第10弾

視覚障害者マラソン × ましろ日

香川まさひとさん(原作)×道下美里さん(視覚障害者マラソン選手)×河口恵さん(伴走者)インタビュー

“走ることで仲間と出会い、可能性が広がった”

今回のアニメ制作前、原作の香川まさひとさんが視覚障害者マラソン選手の道下美里選手と伴走者の河口恵さんに取材されました。

そもそもの話なのですが、見えない状態で走るのは怖くないですか。

道下 やっぱり怖いですね。普通、見えない状態で走ると、恐怖心で上半身が縮こまってしまうと思います。

香川 僕は同行援護の資格を取ったんですが、アイマスクを付けて電車やバスに乗る体験をしたとき、不安が身体に直接きて、乗りもの酔いをしてしまって……。怖かったですね。見えない状態って、情報がない状態なんだと実感しました。

道下 河口さんも、私と一緒に活動し始めたとき、アイマスクを付けて山登りをしてくれたんですよ。しかも、私が走るペースで。それ以降、伴走中の声かけがすごく変わりました。今では本当に、目が見えているかのように走らせてもらっています。

河口 実際に体験したのは大きかったです。そこから何回も練習を重ねていくうちに、声かけが分かってきました。

レース中は、どんな声かけをしてもらっているのですか。

道下 例えば、たくさんの人がワーっとしゃべっていると怖いので、「大丈夫!」。道に大きいデコボコがあるときには、「足を上げて!」。路面にオレンジ色の距離表示があると、オレンジ色の物体が迫ってくるように感じてしまうので、「オレンジ無視!」と言ってもらうとか。いろいろあります。

香川 伴走者の方は何人かいますけど、言い方はそれぞれ違うんですか?

道下 同じにしてもらっています。私が不安に感じたことを共有して、どういう声かけをするべきかミーティングして、「共通用語」を作っているんです。

安心して走れるように、声かけを常に改善しているんですね。

香川 道下さんは過去のインタビューでも、「困りごとがあったら言葉にするのが大切」とおっしゃっていましたよね。言葉にすることで、誰かが助けてくれるかもしれないと。

道下 これでも、目が不自由になった当時は伝えることが怖かったんです。伝えても分かってもらえないんじゃないか、めんどくさいと思われてしまうんじゃないか、という気持ちが先立ってしまって……。でも、本当に信頼できる親友に話したとき、「なんで言ってくれなかったの?」「サポートするよ!」と言ってもらえて、伝えていいんだと思えるようになりました。
特に、競技として視覚障害者マラソンをするうえでは、我を出さないといけません。まだまだ葛藤しながらですが、見える人と見えない人の間にある壁をぶっ壊しています(笑)。

ちなみに、レース中は常にやりとりしているのでしょうか。

道下 話すのも聞くのもエネルギーを使うので、私たちの場合、短い言葉でポイントだけ伝え合う形にしています。
あえて、やりとりしない場面もありますね。例えば、レースの中盤で伴走者が交代するとき、伴走者ふたりだけで私に分からないように情報共有しています。私のコンディションを表した数字とか、他の選手とのタイム差とか、一瞬でひっそりとやりとりしているんです(笑)。

香川 道下さんのメンタル面に配慮しているんですね。言わなくていいことを言う必要はないと。

道下 伴走者は、冷静かつ臨機応変じゃないといけないんです。どこで勝負を仕掛けるかの判断も、事前のプランを踏まえながら、伴走者が私の顔色からレース全体の状況まで総合的に見て、相談してくれます。

伴走者にはいろんな役目があるんですね。

道下 もはや、河口さんには私のメンタルサポートまでしてもらっています(笑)。ダメな私をたくさん見せてしまっているんですが、それでも一緒に練習してくれる、一緒に戦ってくれる。本当に頼れる仲間です。“チーム道下”には10人ほどメンバーがいますが、河口さんがキャプテンなんですよ。

香川 キャプテンは道下さんじゃないんですね。

道下 普段の練習でも、河口さんに助けられています。レース本番を担当する伴走者と会えるのは月に1~2回ですが、河口さんは週4回くらい私と一緒に走ってくれるんです。

河口さんは、どうしてそこまでできるのでしょうか。

河口 道下さんと一緒に戦いたいから……ですね。一緒に金メダルを獲りたいです。

香川 ちょっと、ゾゾっとしました。河口さんはもともと、実業団で走っていたんですよね?

河口 そうです。実業団を引退して、「走るのはもういいかな……」と思っていたときに、道下さんと出会いました。このチームに入って、走りたい気持ちを思い出しましたし、本気の仲間がたくさんいるから、「一緒に戦いたい」と思うようになったんです。

香川 僕が連載していた視覚障害者マラソン漫画『ましろ日』でも、そういう部分を描きたかったんですよ。レース本番に出るのは二人だけど、それ以前にチームとして切磋琢磨しているんだと。河口さんから見て、道下さんはどんな存在ですか?

河口 尊敬する部分が大きいです。本気で戦っていることが伝わってくるので、「私も頑張ろう」という気持ちにさせてくれます。

道下 河口さんは最近、個人でも大会に出ているんですよ。この間は、大きな大会で2位になりました! どんどん記録を更新しています。

河口 余裕をもって伴走できるようになりたい、という目的意識もあるんですが、楽しくなってきちゃって(笑)。もっと記録を伸ばしたいです!

道下 私もそこから刺激をもらっているんです。やっぱり20代には負けたくない!(笑) スピードでは負けるけど、距離では絶対勝ちたいと思っています(笑)。

チームとしていい状態にあるのが分かりました。とても心強いですね。

道下 どんな時でも絶対に支えてくれる人がいる。それが、私の強みなんです。仲間と一緒にいると、どこか強い気持ちになれて、また走れるんですよね。

香川 道下さんは本当に強くて、もはや1位を取るのが当たり前だと思われていますよね。東京パラリンピックの金メダルや、視覚障害者マラソンの記録更新にも期待がかかっていますけど、プレッシャーを感じることはありますか?

道下 相応の練習をしているので、それほどプレッシャーはないですね。東京パラリンピックに向けて、できることをコツコツやっていきたいと思っています。常にチームでミーティングをして、課題を洗い出して、新しいトレーニングも取り入れているところです。

東京パラリンピック後は、どんなことをしたいと考えていますか?

道下 競技者を続けるかどうかは、走り終わった後に決めたいと思います。でも、走ること自体は80歳まで続けるつもりです。それが私の夢なので!
あとは、講演会などで視覚障害者マラソンを広められたらいいですね。私は走ることで出会いが広がって、そこからいろんな可能性が広がりました。走ることで仲間もできました。視覚障害の本質って、移動障害と情報障害なので、仲間ができたらいろんなことできるんですよ。そんなことを発信していきたいです!

本日の取材は以上です。ありがとうございました。


取材後、香川先生に感想を伺いました。

道下選手と河口さんに取材してみて、いかがでしたか。

香川 道下さんも河口さんも、すごく魅力的な方でしたね。それは視覚障害者マラソンを通じて得た魅力でもあると思うので、今回のアニメでもうまく伝えられたらいいなと思いました。

アニメを作るにあたって、カギとなるような着想は得られましたか?

香川 お二人がおっしゃった、「一緒に戦っている」という言葉ですね。視覚障害者マラソンって、そういう思いが特に見える競技だと思うんです。レース本番はもちろん、普段の練習から一緒に戦っているんだと分かりました。
ブラインドランナーと伴走者って、夫婦やカップル、家族にも見える濃密な関係ですよね。ある一瞬を見れば、指示をする側、される側になっていますが、局面によって立場が入れ替わるんだと感じました。それって、すごくいい関係ですよね。

今回のアニメを通じて、視覚障害者マラソンの競技人口が増えたらいいですね。

香川 そうですね。将来的に、視覚障害者の方が伴走者と一緒に走る光景が、どこの街でも見られるようになったらうれしいです。視覚障害者マラソンは、視覚障害者の人を助けるのではなく、あくまでチームで戦うスポーツ。そのおもしろさを、アニメで表現できればと思います。

本日はありがとうございました。