2012年06月08日 (金)日本歯科医師会・大久保会長に聞く


半年のキャンペーン報道を通して、「歯科医療」が全身疾患や健康寿命に大きく関わっていることをお伝えしてきました。また、予防や移植、再生医療など、歯科医療にも最先端の分野が広がっていることも分かりました。一方で、インプラント治療の問題に代表されるように、歯科医療の構造的ともいえる課題も報道してきました。

こうしたことを歯科医療界はどうとらえ、今後どこに向かっていこうとしているのでしょうか? 今回、「日本歯科医師会」の大久保満男会長と対談する機会を得ましたので、半年を通して感じた歯科医療の課題や期待を、率直に問いました。
(この対談は「日本歯科新聞」にも掲載されました)。

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【治療に求められる根拠と評価】

(NHK・米原)
これまでに、糖尿病と歯周病の関係や、歯数と低栄養の関係、8020運動の意味合いなどを報道し、全体としては、「歯科医療に対する社会の期待」が高まってきていると感じました。しかし一方で、歯科には治療費や診療内容など医科に比べて「よく分からない」部分もあります。国民が「分からない」と感じていることについて会長はどうお考えですか。

(日本歯科医師会・大久保会長) 
よく分からないという外からの反応に対して、中にいる私たちは謙虚に耳を傾ける必要がありますし、なぜ分からないと言われるか、しっかりと考える必要があります。
私たちは、「食を通して生きる力を支える歯科医療」という明確な定義を掲げました。しかし、外からはいまだに、一本の歯を治すイメージが強く、落差があるのかなと感じています。
また、費用の問題として、保険と自費について理解がしづらい部分も多いと思います。保険では、機能的な部分は保障しますが、アメニティーというか快適さの強い部分は自費になることが多い。かめるだけでなく、きれいな歯に治したいという要望は多いと思いますが、歯科医療の中身に踏み込んだ説明が十分に社会に浸透していないのが現状でしょう。

(米原)
まず、受ける治療内容がこれでいいのかが分かりません。価格が高くなれば、治療は改善するのか。詰めものが違うと長持ちするのか、自費の入れ歯の方がかめるのか。
歯科が医療科学である以上、かむことを最大の指標にして評価方法を決め、検査によって治療法を検証し、どの治療の方がどう優れているのか明確にすべきではないですか?

(大久保)
確かに検査の部分は非常に少なかったので、状態を客観的に数字で提示していくことは大切だと思っています。診療報酬でも医科に比べて検査の項目が少なく、反省する点でもあります。
歯科医療界では、唾液検査や咬合力を図る研究も進んできており、さまざまな機械・材料・新しい考え方が登場しつつあります。これを示していくことによって、患者さんの理解を求めていくことは有用だと思います。
また、これから取り組みたいことは、高齢者になってかめなくなる前兆を何らかの形でキャッチできないかということです。口の中にこのような状況が表れたらそろそろかめなくなる基準というようなデータがないので、取り組んでいきたい。
全身との関係を知ってもらうにもデータは必要になってきます。

20120608_2.jpg(米原)
医科では、ずっと科学的根拠に沿った診療が主流でした。一方、歯科医療は、自分の受けている治療の科学的根拠の説明がありません。そこが患者の不安の一つです。科学的根拠が出てくれば、それに応じた歯科医療が求められてくるはずです。

(大久保)
そのとおりだと思います。しかし、歯科医療の根底にあるものはナラティブ(人生の物語)だと思っています。生活を支える以上は、患者さんとの信頼関係に基づくコミュニケーションが第一でしょう。そのナラティブを実現するためのEBM(科学的根拠に基づく治療)を構築するのが遅れていたことは確かです。
平成元年に8020運動ができましたが、20本あれば何でもかめるということは経験的に分かっていましたが、科学的根拠はありませんでした。第1回のシンポジウムのテーマはまさに「伝承から科学へ」という象徴的なものでした。
その後、宮古島で15年、新潟や岩手で10年のコホート研究を経て、歯数と健康寿命の関係がここ数年で分かってきました。現在は、この結果を国民に知ってもらおうと努力しているところです。

【治療から予防へ】

(米原)
次期健康日本21における8020の達成目標は50%、歯科の目標はずいぶんと引き上げられますね。

(大久保)
達成のためにはリスクの高い人を守っていくアプローチが必要になってくると思っています。特に歯周病という難題を克服することが鍵をにぎっています。
歯周病を本当にコントロールできるのは、初期の状態ですから、どのように初期の段階で見つけていくのか。昨年できた歯科口腔保健法とドッキングさせることで、30歳以上の成人の歯周病を初期の状態で発見し、治療と管理ができるシステムを作っていければと思っています。
予防と治療と予後管理を一体化させるモデルを、医療の先駆けとして歯科が行えるのではないでしょうか。

(米原)
診療報酬の在り方を見直すことも一つの手ですよね。病気を治して報酬をもらうことから脱却し、予防を評価することはできないのでしょうか。

(大久保)
今年の代議員会でも、これだけ歯科の予防技術が発達しているのだから、診療報酬に入れたらよいのではないかという意見がありました。面白い視点だと思います。人間ドックのようなものすべてを保険の対象にするのかなどの議論は別にして、例えば、むし歯予防という観点から言えば、0歳から中学校卒業まで、保険に一次予防のコストも含めたモデルを作るなども可能と思って検討しているところです。
これからは、患者の意識を「自分で健康を維持する」という方向にシフトさせていかなくてはいけませんが、現在の保険とは少し齟齬が生じています。

(米原) 
例えば、「この地域の7割の方をむし歯ゼロにします」などと目標を待合室に掲げている歯科医院を取材したことがあります。歯を守るというその歯科医師の理念が見えましたし、予防的に通院する人が増えていました。
歯科医療を通じて歯科医師は何をしたいのか、マニフェスト的な掲示があれば、患者の安心にも意識の変化にもつながると思うのです。

20120608_3.jpg(大久保)
高齢者が増える社会において、歯を残すことで健康寿命が延ばせることをどのように訴えていくのか。私たちのアピールの仕方が大きな課題になっています。歯科医師会では国民に向けた本を発行しています。1冊は、生活の医療という高齢者に対する歯科医療を取り上げています。高齢者に対する歯科医療を取り上げることは、そこに歯科の実態が顕著に表れるのであり、実は全世代に通じる歯科医療の在り方です。
会員が同じ方向を向いて取り組んでいくために、土日で全国を回り、都道府県の役員に訴えかけ、理解をしてもらっています。
「生きる力を支える生活の医療」という歯科医療の目的は、ずいぶんと浸透してきたと思っています。ある程度全国の会員の手応えが出てきた時点で、歯科医師の目的、宣言をどこかで打ち出したいと思っています。

(米原)
ぜひ、待合室に掲げられるようなものを作ってほしいです(笑)。

【患者が安心できる歯科医療に何が必要か】

(米原)
半年の取材を通して、もっと患者の「分からない」、不安、相談、苦情に応じる場所が必要だと感じています。歯科医師会の会員の診療所に通院すれば、歯科医師会で相談やセカンドオピニオンなどが受けられるようにすることはできないのでしょうか。

(大久保)
都道府県歯科医師会には相談を受け付ける担当理事がいるのですが、それは何かが起きた時の対応が多い。今後は、治療を受ける人、治療中の人の悩みまで対応していく必要があるでしょう。歯の衛生週間のイベントなどで、相談窓口を設けると、ものすごい数の人が相談を受けにきます。そのようなことを考えると、疑問や相談に応えられる常設的な窓口は必要かもしれないですね。

(米原)
もう一つ、歯科医師会に求められていると思うことがあります。歯科には、他の業界に比べて、自律的な指導という面が足りない気がします。インプラントの問題にしても、歯科医師会や歯科医学会が最初に動くべき問題でしょう。医療問題のはずなのに、消費者問題、社会問題としてスタートしてしまったのです。
そういった意味でも、相談や検証の場を設け、第三者を入れたり、患者の声を反映させるシステムが必要ではないでしょうか。医科ではそれがずいぶん進んでいるように思います。

(大久保)
今までは医療と一線を画すところが歯科にはありましたが、これからの時代は、それでは通用しないと思っています。安全は当たり前ですが、安心は相手の思いが入ってくる問題ですから、相手の安心のレベルを測っていく取り組みも必要になるかもしれません。
インプラントも情報をキャッチして対応することが遅れたことについては、会として反省し、今後の課題として重く受け止めています。これまで技術面は究極的には個人の責任でしたが、歯科医師会は知りませんという話は通用しないと思っています。

(米原)
これまでの取材を通して国民の安心を実現するためには、私は三つの側面が必要と感じています。
一つは、治療の可視化。科学的根拠に基づいた診療を受け、検査によって治療内容を検証して、患者が治療の結果、こうなったと分かる診療です。
二つ目は、歯科医院の立場表明です。金儲けのためではなく、何のために仕事をしているのかが患者に明確に伝わること。
さらに三つ目は、何かトラブルがあった時に中立的と思える第三者的な団体が相談に乗ってくれる、守ってくれるという保証だと思います。

(大久保)
そうですね。歯科医療の目的は、生涯をかけて、食べることを通して、生きることを支えることです。そこをわれわれが自覚して、外に向かって明確にどう発信していくかに歯科医療の未来はかかっていると思います。在宅を推進するにしても、何のために取り組むのかが明確でなければ意味がありません。歯科が狙うべき課題がこれほど取り上げられるようになったのも、歯科に対する社会の需要が増している証拠ではないでしょうか。
国民の声、社会のニーズに応えられる歯科医療の実現を目指して取り組んでいきたいと思います。

【~対談を終えて~】

今回の対談は、業界紙「日本歯科新聞」からの提案によるもので、国民の目線で大久保会長に問うて欲しいというのがその趣旨でした。こうした対談企画が組まれること自体、業界が今、大きく変わろうとしていることを意味しています。
大久保会長は2006年に就任後、社会の中での歯科医療の役割を訴えて8020運動を思想として進めてきました。その8020も今や達成率38.3%。歯を残すことに重点を置いた歯科治療の考え方は定着し、治療の随所に浸透してきています。この方向に乗って、治療・予後管理に加えて予防に踏み出すのであれば、前のブログにも書いたとおり歯科医療の大きな転換です。歯科医療は本当に歯を残せるようになるか、引き続き注目したいと思います。

今回、僭越ながら、患者が安心して治療を受けられるための方策として、対談末尾のように3つのことを提示しました。このうち2つは、会長も似たような考えを持っていると感じましたが、自律的な取り組みについては今後の課題という印象でした。
しかし、私たちに意見をくださる歯科関係者の多くは、歯科医療の現状に危機感を抱き、患者と向き合っていきたいと訴えています。患者と歯科医師、そして業界としての歯科医療界を、信頼の連鎖でつなげることができるかどうか、歯科医師会に今後求められるものは大きいと感じた対談でした。

投稿者:米原達生 | 投稿時間:06時00分

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