障害者採用

車椅子ディレクターは
ライバルも少ない
テレビ業界の穴場市場

ディレクター 空門 勇魚 2006年入局。ディレクター、制作局
青少年・教育番組部所属。体幹機能障害。

NHKを志望した理由は?

子どもの頃からラジオやテレビが好きで、大学では学生放送局で番組を作っていました。「就職するなら自分のやりたい仕事をしたい」と思い、当たって砕けろの精神で、NHKや民放、ラジオ局、新聞社などを受けました。かなり生意気な学生だったので「僕みたいな車椅子の学生を企業は本当に採用する気があるのか、見てやろう」みたいな気持ちもありましたね。若者向けの番組を作りたいと思っていたので、多種多様な番組を作っているNHKに一番入りたいなと思っていました。
入局して、最初に配属されたのが大阪放送局の福祉番組を制作しているセクションでした。始めに担当したのは「バリバラ」の前身となる番組「きらっといきる」。同僚や上司、スタッフも福祉番組を作っている人たちだったので、障害者という部分で変な気遣いはまったくありませんでした。

NHKの職場環境はいかがですか?

大阪放送局にディレクターとして配属されたのは良いけれど「あれ、ロケ行く時どうするんだ?」となりました。車椅子のディレクターはNHK史上僕がおそらく二人目。何か整ったサポート制度があるわけではなく、そのつど必要な支援を要請して開拓していく感じでした。一人でロケ車に乗れないので、サポートが必要だと説明し、自分で外部のヘルパーを手配してロケに行きました。

現在は渋谷の放送センターで働いていますが、建物の作りが古いのでバリアフリーでない設備がいくつかあります。副調整室や編集室などが狭かったり、車椅子用トイレまで遠かったり、部屋の扉や電気のスイッチが高い位置にあったり、不便を感じることがあります。ただ、職場の人に助けを求めれば応じてくれるので、僕が番組を作れなくなるほど困った状況にはなりません。また、ディレクターという職種は自分で仕事をやりくりできるので、体調不良の時は休みを取って調子を整え、次の日から万全の状態で業務に取り組むという働き方が認められています。僕が番組を作るためにはどうしたら良いか、NHKは話を聞いて、なんとか方法を考えてくれます。

仕事のやりがいを教えてください

現在は、希望していた若者番組を作る部署で仕事をしていますが、入局当初は、福祉番組の担当で悩むことが度々ありました。当時の福祉番組は「障害者がどん底から這い上がって、今は社会の中で頑張っています」というパターンがほとんどで、そのことに少なからず疑問を抱いていました。そんな時、「きらっといきる」を見た障害のある視聴者から「この番組に出ている主人公はハードルが高い。頑張っているエリートの障害者だけが出ている。」というお便りをいただきました。そのご意見を出発点として福祉番組を見直し、誕生したのが「バリバラ」でした。
「障害者と健常者が社会の中で共に生きるためにはどうすればいいか」という芯の部分は変えず、真面目なドキュメンタリーからバラエティーの手法に挑戦しました。僕が担当した企画で、「障害者だらけの大運動会」というのがあるのですが、出演する障害者がすごく乗り気ではちゃめちゃで、ゲラゲラ笑いながら制作しました。
反響は想像以上で、「こんな番組が見たかった」といった声をいただき、視聴者と出演者と制作者が一緒におもしろがって番組を作り上げていく「制作の醍醐味」を感じられた瞬間でした。「バリバラ」の立ち上げに関われたのは、僕にとって大きな経験であり、財産になっています。

就活生へメッセージをお願いします

テレビ業界に車椅子に乗ったディレクターというのはほとんどいません。そういう意味で、ライバルのいない穴場市場です。ということは、学生の皆さんが「開拓者」になれる可能性を大いに秘めています。ディレクターの仕事はものの見方や切り取り方が命です。既存の価値観や常識にとらわれず、健常者では思いつかないような番組を作るチャンスがNHKにはあると思っています。
就職活動は自己アピールの場なので、障害者として生きてきた自分の価値観をいかすべきです。例えば、「ドラマが好きだからドラマ制作がやりたい」それだけではダメだと思います。「ドラマに障害者はめったに出てこない。出てきても演じているのは健常者だから、こんな障害を持った人を主人公にしたい」とか。そのドラマで何を伝えたいのか、そこを深く考えてみると良いと思います。 我こそはテレビ業界に風穴を開けてやろう!というチャレンジ精神を持った人がNHKに来てくれることを待ち望んでいます。