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インタビュー

国衆・室賀正武を演じる西村雅彦さん。
昌幸と長い付き合いゆえに感じることとは!?

 

正直で素直な男。室賀正武

室賀正武については、正直「誰だろう?」という状態でした。資料を取り寄せようと動いてはみましたが、ほとんどなく、演じる手がかりがありませんでした。

真田昌幸と室賀正武は幼なじみ。しかし室賀側から見たら、二枚舌、三枚舌の昌幸はなんて嫌なやつなんだろう。こいつは腹黒すぎて友達になりたくない。室賀は昌幸と違って、正直者ではないかと思います。策を弄せず、強い者につき、強者の下を渡り歩いて室賀家を守る。彼がもう少し悪知恵の働く男であれば、また違った形で世に名を残せたのだと思いますが、あまりにも素直すぎたのではないでしょうか。彼は非情ではない。非情さを持っているのは、むしろ昌幸。お家を守るという非情さがあったからこそ、生き残ったのが真田家です。

脚本を読んでの印象は「小物だな」と。そうした状況でしたので、室賀正武という男はどうにでも作ることができると考えました。ですが、室賀正武の末裔の方もいらっしゃいますし、情けないだけの男ではなく、時代をきちんと生き抜いた人物として芝居の中に落とし込みたいと思いました。そして真田に対して、ただの嫌なやつにならないよう、役と作品にきちんと向き合いたいとも思いました。

真田昌幸と室賀正武は幼なじみ。しかし室賀側から見たら、二枚舌、三枚舌の昌幸はなんて嫌なやつなんだろう。こいつは腹黒すぎて友達になりたくない。室賀は昌幸と違って、正直者ではないかと思います。策を弄せず、強い者につき、強者の下を渡り歩いて室賀家を守る。彼がもう少し悪知恵の働く男であれば、また違った形で世に名を残せたのだと思いますが、あまりにも素直すぎたのではないでしょうか。彼は非情ではない。非情さを持っているのは、むしろ昌幸。お家を守るという非情さがあったからこそ、生き残ったのが真田家です。

第11回で信繁と梅の祝言に呼ばれた室賀正武は、忍ばせた剣で昌幸を刺そうとし、逆に殺されますが、もしかしたら昌幸を殺さなかったのかも。室賀正武はそうした男だったかもしれない。と、勝手に思っています。
戦国時代とはいえども、幼なじみに殺されるのですから、室賀正武は悲しい。とても切ない思いになりました。そのシーンに無念さが感じられるように演じることができればいいと思いました。

友達ではない。しかし…

劇団時代から、公演中でも「もう明日から来なくていい。そんな芝居をして欲しくて書いたんじゃない」と言われることもありましたから、ちゃんと役をやらないと次はないと、もしかしたら他の共演者以上に感じているのかもしれません。
三谷さんも言っているように、私たちは友達でもないし、仲良しでもありません。だから「ちゃんと」が何か、と直接聞いたことはありません。けれども同じ劇団の仲間でしたから、そこは自分で考えていかなければならないことだとわかっています。

役によって演じやすい、演じにくいと思ったことは一度もなく、いつも不器用に役と向き合っているだけです。「これは演じやすい役」と言える日が来るのは、いつなのでしょうか……。
劇団時代から始まり、三谷幸喜さんの脚本作品には多く出てきましたが、しばらく時間が経っての出演です。久しぶりに参加させていただいて思うのですが、今回の役も難易度が高い。でも時間が経っていても、きちんと見てくれていて、求めてきてくれることを嬉しく思っています。

劇団時代から、公演中でも「もう明日から来なくていい。そんな芝居をして欲しくて書いたんじゃない」と言われることもありましたから、ちゃんと役をやらないと次はないと、もしかしたら他の共演者以上に感じているのかもしれません。
三谷さんも言っているように、私たちは友達でもないし、仲良しでもありません。だから「ちゃんと」が何か、と直接聞いたことはありません。けれども同じ劇団の仲間でしたから、そこは自分で考えていかなければならないことだとわかっています。

「ちゃんと」その人の人となりが見えてきて、そこから人物を通して見ている人の心を揺さぶることができるよう、「ちゃんと」立体的な人物を形作ってくれよ、というようなことだったりするのでしょう。
室賀正武の立場からすれば、草刈さんの演じる昌幸は嫌なやつ。そんなやつを三谷さんが愛を持って書いて、草刈さんが「人間」となるように演じられているので、さすがだなと思います。昌幸や他の国衆たちとのセリフの掛け合いは、心地よいリズムに乗ってシーンを作り上げるように心がけています。

思い切りよく。時代劇の楽しさ

20年前に『秀吉』(1996年)で徳川家康を演じて以来の大河ドラマ出演です。久しぶりで勝手がわからず、敵地に乗り込んだ気持ちでした。だから、感じの悪い男だったと思います。徐々に慣れましたが、あまり慣れないよう、適度な距離を置こうとしていました。そのせいか、共演者は誰も話しかけてくれず、自分としても何を話したらいいのかわからず……適当な話題というのは社会のことですかね? 経済や国際情勢のことでしょうか? 何を切り口に話題をもっていけばいいのかわかりません。普段から現場ではしゃべりませんし、気を抜くと内にこもる傾向があるようです。

20年前、家康役を演じた時は、すべての人が下々のものに見えてしまうような錯覚を抱くほど、気分がいいものでした。いつかまた、その時代を象徴するような役を時代劇で演じてみたいですね。すべてが小さく見えた家康役の心地よさといったら……。

もし戦国時代に生きていたとしても、内にこもるでしょうね。けれども人ときちんと向き合えないのは嫌だと思ってしまいます。ですから戦国時代のように人を信じられない時代に身を置きたくはありません。それは寂しいように見えます。私は決して寂しい男ではないですよ。自分のことは肯定します(笑)。

20年前、家康役を演じた時は、すべての人が下々のものに見えてしまうような錯覚を抱くほど、気分がいいものでした。いつかまた、その時代を象徴するような役を時代劇で演じてみたいですね。すべてが小さく見えた家康役の心地よさといったら……。

時代劇は楽しいものです。「こうあるべき」というイメージさえ守ればといいますか、形にのっとっていれば、いかようにも料理できる良さがあります。現代劇で求められる「リアリティー」という言葉を越え、思い切りよく、大きな芝居ができるようになります。ダイナミックなほど、見応えを作ることができるのが時代劇であるとも思っています。

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