2016年06月22日 (水)若い女性たちの"SOS"


※2016年3月1日に放送されたものです。

震災から5年が経ち、明らかになってきた問題があります。
10代から20代の女性たちからSOSの声があがっているのです。

去年6月に、
国の補助を受けて開設された
被災地の若い女性専用の電話相談には、
半年間で、のべ440件あまりの相談が寄せられました。
震災の影響による生活困窮や家庭不和などを背景に、
不安や苦しみを訴える声が相次いでいます。
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被災3県に開設された若い女性専用の電話相談窓口。
寄せられる相談の中には、
“家族との不和や家庭内暴力”
“ストレスでうつ病になった”
“生きていていいのか”といった、深刻な内容もあります。

子どもやお年寄りなどと違い、
支援は必要ないとみられていた若い女性たちの切実な声です。

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 (ホットラインの責任者の田端 八重子さん)
 
「(若い女の子たちは)ある程度のことは
 自分たちでできるだろう。
 ふっと気付いたときに若い女の子達に、
 何も支援していなかったんですね。」

盛岡市に住む、中島海帆さん(25)。
大船渡市の実家は津波で流されました。
当時、大学2年生だった中島さんは
次第に家族への負い目を感じるようになったといいます。

生活を立て直すだけで精いっぱいの両親に、
もはや頼ることはできないと思い、
大学を中退し、自立することを決めました。1160301.jpgしかし、正規の雇用は簡単には見つからず、
公共施設の嘱託職員として働いています。
給与は毎月手取りで十数万円。
奨学金の返済と生活費でほとんどが消え、
5年経った今も、不安を抱え続けています。

 (中島海帆さん)
 「私自身も抱えて苦しかったけど、
 それ以上に地元に残された両親や兄弟は
 つらい思いをしているんだと思えば、
 両親や兄弟に相談したり、自分の気持ちを
 打ち明けることは正直、できなかった。」

 一方、東京では、地元で居場所を失い、
10代で自立せざるを得なくなった女性の姿がありました。
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福島県出身のゆきさん(仮名・20歳)。
去年11月から、
東京都内のNPOが運営する施設で暮らしています。

父子家庭に育ったゆきさん。
震災後、生活再建がままならず
父親が酒に酔って暴力を振るうようになり、
去年、耐えきれずに家を飛び出しました。1160301_12.jpg (ゆきさん)
 「(震災以降)普通は怒らないことでも、
 切羽詰まっているからケンカになってしまう感じでした。」

仕事を求め、東京に来たものの、
10代のゆきさんが自立できる仕事に就くのは
容易ではありませんでした。

帰れる場所もなく、精神的に限界を感じ、
若い女性を支援するNPOに無我夢中で助けを求めました。
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NPOが運営する施設で自立に向けた支援を受け、
落ち着いた生活を取り戻すことができたゆきさん。
正社員として受け入れてもらえる介護施設も見つかりました。

 (ゆきさん)
 「勇気を持って声をあげたから
 こうやって(支援者が)いてくれて、
 声を上げて良かったと思う。」

被災地の支援も行っている
NPOの代表は、ゆきさんのように、
自ら声を上げて、自立できたケースはまれだと言います。
このままでは、
誰からも支援されず、さらに追い詰められる女性が
増えていくのではないかと感じています。
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 (NPO法人 BONDプロジェクト 代表 橘 ジュンさん)
 「帰れる場所がないとか、不安定な状況って言うのは
 彼女たちにも
 すごく大きな影響を与えているんだなと思います。
 10代、20代の若年女性の女の子達が何かあったときに
 駆け込める場所、作っていってほしいですね。」

苦しいのに誰にも相談できない”
その声をどうすくい取り、支援につなげていくのか。
新たな課題が突きつけられています。

 

 

投稿者:伊達裕子 | 投稿時間:15時12分

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