2019年08月07日 (水)鳴らない信号機


※2019年4月12日にNHK News Up に掲載されました。

どんな思いで横断歩道を渡っていたのかと思う。目が不自由なその男性は、ふだん、信号機から鳴る障害者向けの「音」を頼りに横断歩道を進む。去年12月も出勤で早朝の横断歩道を渡ろうとしていた。違っていたのは、信号機から音が鳴らなかったこと。実は音が鳴る信号機のほとんどが深夜早朝は、音が鳴らなくなっている。青信号かどうか、音で知ることのないまま横断歩道を渡っていた男性は、職場に着けなかった。車にはねられて亡くなった。

ネットワーク報道部記者 後藤岳彦・ 玉木香代子

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<男性は赤信号を進んだ>
男性は東京 豊島区に住んでいた当時64歳の栗原亨さん。向かっていた職場は千葉市にある放射線医学総合研究所だ。

事故があったのは去年12月7日の午前4時半。栗原さんは1人暮らしをしていた部屋を出てJR駒込駅に向かっていた。

naranai190412.2.jpg事故があった現場
職場に着くまでにはここから電車を2つ乗り継いで行く。

物理学を学んでいた大学院生時代に徐々に視力を失っていった栗原さん。右目は失明。左目も、モノを10センチほどまで近づけて見える程度だった。

つえをつきながら横断歩道を渡る。歩道の真ん中までは来れた。しかしまだ薄暗い中、左側からきたワゴン車にはねられた。意識のない状態で病院に運ばれ、やがて死亡が確認される。警察が調べると栗原さんは赤信号を渡ろうとしていたことがわかった。

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<音の鳴らない信号機>
今、たくさんの人が利用する信号機には、音で信号が変わったことを知らせる装置が付いている。

naranai190412.4.jpg左上のスピーカーから音が鳴る
視覚障害の人たちを配慮してのものだ。童謡のメロディーや鳥の鳴き声のような音で信号が青に変わったことを知らせる。ところが、この装置が作動するのは、ほとんどが日中に限られている。

栗原さんが事故にあった場所では、音が鳴るのは午前8時から午後7時までの間。早朝、栗原さんは鳴らない信号機を前に、おそらく周囲の音で車が来ないと考え、渡ろうとしていたことが想像できる。そして事故が起きた。

<2つの疑問>
2つの疑問が残る。なぜ栗原さんは午前4時半という極めて早い時間に、職場に向かっていたのか。もう一つはなぜ信号機が鳴らないのか。

勤めていた放射線医学総合研究所に行った。

naranai190412.5.jpg放射線医学総合研究所
栗原さんの机には、画面に出た文字を音声に変えてくれるパソコンや点字のカレンダーが置かれていた。直前まで放射線でのがん治療を知ってもらおうとパソコンを使って資料を作っていたそうだ。

<栗原さんの机> 

naranai190412.6.jpg栗原さんは朝早く職場に向かう理由を、同僚にこう説明していた。
「ラッシュ時は事故も多い。電車が止まるとたくさんの人が電車を降りてホームが混雑し、とても不安になる」
去年の春には上司に「勤務時間を変更していいか」と相談していた。そしていろいろな時間帯に出勤して電車やホームの状況を確かめ、出勤を午前7時半とした。

naranai190412.7.jpg「始発に近い時間帯ならホームでの混乱も避けられると思っていたのではないか」(同僚)
目がほとんど見えない中、ラッシュ時に起きる混乱が不安で、早く出勤しようとしていたのは間違いなさそうだった。そしてそれが、信号機の音が鳴らない時間帯だった。

<周囲への配慮で鳴らない>
もう一つ、信号機の音が鳴らなかったのはなぜか。音が鳴る信号機は音響式と呼ばれていて、平成30年3月末時点で、全国に2万4000ほど設置されている。

全国に設置されている信号機のおよそ11%だ。視覚障害者の利用頻度が高い盲学校などの施設の近く、それに公共施設を含む地域、人通りの多い場所に多く設置されている。

naranai190412.8.jpgただ、日本盲人会連合によると、だいたいが音が鳴るのは午前8時ごろから午後8時ごろまでに限られている。24時間、音が鳴るのは大規模な駅の近くなどに限られている。

周囲の人たちの生活のために、夜間から翌朝までは音が鳴らないようになっていると言われている。

<横断は一か八か>
事故のあと、視覚障害者の団体がさまざまな声明を出している。
「視覚障害者の中にはラッシュを避けるため早朝や夜間に通勤している人も少なくない。近隣住民と折り合いをつけることが必要ではないだろうか」(神奈川県視覚障害者福祉協会)

naranai190412.9.jpg鈴木孝幸さん
声明を考えた鈴木孝幸さんは、62歳。

「網膜色素変性症」という目の病気で、35歳の時に両目を失明した。50歳からの10年間、都内に通勤した経験がある。やはりラッシュを避けるため、午前5時から6時の間に家を出て通勤していた。

横断歩道は信号機の音が出ないため、「一か八かの“綱渡り状態”(鈴木さん)」で渡っていた。

naranai190412.10.jpg鈴木さんは去年10月、地元の学校や飲食店にお願いして、視覚障害者の外出に関するアンケートを置いてもらった。

回答があったのは800人。音の鳴る信号機について、視覚障害者以外の人たちのうち「うるさい」と感じている人は1割に満たなかった。「うるさい」と感じた人の中でも「必要だったらしかたない」「音の大きさにもよる」という回答が目立った。

「近所迷惑になるという先入観だけで、音が鳴る時間を制限していることはないでしょうか。事情を理解してもらえる余地が私はあるような気がしています」(鈴木さん)
実際、鈴木さんは通勤していたころ、警察に相談し午前7時前には鳴らなかった自宅近くの信号機の音を、午前6時から鳴るようにしてもらった経験がある。

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<歩いてみてわかったこと>
実際に視覚障害者の方と街を歩いてみた。協力してくれたのは日本盲人会連合総合相談室の工藤正一さん。

naranai190412.12.jpg日本盲人会連合総合相談室 工藤正一さん
歩いたのは東京 新宿区。

工藤さんは白いつえを手に点字ブロックに沿って歩きながら、道しるべになる「音」を探していた。

例えば、お店から流れる音楽、パチンコ店の音、雑音のような音が自分がどこにいるのかを知る手がかりになっていた。

そして音響式の信号機。信号が青になると音が鳴るタイプと、日中でもボタンを押さないと音が鳴らないタイプがあった。

しかし、ボタンを押すタイプも、ボタンから音が鳴って押す位置を教えてくれるものもあれば、そうでないものもある。

naranai190412.13.jpg横断歩道の片側だけボタンから音が鳴って、もう片方は音が鳴らないものもある。信号機ごとにタイプが違うような感じであることが、一緒に歩いてみてわかった。
「信号機ごとにタイプはバラバラです。それでも人通りが多い時はそばの人に助けを求めることができます。でもそうではない深夜や早朝は一か八かで交差点を渡っています」(工藤さん)

<考えていく>

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信号機が鳴らないから日中以外は外出しないという事態は変えていかなければならないし、横断歩道を一か八かで渡る危険もなくしていかないといけない。

もちろん信号機の近くに住む人たちの生活環境も考慮しないといけない。

確かに難しい答えを探さないといけないけど、音が鳴らない時間帯を一律に定めるのではなく、利用する人の事情に合わせて考慮する形がもっと広がっていってほしい。

音が鳴る時間帯を変更してもらった鈴木さんのようなケースはまだあるし、深夜早朝は音を鳴らさないのではなく音量を落とす方法もあるかもしれない。今よりよいやり方は、きっとある。

投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:15時45分

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