2020年01月09日 (木)窮状も 再起も...SNSで届いた被災地の声 ~宮城 丸森町~


※2019年10月17日にNHK News Up に掲載されました。

「救世主が必要だ」
かつて取材で何度も訪れた宮城県丸森町が、人口減少の中で移住者を呼び込もうと掲げたキャッチフレーズが思わず頭をよぎりました。今回の台風19号で阿武隈川の支流が氾濫し大きな被害が出た丸森町では、16日の時点で亡くなった人が7人となり、安否不明者の捜索が続くなど厳しい状況にあります。通信環境も悪かった当初、SNSで連絡を試みた町の知り合いの人たちからは、被災地の窮状とともに、前を向いて災害を乗り越えようという声も届き始めています。

ネットワーク報道部記者 成田大輔


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人口減少の町を襲った台風

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宮城県の南部に位置し、福島県と隣接する丸森町。
東日本大震災と原発事故のあと若者が町を離れるなどして、町の人口はおよそ1万3500人となり、震災前から2000人以上減少しました。

高齢化率は40%余り。
そんな町を今回、台風が襲ったのです。

電話通じず 町役場も水につかり

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川が氾濫し、町役場も浸水した13日の昼前、固定電話も通じなくなり、町と連絡がつきづらい中、役場の職員の八島大祐さんからSNSを通じて連絡がありました。

「とても厳しい状況」

「役場の回線が復旧せず、かろうじて電波を拾う屋上から連絡しています。町内のいたるところが冠水し、自衛隊の皆さんと救助活動をしています。とても厳しい状況です」

kyuu.191017.4.jpg八島さんの自宅も床上まで浸水。
家族全員が2階に上がって、なんとか難を逃れたといいます。
その後、役場の周辺は一面が水浸しの状態に。
丸森町全体では16日の時点で死者が7人となり、土砂崩れは150か所に達しています。

「長期戦になる」でも気持ちは前へ

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17日昼頃に電話をくれた八島さん。
「今は浸水もおさまってきて、企業から食料なども届いてきました。その物資を住民に届ける対応に当たれるようになりましたが、まだ孤立して届けられない所もあります。物資が届く所と届かない所の差が出てきて、ニーズも日々刻々と変化しています。被害は大きく、長期戦になると思うが、各機関と連携して対応していきたい」と話していました。

山あいで土砂崩れ… 道路寸断… ~筆甫地区~

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丸森町の山あいにある筆甫地区。
記録的な大雨によって土砂崩れが相次ぎ、町の中心部につながる道路は寸断されました。

自宅に流れ込んできた土砂によって亡くなる人も出るなど被害は深刻で、地区の中にはまだ孤立している集落があるといいます。

唯一のスーパーが再開した!

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物流などにも大きな影響が出ていますが、14日昼ごろには、地区で唯一買い物ができるスーパー「ふでいち」の様子がSNSに投稿され、店で買い物をする住民たちの姿が見られました。

福島県側のルートが通行できるようになったため、店を再開できたといいます。

kyuu.191017.8.jpg筆甫まちづくりセンターの吉澤武志事務局長に16日午後に電話で聞いたところ、移動販売車による食料などの販売もすでに再開。

消防団 土砂乗り越え孤立地区へ

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地区の消防団の人たちが孤立した地域にも土砂を乗り越えて入り、住宅を一軒一軒訪問して、体調や食料、薬の状況などをきめ細かく聞き取っているほか、炊き出しなども行っているということです。

復旧へ 高齢者も立ち上がる

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また、孤立している地域の高齢者たちも自分たちで重機やチェーンソーなどを使い、道を切り開こうとしているといいます。

吉澤さんは「徐々に復旧は進んでいますが、今も断水が続いていて大変です。高齢者の多くが自宅に避難している状態で、孤立集落も点在していて、まだ電話でしか安否を確認できていない家もあります。町役場など中心部につながるルートを早く復旧させ、通行できるようにしてほしい」と話していました。

自慢のコメが水びたし ~金山地区~

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町の金山地区では、地域おこしのために力を注いできた特産品も被害を受けました。

丸森町のコシヒカリを厳選したブランド米「いざ初陣」を販売していた丸森町の地域商社「GM7」。
齊藤良太社長からは13日の昼すぎSNSで連絡があり、ブランド米の多くが水につかった様子が伝えられました。

にぎわったタピオカ店も

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被災前のタピオカ店
齊藤さんたちが手がける、原宿のような行列があった人気のタピオカ店も浸水し、再開のめどは立っていません。

「ピンチをチャンスに変えるしかない」

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それでも齊藤さんは「壊滅的な被害を受けたが、従業員が無事だったので、前を向いてやっていくしかない。高齢者が多く、地区の災害ごみの片付けもままならない状況だが、早く片付けて復旧を急ぎたい。ピンチをチャンスに変えて頑張るしかない」と話していました。

「こういう時だからこそ」

18日からは、知り合いを中心にボランティアを取りまとめて地区の泥かきなどを行うことにしていて、齊藤さんは「こういう時だからこそ、みんなで力を合わせて、乗り切りたい」と話しています。

袋詰めしたコメはすべて浸水しましたが、袋詰めの前だったコメが一部残っているということで、落ち着いたら販売するつもりだということです。

Facebookで結束しよう

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SNSで届いた丸森町の人たちからの声。
町では、住民たちの有志がFacebook上に「丸森【被災・復旧】情報共有グループ」を立ち上げる動きもありました。

周辺の道路の被害状況や炊き出しの情報など地元の人たちが必要としている情報が投稿されていて、SNSを使わない周りの高齢者たちにも情報を伝えているといいます。

16日には町の災害ボランティアセンターが立ち上がり、19日からは一般のボランティアの受け入れも始まる予定です。

震災 そして台風… また立ち上がる

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東日本大震災後、再び災害に見舞われた丸森町。
まだその被害の詳細はわかっていません。

過酷な状況にある人々の声や立ち上がろうとする姿を、これからも伝えていきたいと思います。

投稿者:成田大輔 | 投稿時間:12時48分

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