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インタビュー

前代未聞!? の徳川家康を演じる内野聖陽さん。
注目の役に、どう取り組んでいるかを聞きました!

 

臆病で情けなく描かれた家康

最初に脚本を読んだとき、かなり驚きました。いわゆる戦国の三英傑・家康像とかけ離れた、臆病で、慎重で、情けない部分が誇張されて描かれていましたから。最初は「なんなんだこの家康は?」と悩みました。
三谷さんは家康をいわゆる英雄と考えていない。みんなが知らない人間くさい部分を出してほしいと言われました。「期待しています」とも言われてしまい、「いや、期待されても…」と思ったのですが(笑)。

もともと自分自身、石橋を叩いて、叩き壊して、あげく泳いで渡るような慎重派。そういう私が本来持っているところを見抜かれたのかもしれません。自分が持っている情けなさ、おかしさを、家康役に投影させればうまくマッチングできるかもしれない。そう考えました。

一番の不安は、徳川家の末裔の方々を落胆させるのでは? ということ。撮影に入る前、静岡県・久能山東照宮に参拝に行ったのですが、徳川の末裔の方々は実際に沢山いらっしゃる。何しろ徳川260年の創始者であり、神君家康公ですから、「この情けない家康でいいの!?」と焦りましたよ。けれども徳川家康といえども、普通の人間と同じくご飯食べて、寝て起きて、という生活をしていたわけですから、いろんなことが私たち凡人と重なる部分があっていいのではないかと思うようになった、…というか、思うようにしたのです。そういう意味では人間徳川家康を演じたら、家康公は笑って許してくれるような気がしまして、「自由にやらせて頂きます」と御霊に手を合わせてきました。

なるべく疎ましい存在でいようと

三谷さんの脚本は、一口目の味がいいので、それに踊らされてはならないと常に意識しています。自分なりに家康をイメージしながら、心底真剣に生きて、それが、結果的に変な風に映ったら、三谷さんの仕掛けに応えられるような気がしています。
歴史を勉強してしまうと、どうしても家康は偉大な人だと思ってしまいます。でも『真田丸』の家康は逆に人間的で面白い。あそこまで情けない家康だと、それまでの強固なイメージがはがれていって「もしかしたら、抜けたところがいっぱいあった人なのかもしれない」と思えます。今では「これも、あり」と、ほくそ笑みながら脚本を読んでいます。

『真田丸』では「ぜひ敵役を」という要請でした。その通り、真田家の大きな戦の相手は、すべて家康です。軽快に、現代的に演じられている真田家の皆さんに対し、なるべく疎ましく、煙たい存在になってやろうと思っています。そこが役者としての燃えどころ。脚本ではとてもチャーミングに描かれているのですが、あまりチャーミング過ぎては敵役を背負っている自分の役割は果たせないと思うので、チャーミングでありながらも真田を心から疎ましく思う“いやらしい”策士の部分も大切にしたいと心がけています。

三谷さんの脚本は、一口目の味がいいので、それに踊らされてはならないと常に意識しています。自分なりに家康をイメージしながら、心底真剣に生きて、それが、結果的に変な風に映ったら、三谷さんの仕掛けに応えられるような気がしています。
歴史を勉強してしまうと、どうしても家康は偉大な人だと思ってしまいます。でも『真田丸』の家康は逆に人間的で面白い。あそこまで情けない家康だと、それまでの強固なイメージがはがれていって「もしかしたら、抜けたところがいっぱいあった人なのかもしれない」と思えます。今では「これも、あり」と、ほくそ笑みながら脚本を読んでいます。

この情けなくて人間的な家康が、真田家とどう関わるのかがみどころの一つだと思います。脚本上では、ことさら家康に関しての歴史的事実は描かれてはいませんが、自分で演じる際には事実を盛り込んでいるつもりです。自分で作った家康年表を眺めながら、脚本との兼ね合いを図りつつ、「裏の家康」を深めていっています。シチュエーションの積み重ねで面白くなっていくのが三谷作品。あまり歴史的事実を盛り込んだ家康を前面に出しても仕方ない場合もありますが、かといって深みがないと軽いままの家康になってしまいますから。

個性的な家臣、母のような阿茶局

本多正信を演じる近藤正臣さんとは、何度も共演しているので、いい距離感があり、リラックスして芝居ができます。理知的でクールな正信が、少し引いて家康を見ている。でも史実では「友」と呼ぶ間柄ですから、すごく近しい存在。近藤さんの前では、リラックスして情けない家康を演じることができます。

側室・阿茶局役の斉藤由貴さんの母性の前では、家康は子どもに戻ってしまいます。伊賀越えでボロボロになって岡崎城に帰り着いたとき(第5回)、疲れきって阿茶局にもたれかかる場面では、実際に演技してみると「あれ? 家康って子ども?」という気になりました。斉藤さんの母性をとても感じたシーンでした。多くの家臣に支えられている家康ですから、人前では長として振る舞っています。けれども阿茶局の前ではふにゃふにゃになってしまうところが面白い。見事に斉藤さんが包みこんでくれるので、これからが楽しみです。

本多忠勝役の藤岡弘、さんは……もう藤岡さんしか考えられません! 史実でも戦場で勇猛果敢に戦う人のようでしたが『真田丸』では、今風に言えば「戦(いくさ)オタク」な面も描かれていて、それを体現なさっている。情熱もすごい! 伊賀越えのシーン(第5回)では、自ら竹を切り、武器にして振り回したり、藪の中へ突っ込んでいき、本当に傷を負って帰ってきたり。常に家康のそばに控えてくれています。子ども時代のあこがれだった藤岡さんが常に背中を見ていてくれているので幸せです。

側室・阿茶局役の斉藤由貴さんの母性の前では、家康は子どもに戻ってしまいます。伊賀越えでボロボロになって岡崎城に帰り着いたとき(第5回)、疲れきって阿茶局にもたれかかる場面では、実際に演技してみると「あれ? 家康って子ども?」という気になりました。斉藤さんの母性をとても感じたシーンでした。多くの家臣に支えられている家康ですから、人前では長として振る舞っています。けれども阿茶局の前ではふにゃふにゃになってしまうところが面白い。見事に斉藤さんが包みこんでくれるので、これからが楽しみです。

とはいえ、戦国時代を舞台にした物語ですから、人をおとしめる怖さ、凄まじさや、誰もが明日をも知れぬ身だという、時代の空気感を大事にしたいと思っています。言葉がいくら柔らかくとも、それがなければ戦国である必要はありません。その時代を生きている人たちの日常。そこは今後も大切にしていきたいと考えています。

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