2019年07月29日 (月)震災8年 漫画と誕生日とラテ


※2019年3月11日にNHK News Up に掲載されました。

8年前のあの時の体験を漫画に描いた女性。「3月11日にお祝いしてもいいんだよ」と語る男性。カフェラテに描かれた3.11。多くの人が日常のかけがえのなさを見つめ直す3月11日。SNSに寄せられた思いをたどりました。

ネットワーク報道部記者  木下隆児・ 和田麻子・ 加藤大和

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<見渡すかぎり誰ひとりいない>
ツイッターで東日本大震災を検索するとまさに読み切れないほど多くのメッセージが投稿されています。体験を淡々と語るメッセージからは、ひとりひとりの思いが伝わってきます。
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いつもと同じ小さい地震だと思ったらものすごく揺れて自分はここで死ぬんだと思った。急いで食べ物を買いに行ったコンビニは商品が散乱してたのよく覚えてるし同じ小学校の子が亡くなった。
ほぼ1ヶ月は毎日親戚が作ってたキャベツを味だけ変えて食べてた。水は遠いところからペットボトルに入れてた。

<怖いのは記憶の風化>
あの時の体験を漫画に描いた女性もいます。「2011年3月11日私は仙台市で働いていました」という書き出しで始まり、津波に巻き込まれながらもなんとか自宅にたどりつくまでの様子が描かれています。
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作者のふるえるとりさんは、漫画の最後にこう記しています。

「しかし、いま思い返して一番こわいのは、こんな記憶も風化していっているということ」
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作「ふるえるとり」さん

どうしてこの漫画を描いたのか伺うと、「実は、3月10日の21時すぎにカレンダーを見て『あした3月11日か!』と震災のことを思い出したのがきっかけです」と言います。
それほどまでに被災体験が薄まっていました。3月11日にいろんな人に体験を伝えたいという思いが湧き上がり、寝る前に急いで描きました。震災の特集番組には興味がないけれど、SNSに流れてくる漫画なら読もうかなと思ってくれる方がきっといるんじゃないかと思いました。被災した自分ですら防災意識が薄れています。ただの体験をつづっただけの漫画ですが、1人でも多くの人が防災について意識を向けてくれたら、という思いがありました。(ふるえるとりさん)

<誕生日って言えなくなった>
一方で“複雑な思い”を吐露したつぶやきもありました。
「あの日から3月11日が誕生日って言えなくなった」
「誕生日の度にテレビで震災の話してるいつになっても辛い」
「祝われると嬉しいし、震災の話ばかりで暗い気持ちになるし、毎年複雑な誕生日です」
犠牲者を追悼し、被災地の復興に思いを寄せる「3.11」に、自分の誕生日を祝ってもいいのか。

結婚記念日や卒業式など、幸せなイベント迎えても素直に喜べないという人たちです。中には「手放しで祝うことが不謹慎だと感じるようになりました」という書き込みまで。

<誕生日の皆さんおめでとうございます>
こうした人たちに向けてある思いを投稿した被災者がいます。
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メッセージの主は、宮城県女川町のかまぼこ製造販売会社社長の高橋正樹さん。6年前から毎年、3月11日にはツイッターに同じようなメッセージを寄せています。
震災翌年、ボランティアに来ていた女子大学生が『私、きょう誕生日なんです』と悲しい顔で話したんです。それを聞いたとき、自分たちのことに必死になりすぎて祝い事を自粛させてしまったことに目が行かなかったと恥ずかしくなったんです。

<おめでとうと言える日常を>
高橋さんは津波で祖父を亡くしました。家族を失い、ガレキだらけとなったまちを目の当たりにして、当初は感情を押し殺して生きていたと言います。しかし、ふるさとの復興に取り組む中で、明るく楽しい日常も取り戻したいと強く感じるようになりました。
人が生まれれば『おめでとう』と言い、亡くなればお悔やみを伝えるのが当たり前。誕生日におめでとうと言える“普通”の女川町を取り戻したくて復興を頑張っている。被災者である僕らが言葉を発することによって前を向いていける人がいるなら、これからもどんどん伝えていきたい。(高橋さん)

<かなしいけど、笑っていたい>
SNS上には、記念日を迎えた人を思いやったり、お祝いの気持ちを素直に表現したりしたメッセージも見られます。
「震災への祈りと共に今日が誕生日や記念日の人はめいいっぱい祝福されてほしいな… 3月11日が悲しい日にならないように」

「ボクらの10年目の結婚記念日。そして震災による津波で天国に旅立った嫁ちゃんのおじいちゃん。かなしいけど、でも笑っていたい日」

「3月11日は慰霊の日だども、お祝いをしてはならねぇ日ではねがんすよ。お祝い事のある人はお祝いしてよがんすよ。ただ、東日本大震災の事を忘れないでな」

<チャリティーイベントで>
直接、被災していない人たちもそれぞれの思いをつぶやいています。
『これってなんのイベントなん?』って外国人旅行者が聞いてくれたから片言な英語で色々答えてたら『初めて知ったよサンキューね!』みたいな感じで募金していってくれた。それぞれがこの震災の存在を知ることから復興支援ははじまるんやなって思ったよね。
投稿したのは3月10日、大阪市内で高校生が開いた、震災の被災地を支援するチャリティーイベントに参加した19歳の男性。
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たまたま通りがかった海外の男性旅行者から、片言の日本語で「何のイベントですか」と声をかけられました。

男性は、8年前に東北地方で大きな地震が起きて街が津波に襲われ、たくさんの人が亡くなったことを写真や動画を使って説明したそうです。旅行者は「日本でこんなに大きな地震があったことを初めて知った」と驚いた様子で、小銭入れに入っていたコインを全て募金したそうです。

<ラテアートに3.11>
最後に、ツイッターに投稿された1枚の写真を紹介します。3.11の文字が描かれたカフェラテの写真です。
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東京 原宿でカフェを経営するじょーじさん(32)がツイッターに投稿しました。じょーじさんは、毎年3月11日にこのラテアートを投稿していますが、描くのはいつも「3.11」の文字だけです。

<あの場所に自分がいたかも>
8年前の3月11日、午後2時46分。じょーじさんは東京 赤坂のレストランで働いていました。長く続いた揺れが収まってしばらくしたあと、店のテレビに映し出されたのは海が巨大な物体となり、街を次々に飲み込んでいく映像。

「本当は、自分が目の前の映像の波の中にいたかもしれない」と思ったと言います。翌日の12日、仙台市でバスツアーに参加する予定だったからです。

「もし地震が1日遅かったら。それを考えると恐ろしく、泣きそうになる。自分の死を身近に感じた、初めての経験でした」

<震災を自分ごとに>
人生観を変えてしまった東日本大震災の翌年から投稿しているこのラテアート。3.11の文字だけを描くのは震災をひとごとでなく、自分のこととして考えてほしいという思いからです。

SNSでさまざまに語られる震災の経験や思い。災害の多いこの国の文化としてさらに広まり深まってほしいと感じました。

投稿者:木下隆児 | 投稿時間:12時13分

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