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2011年大河ドラマ 「江〜姫たちの戦国〜」 NHKさいたま放送局公式サイト

  • 「江」と川越 まち編 〜川越の建築に見る「江」の時代〜
  • 川越市出身 明智光秀役 市村正親さんインタビュー

天正18年(1590)、徳川家康の江戸入封に伴い、重臣が配された川越。
江戸城北辺の守りであり、豊富な物資の供給地であったことから、川越には幕府の要職についた大名が藩主となるなど、幕府と密接なかかわりがありました。
寛永15年(1638)の川越大火では、城内・城下の多くの建物を焼失しました。徳川家光は、江戸城紅葉山にあった別殿を喜多院に移築、また、仙波東照宮の再建を指示しました。
川越は、江戸城内にあった建物が残るまち。江が生きた時代の建築を近くに見て、歴史を感じることができるまちです。

資料提供:川越市  ※無断転用・複製などを禁じます。

八坂神社 社殿(氷川神社境内)【県指定文化財】

江戸城の天守閣台東照宮として建てられ、寛永14年(1637)に江戸城二の丸東照宮として移されました。その後、空宮となったため明暦2年(1656)川越城内三芳野神社の外宮として同神社の南に移築されました。現在の社殿は、明治5年(1872)に氷川神社の境内に移されたものです。

社殿内部

天井板に描かれた草花の絵は江戸初期のものです。黒漆喰と極彩色仕上げの室内は、江戸城内の建築にふさわしい華やかなもの。 また、江戸城内の数少ない宗教的建築物の遺構として、歴史的価値は高く評価されています。

※特別に許可を得て撮影した写真です。 ※神社の行事によっては、ご覧いただけないことがあります。

  • 喜多院 客殿【重要文化財】

    喜多院 客殿【重要文化財】 ※特別に許可を得て撮影した写真です。

    桁行(けたゆき)8間、梁間(はりま)5間(1間=約1.8メートル)の単層入母屋造りで柿葺(こけらぶき)。12畳半2室、17畳半2室、10畳2室があります。12畳半のうち一室が上段の間。湯殿と厠(便所)も設けられています。

  • 喜多院 書院【重要文化財】

    喜多院 書院【重要文化財】 ※特別に許可を得て撮影した写真です。

    客殿に接続する書院は、桁行6間、梁間5間、単層の寄棟(よせむね)造りで柿葺。枯山水の庭に面しています。一部に中2階があります。

  • 喜多院 庫裏【重要文化財】

    喜多院 庫裏【重要文化財】

    客殿と書院に続く庫裏(くり)は、 桁行10間、梁間4間の単層。一端は入母屋造り、他の端が寄棟造りになっています。屋根は、すべて栩葺(とちぶき)形銅板葺(移築時は栩葺)。母屋には、一部に中2階があります。

  • 家光誕生の間(喜多院客殿内)※特別に許可を得て撮影した写真です。

    この建物が江戸城にあったころ、三代将軍徳川家光がここで生まれたといわれています。天井に彩色による81枚の花模様を見ることができます。

  • 春日局化粧の間(喜多院書院内)※特別に許可を得て撮影した写真です。

    家光の乳母・春日局(かすがのつぼね)が使用していた部屋。8畳2室、12畳2室があります。春日局の父・斉藤利三は、明智光秀の重臣といわれています。

  • 喜多院 山門【重要文化財】

    寛永9年(1632)に天海僧正により建立されました。4本の柱の上に屋根が乗る四脚門の形式。川越大火の焼失を免れ、喜多院では現存する最古の建物です。

  • 仙波東照宮 本殿【重要文化財】※特別に許可を得て撮影した写真です。

    寛永10年(1633)に創建。川越大火により焼失したため、家光の命により川越藩主堀田正盛が再建に着手。寛永17年(1640)に完成。

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