2009年05月26日 (火)函館ウイーク 【森田美由紀】
5月、NHK北海道は「函館ウィーク」と題して道南地方の魅力を集中的にお伝えしています。「まるごとニュース北海道」も22日(金)、私が函館からお伝えしました。
今は資料館となっている青函連絡船摩周丸からの中継です。函館といえば夜景。この日の日没は6時57分。夕暮れから夜景が輝きだすまでを最上階の甲板からお伝えする予定でした。
しかし、数日前には曇りだった函館の予報が前日には雨マークに。当日朝、空港に降り立ったときから冷たい雨。でも、私はかなり強力な晴れ女。傘をさしながらの中継はほとんど記憶にない上に、札幌から同行したプロデューサーも強力な晴れ男。 「本番までには晴れる!」と期待をこめて準備を始めましたが、午後になって雨足は強まり、風も出てきて、結局、晴れペアの力及ばず、摩周丸の中での中継に変更になりました。
条件は悪いが、少しでも魅力的な函館の姿を放送したい。現場の皆が知恵をしぼり、カメラ位置などを工夫した結果、6時58分、番組の終わりには、やわらかい光がきらめく函館の街並みが浮かび上がりました。
大都会の摩天楼とは違い、一軒一軒の家やいか釣り船などの暮らしの灯りが、きめ細かな美しい函館の夜景を作り出していました。
開港から150年。これからも街の灯りが明るく輝き続けるように。願いをこめて中継を終えました。
投稿者: | 投稿時間:19:36
コメント
私は函館には92年に大学のゼミ旅行で訪れました。お洒落で美しい街でしたが、私は街の人々の心の温かさも感じました。
私の生まれ故郷は神戸で函館と同じ港町です。潮の香りと宝石箱のような夜景は函館と神戸に共通します。晴れた函館もいいですが霧のたちこめる雨の函館も演歌の世界だと思います。
でも番組終盤に太陽の光が差すなんてやっぱり森田さんペアは晴れ力をもってるんですね。
投稿日時:2009年05月28日 20:14 | 橋田よしき
日仏交流150年で、恵比寿の日仏会館に行き、横浜開港150年で氷川丸に乗りました。函館も、やっぱり、開港150年なんですねぇ。
投稿日時:2009年06月17日 00:25 | 夢うさぎ塾
ご無沙汰しております(*^_^*)
お元気そうで何よりです。
またブログに遊びに来ます!!!
これからも森田美由紀さん応援しております。
投稿日時:2009年07月22日 13:30 | オペラ君
森田 美由紀 さま
いつも御多忙の折、カキコミやお手紙を差し上げております。ほんとうに恐れ入ります。
函館市・・・私にとっての6年にわたる「北海道時代」、夢舞台となったあの北の大地の“扉”を切り開く22歳大学4年生の8月中旬だったと思います。私にとっての生涯初の北海道!教員採用試験の2次試験で初めて北海道の地を踏んだときでした。羽田空港が気温 32℃、函館空港は22℃と表示されて、降り立った瞬間、なんて言うんでしょうか・・・空の色の違いから何もかもが本州と違うぞ・・・。確かに津軽海峡にプラキストンラインが存在するのですから空の色も地面の色も・・・何もかもが違って当然ですよね。湯ノ川温泉の宿に一泊して函館中部高等学校さんに試験を路面電車に乗って行ったもう15年以上も前の出来事でした。森田さんのおっしゃる「大都会の摩天楼とは違い、一軒一軒の家やいか釣り船などの暮らしの灯りが、きめ細かな美しい函館」これ以上無い形容としかないと断言できます。後に桧山支庁爾志郡熊石町に6年間お世話になった自分には、毎年北海道をかつての仲間達に旅して函館空港で出迎えてくれる元同僚、当時の純朴な熊石町(現八雲町)の熊石第二中学校の子供達を我々職員で遠足で引率した数々の想い出、「きらびやかな美しい漁り火や函館山からの夜景とともに共存する港町」・・・当時何も判らなかった自分はガイドブックで約30万都市と記載されてましたが、内地の30万都市と全く違った人口などを感じさせない“上品な海の街”とでもいうのでしょうか。それが森田さんの投稿された文章全てに他なりません・・・。さすが森田さん・・・一瞬にして想い出させてくださるのですから・・・。昨年の今頃は(毎年そうでしたが)函館入りして道南を中心に従来の「旅」の仲間達とともに“夢舞台北海道”を満喫しておりました。次に函館入りする日もそう遠くはありません。
投稿日時:2010年08月05日 18:14 | 茨城県出身の第二の故郷北海道大好き!
森田 美由紀 さま
拝啓
しばしの休暇で、オーバーホール中かと想います。
どうか、お身体万全でまたブラウン管に年々輝きを増す森田さんの姿とともにあのクリアでハートウオーミングな声が戻ってくるのをいつまでも待っております。
函館・・・私儀教員生活15年目にして(2年前より考えておりましたが)燃え尽き症候群(医学的には睡眠障害)で療養休暇の運びとなりました。
医師からは思い入れの強い第二の故郷北海道函館でこれまで頑張ってきたのだから、社会人としての基礎を作ってくださった函館市にかつての面々に伺うのがベストだと言われました。その必要性は感じていました。
初めての北海道、当時の子供達を引率した遠足での数々の一コマ、個人的な用事で何度も訪れた思い入れの強い函館市・・・睡眠障害を慢性化させた今の私には初任地となる桧山支庁熊石町(現渡島支庁八雲町)とともに一番の場所なのだと改めて痛感いたしました。まさに「小さな旅」の計画中です。
草々
投稿日時:2010年08月30日 20:33 | 茨城県出身の第二の故郷北海道大好き!


