中村半次郎・大野拓朗さん

薩摩藩士

中村なかむら半次郎はんじろう
大野おおの 拓朗たくろう

貧乏郷士の家に生まれた半次郎は、「唐芋侍」「紙すき侍」といやしめられた。
独学で剣術を極め、軒下の雨粒が地面に落ちる間に、3度刀を抜き差ししたという逸話もある「天才的な剣術の腕」でのし上がり「人斬り半次郎」として恐れられた。西郷と出会い、身分や家柄に関わらず、能力で人を登用する西郷に心酔し、幕末の動乱のなか、西郷の右腕となり薩摩藩の中核として存在していく。
後年は、桐野利秋と名乗り、日本最初の陸軍少将となる。明治新政府で大久保と決裂した西郷が下野するとき、桐野も鹿児島に帰り、私学校立ち上げの中核となる。最期は、西郷とともに西南の役で死す。