2011年12月12日 (月)障害者に手を届かせていたら


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東日本大震災で犠牲になった人たちの中には障害を持った人たちも大勢いました。かつて養護学校の校長をしていた元教諭が、当時の教え子たちの安否を尋ねて回ったところ、障害を持った人たちがほんのわずかなところで亡くなっていたことがわかりました。

■ この元教諭は

 福島県点字図書館館長の中村雅彦さん(65歳)です。中村さんは、福島県いわき市にある県立平養護学校に教員として、その後、校長として2度の勤務経験があります。いわき市は、震災による津波で300人を超える人たちが亡くなったり、行方がわからなくなったりしました。中村さんは、震災直後から、教え子たちの安否を訪ねて回りました。もらった年賀状をたよりに消息を尋ね歩くうち、教え子の車椅子の青年が犠牲になったことを知りました。そこで、今回の震災で、障害を持った人たちがどうなったのかを調べる必要があると考え、福島県内の被災地を回って聞き取り調査を続けています。

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■ 聞き取り調査でわかったことは

 「あと少しの支援」があったら犠牲になった人たちの命を救えた可能性があったことでした。中村さんは、これまでに▽視覚障害8人▽聴覚障害5人▽知的障害9人▽運動機能障害6人▽自閉症などの発達障害3人のあわせて31人について聞き取りを終えました。この中の5人が亡くなりました。中村さんは、聞き取り調査で「運がよかったから助かった」「運悪く犠牲になった」という話を何度も耳にしました。しかし、運、不運で片づけることはできないのではないか、というのが思いです。「あと少しの支援」を届かせていたら、救えた命があったのではないかと感じるようになったということです。

■ そうしたケースの一つが

 いわき市の30代の男性の場合です。この男性は、4.5キロの人工呼吸器をつけての電動車椅子の生活でした。24時間の介護を受けていましたが、自由な時間がほしいと週に3日、一日に90分間だれにも邪魔されない時間をつくっていました。この時間に津波が襲ってきたのです。親族が駆けつけた時にはすでに津波が押し寄せてきていて、手がつながりかけたのに波にのまれてしまったということです。近所の人たちが、この男性の身動きのとりにくい状況を知っていたら、助けられたかもしれないと中村さんは言います。

 もう一つのケースは

 相馬市の18歳の男性の場合です。軽度の知的障害があるこの男性は、養護学校からの下校途中にバスの中で地震にあい、帰宅後に津波に襲われました。一緒に住む祖母が外で壊れた瓦の片づけをしているうちに津波がやってきて、自宅二階の部屋から逃げることなく津波に巻き込まれてしまいました。男性は、一人でバスに乗って通学ができ、買い物もできましたが、指示がないと自分で行動するのが難しかったということです。中村さんは「周りの人が"逃げろ"と声をかけてあげさえすれば避難できたかもしれなかったのに残念だ」と話しています。中村さんが「あと少しの支援」と言うのは、周囲の配慮があれば助かったかもしれないという意味です。男性は間近に控えた卒業式を迎えることができませんでした。

■ 統計上から

 障害を持った人たちが震災の被害にあった割合が高いことがわかりました。中村さんが福島県社会福祉協議会とともに沿岸の10の市と町に調査したところ、身体障害者手帳を持つ人の震災による死亡率は0.4%でした。持っていない人が0.31%でしたから3割高かったことがわかりました。また、震災後、3月12日以降8月末までの間に身体障害者手帳を持った人がどれぐらい亡くなったのかを去年の同期と比較してみると、比較可能な4つの市と町で15%ほど死亡率が高くなっていることがわかりました。原因はハッキリしませんが、中村さんは「避難生活のしわ寄せが障害者に現われているのではないか。生活の改善に手を届かせる必要がある」と話しています。

■ 今後の課題として

 中村さんは①「向こう三軒両隣の支援システム」の構築、②障害を持つ子への防災教育、③地域の情報共有をあげています。
 ①障害者のいる家庭の「向こう三軒両隣」の人たちがふだんから声をかけ合う支援システムが必要だと言います。今回の震災でも、実際に近所の人が「避難しろ」と大声で叫んだり、障害のある人を強引に引っ張りだしたりして助け出したケースがあったということです。②防災教育の必要性も強調しています。とりわけ海のそばに暮らす知的障害を持つ子に対しては、小さい時から「地震があったら津波が来る。高台に逃げるように」と繰り返し教えておく必要があるとしています。③地域の障害者情報の共有については、個人情報保護法とのかねあいが難しい問題ですが、最近の教育界のようにことさら情報の保護ばかりを強調し過ぎて、情報の共有がおろそかにならないようにすべきだとしています。中村さんが指摘するように情報保護の「過剰反応」に陥って、命が救えなくなるのは本末転倒ではないかと思います。
調査結果を今後の教訓として生かしてほしいと思います。

hayakawa.jpg早川信夫(はやかわのぶお) 1953年福島県生まれ

教育・文化担当の解説委員。臨時教育審議会以来、20年にわたり教育一筋に取材を担当。解説番組「時論公論」やおはよう日本「おはようコラム」、スタジオパークからこんにちは「暮らしの中のニュース解説」などの番組で、教育問題のエキスパートとして活躍中。

投稿者:解説委員 | 投稿時間:11:24

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