これまでの放送

2015年2月22日放送

"山のやっかい者"を資源に変えるゾ 大作戦!!

野生動物が、牛・豚・鶏に続く"第4の肉"になる日はそう遠くない!?

射手

打つ手なし!?増殖する鳥獣たち
      農作物被害★驚ガクの199億円

イノシシいま、山が荒れています。野生動物による農作物被害は増加の一途をたどり、年間の被害総額は、今や199億円。野生動物の恐るべき繁殖力の前に、様々な対策ももはや焼け石。環境省の推計によれば、この20年で3倍にふくれあがったイノシシは88万頭。ニホンジカに至っては、20年前の7倍、261万頭に増加。その一方で、捕獲の切り札・ハンターは減り続けているという大きな矛盾が...。深刻な農作物被害、とはいえ、命ある野生動物たちといかに共存できるか?今回はこの問題を考えます。

恐るべし!イノシシ驚異の繁殖力
       "森の番人"ハンター減少の実態

被害を受けた作物こちらは和歌山県。農作物の被害は年々増え、県全体の被害額は年間3億円以上です。特に特産のみかんはイノシシの大好物。皮をむいてきれいに食べちゃいます。ハンターの北浦順嗣さん。年間30頭も駆除すれば多いと言われるイノシシ猟で、北浦さんたちのチームは去年100頭を仕留めました。ところが、イノシシはいっこうに減る気配がないそうです。というのも、イノシシは1回に平均5頭を出産。これを毎年繰り返します。この繁殖のスピードに、捕獲が追いつかないんです。

ハンターの皆さん一番の問題はハンター不足。かつては、50万人を数えていたハンターは、いまでは18万人にまで減少しています。さらに深刻なのがハンターの高齢化。この日、狩猟に集まった北浦さんの仲間たち7人の平均年齢は、64歳です。農作物の被害をくい止める最前線。今回、北浦さんたちのイノシシ猟に同行させてもらいました。舞台は、和歌山市の北部。彼らがバベ山と呼んでいる一角。その南斜面、およそ2キロ四方を取り囲んで「巻き狩り」と呼ばれる伝統的な狩猟が始まります。

巻き狩り「巻き狩り」とは..."勢子"と呼ばれるリーダーがイノシシの寝床を回って犬を放ち、慌てて逃げてきたイノシシを "射手(うちて)"が待ちぶせして迎え撃つ、という狩猟法。今回、北浦さんが勢子に、ほかのメンバーは射手という役回りです。午前9時すぎ。持ち場に向かう射手たち。1時間かけて山頂付近の持ち場にたどり着いたのは、最年少46歳の山田浩平さん。山田さん、この場所で勢子がイノシシを追い込んでくる時を待ちます。一方同じ頃、勢子役のリーダー北浦さんは犬と共に、猪の寝床に向かって、道なき道を突き進んでいました。

山を歩く北浦さん 犬が鳴くときは獲物を追っているため、鳴き声の方向を聞き分け、無線で射手に注意を促します。山の中を激走する北浦さん。ハンター歴45年。御年66歳。すごい健脚です。「こういうところにイノシシが寝てるんですよ。」辺りを慎重に探っていく北浦さん。すると...なにやら、標的近しの様相!危険もかえりみず前進していく北浦さん。山頂付近でその時を待つ、射手の山田さん。まさに、その時が近づく!...アレっ?「頑張ったけどアカンな。うまいこといかなんだな」昼0時半。猟は終了。これだけ苦労して、山の中を駆け回って空振りとは...厳しい世界です。

肉を解体でも、がっかりするのはまだ早い。耕作放棄地となったミカン畑に、北浦さんは「箱ワナ」を仕掛けていました。しとめたイノシシは2時間以上かけてみんなで解体。肉は分け合い、一片たりともムダにしません。「そのまま捨てたらホントの殺生やからな。食べて供養。命をいただきますやから。」夜、とった獲物で鍋を囲みます。「猟をするような人、引っ張ってきてよ。和歌山来て、シシ鍋食べへんかって。おいしいなって思てもろたら、山へ行こうかってなる人もあるかも分からんから。(北浦さん)」歯止めがきかないハンターの減少。国もハンターの育成に乗り出していますが、生き物を殺すことをためらう若者は多く、勧誘するのは容易ではありません。

かつてイノシシは庶民の味でした
      ★ 途絶えた森の恵みを頂く食文化

鍋東京・両国。創業1718年、江戸時代から野生動物の肉だけを提供しているお店。出迎えてくれたのは、10代目の店主・吉田龍作さん。名物は、代々伝わる秘伝の出汁で作られるシシ鍋です。「(吉田さん)実は最初は薬屋だったんですよ。薬として肉を売っていた。」殺生が禁じられていた江戸時代、動物の肉を薬という名目で庶民はこっそり口にしていたのです。中でもイノシシは「山くじら」と隠語で呼ばれ、人々は「薬喰」と称して楽しんでいたそうです。でも今どき、イノシシなど野生動物のお肉を食べる機会はなかなかありませんよね。どうして日本の食卓から野生のお肉が消えてしまったのでしょうか?

石崎さん伝統肉協会の理事・石﨑英治さんにお話を伺いました。「その昔、とり過ぎたおかげで山に獣がいなくなった。そこでほかの肉、例えば牛肉や豚肉、鶏肉が普通に畜産として生産されるようになって、それが日本人にとっての肉になったんです。」さらに野生動物は食用だけではなく、その毛皮は防寒着などにも利用されていました。そのため明治以降、日本が戦争に突入するたびに、兵士の防寒着として野生動物が乱獲されることに。気がつけばいつのまにか、食べるための野生動物がいなくなってしまったというのです。「100年も経つと世代が変わり、料理方法なども全然受け継がれない。伝承されていないのも原因のひとつかもしれません。」

"山のやっかい者"で地域おこし
       絶品ジビエでお助け!藤木シェフ

調理する藤木さんそこで今、野生動物の肉を食べる、かつての食文化を取り戻そうという活動が始まっています。1月、野生の食肉を普及させるための意見交換会が開かれました。この活動の発起人、藤木徳彦さんはフランス料理のシェフ。藤木さんが本格的に活動をはじめたのは、アルプスを望む長野県茅野市で店を構えて7年目のこと。夏場は避暑地として賑わうものの、冬は深い雪に閉ざされ、客足が途絶えてしまう土地で目を付けたのが、フランス料理の冬の定番「ジビエ」でした。食用に捕獲された野生鳥獣の料理は、ヨーロッパでは古くからある食文化。家庭でも普通に食べられています。この「ジビエ」を冬場の目玉料理に出来ないかと、独学で研究を始めました。

藤木さん完成させたジビエ料理を客に提供したところ、評判は上々。すると、藤木さんのうわさを聞きつけ県内外の自治体から問い合わせが殺到し始めました。「駆除した動物の肉を活用する方法を教えて欲しい」というのです。調理法から、野生動物の捕獲や処理のノウハウなど、食肉の観点から鳥獣対策に奔走する藤木さん。今では26の自治体の手助けをしています。

指導する藤木さんそんな藤木さんに今、教えを請うているのが、愛知県の奥三河地方。農家の金田治久さんは、地元の有志と食肉処理施設を建設。やっかい者のイノシシやシカの肉を、地域の特産品にしようと考えました。とはいえ、なじみの薄い野生のお肉。先月、地元の旅館や飲食店の経営者たち、およそ30人に向けて、野生のお肉のおいしい調理法を藤木さんに指導してもらいました。「獣の匂い?しない。」「そう、処理がいいシカ肉は匂わないんです。」藤木さんはまず、野生の肉に対するマイナスイメージを取り払い、参加者の興味を引きつけます。

試食する参加者ここで、すかさず試食タイム。「(参加者)うまい!ホントにこれがあの肉かいって思うけどな。何で今までこういうことが出来んかったんだろうね。こりゃうまい!」多くのお店の方が、野生の肉の利用に前向きな姿勢を見せてくれました。「(藤木さん)都会のような大消費地ですごく派手にイベントをすることももちろんだと思うんですが、ジビエを普及させるには、やっぱり供給する地域に入っていって、地域の方たちとしっかりと話しをして、取り組む意義を皆さんが持った上でやっていく、この両輪で行かないと。どちらが欠けてもバランスが悪いと思うんです。」藤木さんの地道な活動は続きます。

お問い合わせ先

和歌山で活躍するハンター北浦順嗣さん(イノシシ・シカ肉を販売)
「いの屋」(和歌山市)
電話 :073-461-5102

環境省・ハンター募集のイベント
環境省自然環境局野生動物課鳥獣保護業務室
ホームページ:http://www.env.go.jp/

野生動物の肉(猪鍋)を提供する料理店
もゝんじや(東京都墨田区)
電話 :03-3631-5596

日本人の食肉文化について「伝統肉協会・理事長 石﨑英治さん」
伝統肉協会
ホームページ:http://dentoniku.jp/

「ジビエ」の推進を図るフレンチシェフ・藤木徳彦さん
オーベルジュ・エスポワール(長野県茅野市)
ホームページ:http://www.auberge-espoir.com/

食肉処理施設を作って鳥獣被害対策・地域振興に乗り出した地域(愛知県・奥三河)
奥三河高原グリーンツーリズム推進協議会・奥三河高原ジビエ事業部
ホームページ:http://www.tsugukogen-gt.com/

エンディングVTR 本場フランスでジビエを学んだフレンチシェフ・手島純也さん
オテル・ド・ヨシノ(和歌山市)
ホームページ:http://www.hoteldeyoshino.com/
カビラさん選曲のエンディングの曲
曲名:「Boom Boom 1965年」
歌手名:Animals (アニマルズ)