2018年04月10日 (火)ペットの血液が足りない
※2018年3月20日にNHK News Up に掲載されました。
「愛犬が病気で輸血ドナーを探しています」。病気になったペットを救いたい飼い主からの切実な呼びかけです。ネット上では今、こうしたツイートが散見されるようになりました。何が起きているのか。取材を進めると、ペットの輸血をめぐるある事情が見えてきました。
ネットワーク報道部記者 後藤岳彦・高橋大地・飯田暁子
<ネット上で「血液求む」>「愛犬が病気で輸血が必要な状態です」
「中型犬から大型犬のオーナー様で、輸血にご協力いただける方を探しています」
今、病気で苦しんでいる犬の飼い主からのこうしたツイートをネット上で見かけることが多くなりました。なかには1万リツイートを超えて拡散するケースもあります。
「○○の病院に献血ができる犬がいたはずです。相談してみてはどうでしょうか」
「距離が遠いので協力はできませんが、輸血ができるわんちゃんが見つかることを祈っています」
ツイートには、各地の愛犬家から対処法や犬の回復を祈る声も寄せられ、関心の高さがうかがえます。
<動物医療の現場では>
動物の医療現場でペットの輸血をめぐって何が起きているのか。複数の動物病院に取材すると、輸血用の血液の確保に苦労している姿が見えてきました。
このうち、奈良県のある動物病院では、輸血用の血液を採血するため、10頭の犬に、ボランティアで「ドナー登録」をしてもらっていました。
しかし、最近は小型犬を飼っている人が多く、採血できる量が大型犬よりも限られるため、実際に採血できる犬は大型の4頭だけだということです。
その大型犬でも、採血できる量は体重10キロの犬で100ccほど。特に高齢の犬は体への負担が大きいため、1歳から8歳までの犬に限っているということです。なかにはボランティア登録をしている飼い主と連絡が取れず、血液が足りなくて輸血を断るケースもあると言います。
また、埼玉県入間市の埼玉動物医療センターは、血液が必要になった時に備え、数頭の「供血犬」を飼育していました。いずれもラブラドール・レトリーバーやロットワイラーなどの大型犬で、ふだんは病院のスタッフが自宅で飼い、急に血液が必要になった時は病院に連れてきて採血するということです。供血犬(写真提供 中山獣医科病院)
林宝謙治院長は「犬の医療も高度化し、けがのほか、病気の治療・手術で輸血が必要なケースは毎日のようにある」と話します。
ただ、こうした供血犬の場合でも、犬の負担を考えて、一度採血したら1か月以上、間隔を空けるようにしているため、常に十分な血液の確保は難しいということです。
林宝院長は「協力してもらって集めた血液を凍結するなどして保存しているが、保存できる期間はそれほど長くない。日々、綱渡りの思いです」と話します。
<延びるペットの寿命>
輸血が必要となるペットはなぜ増えているのか。一般社団法人ペットフード協会の調査によりますと、国内で飼育されている犬と猫は去年の時点で1844万6000頭と推計されています。
このうち、犬は892万頭、猫は952万頭余りに上っています。平均寿命は、平成23年が犬が13.85歳、猫が14.39歳でしたが、去年は犬が14.19歳、猫が15.33歳まで延びました。
輸血のニーズが高まっている背景には、医療技術の向上などに伴ってペットの寿命が延びていることがあります。寿命が延びれば延びるほど輸血の需要は増す。しかし、飼いやすさなどから小型犬を飼う人が増えたため、採血の量は限られる。取材からはこうした事情が浮かび上がってきました。
<海外では「血液バンク」も>
海外に目を向けると、例えばスウェーデンでは、手術を受ける犬などに血液を提供する「犬の血液バンク」のネットワークが広がっています。しかし日本には、こうした血液バンクはありません。
奈良市の中山獣医科病院の中山正成会長によりますと、アメリカでは、大学の動物病院が主体となって寄付を集め、ボランティアの支援も得ながら犬や猫の「献血用バス」を巡回させているということです。ただ、1回の採血量が限られる小型犬を飼う人が増えている日本では、バンクを作っても必要な量は集まりにくいのではないかと見ています。中山正成さん
中山さんは「輸血で救える命はたくさんある。緊急時でも輸血用の血液が安定して供給できる体制の構築が必要ではないか」と指摘しています。
<安全性との兼ね合いの中で>
なぜ日本では、ペットの輸血用血液の確保をボランティアでの献血や供血犬に頼らざるをえないのか。
農林水産省によりますと、獣医師が供血犬などから採血して自分の動物病院で輸血する行為は、医師の裁量で行う限り問題はないということです。しかし、採血したものをほかの動物病院などの施設に供給する際には、血液の安全性や品質などを確認した上、国の承認を受ける必要があるということです。
<「人工血液」の開発も>
動物の輸血用の血液をめぐっては、研究機関が、安定した供給体制を構築するためのガイドラインの案を公表したほか、今月には、中央大学理工学部の小松晃之教授の研究チームが、猫用の「人工血液」の開発に成功したと発表しました。このチームは、おととし、犬用の「人工血液」も開発しています。「人工血液」
少子化などを背景に飼い主とペットとのつながりは以前よりも深まっているとされ、今では“ペットロス”ということばも知られるようになりました。ペットの寿命が延び、今後も飼い主との絆は強まることが予想され、人生の長い時間をともに過ごす犬や猫の命を救う取り組みに注目したいと思います。
投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:16時09分