特集

インタビュー

脚本家・三谷幸喜さんが語る『真田丸』!
幸村ではなく、信繁である理由とは?

 

『真田丸』の戦国は「二代目」の時代

僕にとって2作目となる大河ドラマ『真田丸』。戦国ものなら真田をやりたかったので、夢がかないました。
前回『新選組!』(2004年)の主人公は新選組局長・近藤勇。大坂の陣で豊臣についた真田信繁もそうですが、時代から取り残された人です。言うならば「敗者」。僕が描きたくなるのは、何かを成し遂げて歴史に残った勝者の姿ではなく、世に出ないたくさんの敗者です。何かを成し遂げられなかった人たちです。信長や秀吉や家康の生涯を描くんだったら、僕より上手な脚本家は沢山いると思うけど、真田信繁の生涯を描くんだったら、自分が一番向いている。そう信じて今、必死に書いてます。

敗者ではありますが、信繁にはポジティブなイメージを抱いています。どんな思いで大坂城に入り、作戦を立て、家康を追い詰めていったのか、考えれば考えるほどワクワクします。「滅びの美学」だとか「死に花を咲かせる」という考え方は好きではありません。本気で勝つつもりでいてくれないと、感動出来ないから。ひょっとしたら今回は、徳川方が負けて、家康討ち取られるんじゃないか?と思えるくらいの、希望に満ちて前向きな信繁を、大坂の陣を、描いていきたいと思っています。

また、真田信繁が生きたのは、戦国の終わり頃。信玄や謙信や信長の次の世代の話です。『真田丸』には、知将真田昌幸の息子であった信繁をはじめ、信玄の息子や謙信の義理の息子といった、英雄を父にもった人たちが、沢山出て来ます。彼ら「二代目」が抱えていた誇りとコンプレックスを描く。これも隠しテーマのひとつです。

信繁が見たものを主軸に据えて

「新選組!」では、史実が残っているところは史実通りに、そうでないところは想像を膨らませて書くというスタンスを採りました。でも、僕自身が喜劇作家で、普段もふざけた性格と思われているせいでしょうか、あの時は、「荒唐無稽」とか「ふざけすぎ」とか言われました。不徳の致すところですが、今回も同じスタンスでやってます。でも決してふざけているわけではありません。基本は史実に忠実。

例えば、名前のこと。主人公である真田信繁は、講談や小説、ゲームなどでは「幸村」として広く知られています。でも実際は、その名前は後世の人が付けたものだと言われています。今回、「信繁」を採用したのは、僕一人の判断ではありませんが、自分としては、この名に、より史実に近いものを描きたいという思いを、込めたつもりです。
 基本的に「真田丸」の信繁は傍観者です。常に部外者で、出来事を観察し、吸収していく立場にあります。ですから信繁が見ていない、体験していないものは、なるべく描かないようにしようというのも、今回自分で決めたルールです。

「目線を下げた歴史ドラマ」というのも、コンセプトの一つ。人としても作風としても「軽い」と思われがちな僕ですが、『真田丸』をコメディーにしようという意図は全くありません。ユーモアを感じるシーンは通常の大河ドラマよりも多いかもしれませんが、僕にとってのユーモアは人を描くということ。決してふざけているわけではないのです。歴史年表は高所から見下ろしているので、そこに人の顔は見えませんが、目線を下げていくと、泣いたり笑ったり怒ったりしている人が見えてくる。顔、言葉、息遣いが見えてくる。そこに笑いが生まれる。目線を下げ、人を描写した結果が『真田丸』のユーモアだと思って下さい。

「目線を下げた歴史ドラマ」というのも、コンセプトの一つ。人としても作風としても「軽い」と思われがちな僕ですが、『真田丸』をコメディーにしようという意図は全くありません。ユーモアを感じるシーンは通常の大河ドラマよりも多いかもしれませんが、僕にとってのユーモアは人を描くということ。決してふざけているわけではないのです。歴史年表は高所から見下ろしているので、そこに人の顔は見えませんが、目線を下げていくと、泣いたり笑ったり怒ったりしている人が見えてくる。顔、言葉、息遣いが見えてくる。そこに笑いが生まれる。目線を下げ、人を描写した結果が『真田丸』のユーモアだと思って下さい。

真田家の人たちも、敵も味方も、家康も秀吉も、みんな、人間味溢れる、等身大の人物たちとして描こうと思っています。「歴史上の人物」という記号でしかない人間は一人も登場しません。

歴史好きだからこそ、伝えたい

序盤の山場となるのは、天正壬午(てんしょうじんご)の乱。信長が討たれた本能寺の変の後、関東で何が起こったかは、よほど歴史に詳しい人しか知らないと思います。どうしても僕らは、信長、秀吉、家康を中心に歴史を見てしまいがちです。その時、東日本では、何が起こっていたのか。北条、上杉、徳川、それに真田がいて、まさに「昨日の敵は今日の友」のような混沌状態。実は僕もよく知らなかったのですが、今回、資料を読みながら思ったのは、まるで『三国志』だな、ということ。誰が最終的に東の覇者になるのか?権謀術数が入り混じった迫力ある歴史ドラマがそこにありました。天正壬午の乱を、ここまできっちり描いたドラマは、今までなかったと思うので、脚本家としては責任重大ですが、とてもやりがいがありました。とにかく、まったく先が読めません。「え? まさか、こうなるの?」の連続です。だから歴史に詳しくない人ほど楽しめる気がします。なるべく予習しないで『真田丸』を見てください。

天正壬午の乱が終わると、大坂城の群像劇が始まります。「人たらし」と言われ、天性の陽気キャラだった秀吉が、次第に暴君に変わっていく過程を丹念に描き、馬廻衆として秀吉のそばにいた信繁の視点で、石田三成や茶々といった秀吉周辺の人々を描写します。大坂の陣で、なぜ信繁が豊臣方についたのか、命をかけて秀頼を守ろうとしたのか。その秘密を解くヒントが、若き日の大坂時代にあると、僕は思っています。
僕の歴史好きの原点は大河ドラマ。日曜夜8時は家族そろってテレビの前に座るという少年時代を過ごしました。「黄金の日日」(1978年)は、主人公の助佐と共に過ごした一年間がいまだに体の中に残っています。当時と今では、家庭内におけるテレビの存在も、ずいぶん意味が変わりましたが、あの頃のように、家族全員で観て、観終わった後も、あれこれみんなで語り合えるような、そんなドラマになるといいな、と切に願っています。

インタビュー一覧へ戻る

特集一覧へ戻る