していました。
20代の男性も「マタニティマークぐらい認知度が上がればいいですね。今度、見かけたら席を譲ります」と力強く話してくれました。
東京都も、認知度の低さを深刻に受け止め、駅にポスターを貼ったり、企業や団体にリーフレットを配ったりしています。さらに、ヘルプマークを紹介する動画を作り、ホームページで公開したり、繁華街の大型ビジョンで放映したりしているということです。
これまで啓発活動を続けてきた東京でこんな状況ですから、ほかの地域では認知度がもっと低いかもしれません。
<安心して外出できる社会を>
つらい経験をした小崎さんも、多くの人に知ってもらおうと活動しています。
企業関係者が集まった名古屋市内の会合に出向いて講演し、「気付いてほしいからマークをつけているので笑顔で声をかけてください。声をかけられると安心するし、うれしくなります」と呼びかけました。
講演を聞いた人からは、「全然知らなかったので、話を聞けてよかった」「見かけたら声をかけます」といった感想が聞かれました。
小崎さんはこう話していました。
「誰もが普通に知っているマークになるまで頑張らないと、と思っています。病気や障害があっても、安心して外出できる社会であってほしい」
赤と白の手のひらサイズのマーク。“助けてほしい”のメッセージを受け取る人がいて、はじめてその役割を果たせます。「これ、知ってますよ!」…そんなひと言から自然な助け合いが生まれるといいですね。
投稿者:松岡康子 | 投稿時間:16時55分