2009年12月18日 (金)いぶり・ひだかウィーク 【森田 美由紀】
まるごとニュース北海道、先週は「いぶり・ひだかウィーク」。
11日は私が洞爺湖町の火山科学館からお伝えしました。
2000年3月の有珠山の噴火から間もなく10年。
大きな災害も時が経ち復興が進むと、少しずつ記憶が薄れていくものですが、洞爺湖町では、熱泥流でめちゃめちゃに壊れたアパートや公衆浴場。
泥流に押し流された国道の橋など、噴火のすさまじさを物語るものをそのまま
残し、火山の遺構としています。
噴火口までの道も整備され、間近に見ることができます。
その噴火口から温泉街を見るとその近さにショックを受けます。
わずか300メートルほどのところに、あのアパートがあるのです。
有珠山はほぼ30年の間隔で噴火を繰り返していますが、毎回地震など兆候があり、2000年の噴火の際も、前兆をとらえて、すべての住民が避難したため、一人の死者も出しませんでした。
しかし、年間300万人が訪れる温泉街のホテルや土産物屋などは被害を受け、観光客が激減。家や仕事を失い、温泉街に暮らす人は2400人から半分にまで減ってしまいました。
町の人たちは、ここでみんなで力を合わせて乗り越えなければ、温泉街がなく
なってしまうと、遺構の整備をしたり、全国キャラバンをしたりして、3年後には噴火前の9割近くの観光客が訪れるようになったのです。
今年、大地の変動を実感できる場所として、日本初の「世界ジオパーク」に認定され、今後は地域が一丸となって、有珠山の恵みをPRしていくということです。
30年に一度噴火する山と共に生きることについて「私たちは噴火の一年のマイナスを残りの29年でプラスにするんです」と話す温泉街の方の言葉が印象に残りました。
投稿者:森田美由紀 | 投稿時間:17:44
コメント
2000年の有珠山噴火から来年で10年なのですね。ちょうど
その時は小渕首相(当時)が倒れた最中だったのでよく覚えていま
す。私の生まれ故郷の神戸も来年で阪神大震災から15年です。
神戸は震災当時は荒廃していましたが、いまは復興してきれいな街
になっています。有珠山のある洞爺湖町も神戸も噴火や震災のマイ
ナスを、人々の助け合いや努力・様々な取り組みなどによってプラ
スにしていった10年、15年だったと思います。森田アナが胆振
・日高ウィークに「有珠山噴火から10年」を特集したことは意義
深かったと思います。
投稿日時:2009年12月18日 18:51 | 橋田よしき
森田さん。いつもありがとうございます。
このような現実をどんどん報道して頂きたいです。
現実を知らない方が多いですから。
数字で示すと説得力がありますね。
これからもよろしくお願い致します。
投稿日時:2009年12月30日 09:54 | 万華鏡
森田 美由紀 さま
毎日拝見させていただいております。私が森田さんのブログを発見させていただいたのが今年の6月ですから遅すぎましたが・・・。
有珠山噴火・・・、あれは2000年3月31日のことでした。もう10年の時が経つのですね。桧山地方に住んでいた私儀は近かったこともあり、札幌に行くのに函館本線が迂回ルートをしなければならなくなるなど、交通機関も大変だったのを覚えています。森田さんのレポートはホント説得力があり、改めて他人事ではなかったあの時の災害を10年前にタイムスリップしたかのように思い出させて下さいました・・・。現地の方々はさぞかし大変な想いをされたのがまるで昨日のように思い出されます。
私は北海道を離れた今でも6年間にわたる桧山地方で教職をとらせていただいた毎日を忘れることはできません。かつての面々を訪ねがてら毎年のように訪れています。今年の冬にも札幌市を訪ねました。それまで狭い世界しか知らなかった自分の人生観を劇的に変えてくださった北海道には感謝申し上げます。洞爺湖町も今はすっかり個人的には“あの綺麗な洞爺湖”が戻ってきたように一昨年一人旅したときに想いましたが、森田さんの深い印象となられた「噴火の一年のマイナスを残りの29年でプラスにするんです」現地の方々にとっては復興の一歩にしかまだ過ぎないのですね・・・。
投稿日時:2010年07月11日 14:16 | 茨城県出身の第二の故郷北海道大好き!


